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たぶん、少し泣く|第九話 外国のお菓子

前回:第八話 迎えに行く

第九話 外国のお菓子


時間が解決する

なんのことはない。

結局は時間が解決するのだ。
それでも、正社員として働けるまでに八年かかった。

後遺症と言えるのかはわからないが、手の震えが残っている。
集中して細かい作業をしようとすると、手が暴れ出す。

手早い包丁さばきも、細やかな飾り付けも、もうできない。
リキュールを層にして重ねる鮮やかなカクテルも、もう作れない。
優雅なワインサービスも、もうできない。
両手で五枚の皿を同時に運び、客席を少し沸かせることも、もうできない。

わたしはレストランから離れた。



終わりは無い

療養していた時間に、何もしなかったわけではない。
いつか玲が話してくれた、Webサイトを作る仕事。
もともと好きだったこともあり、わたしはホームページの作り方や、プログラムの勉強を続けた。

没頭できることがあるのはよかった。
わたしには、時間だけはあった。


いくつかのアルバイトを経て、地元の不動産会社でホームページを管理する仕事に就くことができた。
玲が話してくれたような、レストランを紹介するサイトを作る仕事ではなかった。

それでも、自分のペースで作業を進められることは負担も少なく、わたしには合っていた。

「相沢君。ここの更新、今日中にできるかい?」
「今日中は無理ですね。でも、明日の午前中には終わらせられます」
「オーケー。それで頼むよ」

同年代のエンジニアと比べたら十年以上の遅れがある。
しかし、焦りはなかった。
終わりは無い。
勉強を続ければいい。



ひとりの食べ歩き

いつか取りたいと思っていた大型二輪の免許を取った。
十代から乗り続けた中型からのステップアップだった。

レストランで働いていたころは、県外に出て何泊もすることなどできなかった。
けれど、その頃には、数日かけて長距離を走ることもできるようになっていた。

知らない土地を走り、その土地のものを食べる。
遠く離れた場所で、一人で食べる食事も、案外悪くなかった。

妻の晶乃とは、バイクを通じて出会った。



自分の家

生活は少しずつ形を持ちはじめた。

不動産会社で働くうちに、自分の家を買おうと思うようになった。
そして、中古の一軒家を買った。
大きな家ではない。
新しい家でもない。
それでも、自分の名義で、自分の帰る場所を持てたことは大きかった。
母を安心させることもできた。

日々は淡々と、穏やかに過ぎていく。



お菓子の箱

玲との思い出が残るアパートを引き払った。
もっとたくさんのものがあると思っていたが、案外、少なかった。

引っ越しを終え、生活も一段落した頃、そのままだった引き出しや、書類の入った段ボールを整理することにした。

古い書類がいくつも出てきた。
レストランのレシピを書き留めたメモ。
季節ごとのメニュー。
業者からの新商品広告。
病院の領収書。
使わなくなった通帳。
何のために取っておいたのかわからない封筒。

そういうものを、床に並べ、ひとつずつ分けていた。

引き出しの奥に、古い紙の束が残っていた。
その書類の中に、色鮮やかなお菓子の箱が埋もれていた。

かわいらしい箱だった。
そういえば玲は、「パッケージがかわいいから」と言って、輸入食材の店でお菓子を買ってくることがあった。
箱の色や、絵や、読めない外国語の文字。
そういうものを嬉しそうに見せてくれたときの玲の笑顔が、わたしは好きだった。
香料の効いた、癖のある味だった。

しばらくして、箱のふたに手をかけた。


中には、封筒と、写真と、止まった腕時計が入っていた。



たぶん、少し泣く

次回:第十話 きみの時計

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