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たぶん、少し泣く|第八話 迎えに行く

前回:第七話 とまる

第八話 迎えに行く


明けない夜

毎日連絡してほしい。
七年続いていたその約束も、終わってしまった。
わたしは、一日の終わりをどこに置いたらいいのかわからなくなってしまった。

ある昼過ぎ、突然、玄関の鍵が開いた。
「あがるね。荷物取りに来た」
静かな声が聞こえた。

布団に横になっていたわたしは、何も言わず、寝たふりをしていた。

玲は、わたしの寝室には入らず、台所に置いたままだった調理器具や、歯ブラシなどを片付けていた。
一緒に暮らしていたわけではない。
それでも、部屋には玲の私物も増えていた。


玲が片付けを終えて帰ろうとしているところへ、偶然、母がやってきた。

「あら、玲ちゃん。今日はお片付け?ありがとうね」
母には、何も伝えていなかった。

「はい。すみません……ちょっと急ぐので失礼します」
そんな声が聞こえた。

「なんだか、玲ちゃん元気なかったわね」
わたしは、寝たふりを続けていた。


「知ってたら引き留めてたわよ……」
後に母は、残念そうな、諦めたような口調で、そう言った。



鍵と手紙

数日後、玲からの手紙と部屋の鍵が、郵便受けに入っていた。

手紙には、別れを受け入れること。
それでも、わたしを大切に思ってくれていること。
いつか元気になったら、迎えに来てほしい。
そんなことが書かれていた。
少なくとも、当時のわたしにはそう読めた。

玲が待っていてくれる。
当時のわたしには、それがすべてだった。
元気になったら、迎えに行く。
そう思うことで、どうにか日々をつないでいた。



迎えに行く

考えることが少なくなった。
それが、よい方に向かう助けになった。

コンビニの仕事を確実にこなす。
出勤時間を増やす。
眠れなくても、横になって身体を休ませる。

玲と別れたことを知った母が、週に一度、遠方から様子を見に来てくれるようになった。
心療内科には、睡眠導入剤をもらいに行くだけになっていた。

そんな生活を続けるうちに、玲に連絡してもいいのではないかと思うようになっていた。
あの夜から、三カ月以上が過ぎていた。



遠のく声

玲が家に帰っている時間を見計らって、わたしは数カ月ぶりに玲の携帯へ電話をかけた。
久しぶりに、玲の声が聞ける。
毎日聞いていた声だった。
少し緊張していた。

数度の呼び出し音のあと、懐かしい声が聞こえた。
「もしもし、あっちゃん?」

「うん。久しぶり……いま、大丈夫?少し話せる?」

「大丈夫だけど、あまり長くは話せない」
玲は、歯切れが悪かった。

「じゃあ、かけ直そうか?」

「ううん。大丈夫」
「あっちゃんは元気なの?」

「うん。バイトの時間も増やして、だいぶ元気になってきたよ」

「そうなんだ」
玲の声が、遠くに感じられた。

わたしは思い切って聞いた。
「玲、だいぶ元気になってきた。また、会えない?」

「ごめんね、あっちゃん。わたし、もう、あっちゃんとは会わない」
玲は、はっきりとそう言った。


わたしには、玲の心変わりが理解できなかった。
あれだけのことをしたのだ。
わたしに、玲を迎えに行く資格などない。
会わせる顔もない。

それでも、手紙はわたしを拒んでいなかった。
迎えに来てほしい。
当時のわたしには、そう読めた。
そう読んでしまった。

その文を、わたしは何度も読み返していた。
だから、どうしても理解できなかった。


その後も、何度か玲に電話をした。
玲は電話に出てくれた。
けれど、答えが変わることはなかった。

電話のたびに、玲の声が遠くなっていくのを感じた。
このまま電話を続けたら、いつか電話にも出てくれなくなるだろう。
そう思ったとき、玲の気持ちが、もうわたしから離れていることが、わかった。



眠りたい

元気になって、玲を迎えに行く。
それが、すべてだった。

もう、迎えに行くことはできない。
元気になる理由がなくなった。

一日をどこで終えたらいいのか。
明日をどう過ごせばいいのか。

なにもわからなくなった。
もう、なにも考えたくなかった。

眠れなかった。
眠れたなら、そのままずっと目覚めなくてもいいと思っていた。



たぶん、少し泣く

次回: 第九話 外国のお菓子

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