かぎりない庭 | 二十夜 拝み屋
前回:十九夜 兄とは別人
-拝み屋-
ある日、叔父が「すごい先輩」を連れてきました。
「すごい先輩」というから、もっと変わった、すごい人が来るのだと思っていました。
けれど、叔父が連れてきたのは、普通の服を着たおじさんでした。
叔父よりは年上で、祖父母よりはずっと若く見えました。
ただ、どこにでもいそうな人でした。
なにが「すごい」のかわかりませんでした。
叔父は、その人のことを、何でも分かるすごい先輩なのだと言いました。
仕事のことも、家のことも、庭のことも見れば分かるのだそうです。
その人は、茶の間で少しお茶を飲むと、すぐに庭を見たいと言いました。
祖父は、あまりいい顔をしませんでした。
祖母は、まあまあ、と言って、みんなを庭へ案内しました。
すごい先輩は、庭に出ると、ゆっくり歩きました。
池を見ました。
物置を見ました。
柿の木を見ました。
栗の木を見ました。
それから、庭の真ん中あたりに立って、家のほうを振り返りました。
「この家は、風が通っていません。空気がよどんでいます」
すごい先輩は言いました。
「家そのものが悪いわけではありません。けれど、庭が重い。木が大きくなりすぎて、光も風も止めています」
叔父は、何度もうなずいていました。
「やっぱりそうですよね。俺も前から暗いと思ってたんです」
すごい先輩は、柿の木を見ました。
「柿は、実が落ちるでしょう。落ちて、潰れて、甘いにおいが出る。虫も寄る。家の前にそういうものがたまるのは、あまりよくありません」
それから、栗の木を見ました。
「栗も、あまりよくない。棘がありますからね。実の棘だけじゃありません。枝ぶりも、葉の先も、どこか尖っている。家の庭に尖ったものが多いと、人もお金も入りにくくなります」
叔父は、またうなずきました。
「風通しがよくなれば、仕事もよく回るんですよね」
「そうです。まず家の空気を通すことです。空気が通れば、人も通る。人が通れば、お金も通る」
すごい先輩は、そう言いました。
祖父は、腕を組んでいました。
祖母は言いました。
「この子も前からそう言ってるし、家がよくなるなら、切っちゃってもいいんじゃない」
すごい先輩は、ふと思い出したように言いました。
「あと、これはわたしの好みですがね……干し柿もよくない。あんな死骸みたいなものをぶら下げておくのは、どうなんでしょうね」
わたしも、そう思っていました。それで、すごい先輩の顔をもう一度見ました。
やはり、ふつうのおじさんでした。
祖父は顔をしかめました。
「怪しい拝み屋じゃねぇか」
吐き捨てるように、ボソッと言いました。
それが聞こえたのか、叔父は、むっとした顔をしました。
「怪しかぁない。ちゃんとしてる人だよ」
祖父は、しばらく黙っていました。
それから、柿の木と栗の木を見ました。
「おれの爺さんの代からある木なんだよ。簡単に切れるか」
けれど、叔父も祖母も、すごい先輩も、庭をすっきりさせたほうがいいと言いました。
最後に祖父は言いました。
「……切るなら、どっちか一本だけだ。両方は許さん」
それで話は終わったはずでした。
木を切る人が来た日、叔父は祖父が目を離したすきに指示を出して、柿の木と栗の木、両方を切らせてしまいました。
「なんで両方切った!」
いつもは冗談ばかり言って笑っている祖父が怒っていました。
でも、木はもう切られていました。
「両方切らなきゃ意味ないだろ!?」
「せっかく安く切ってくれるんだから、一度にやってもらったほうがいいじゃん」
叔父は言いました。
柿の木も、栗の木も、なくなりました。
庭には、前より日差しが入るようになりました。風通しもよくなりました。
叔父は、
「ほら見ろ、明るくなっただろう」
と、得意げに言いました。
庭の雰囲気は大きく変わりました。
家の向こうまで、見通しがよくなりました。
幼稚園のバスを降りると、道路からも建物がよく見えました。
風が、庭を抜けるようになりました。
風の強い日は、ヒューヒューと音が聞こえます。
雨戸が、ガタガタ言う日も増えました。
虫も、鳥も、前より少なくなったようです。
「おじいちゃん。広くなったけど、なんかつまんないね」
「そうだな」
祖父は、わたしの頭をなでました。
それから、小さな声で言いました。
「……じいさんに申し訳ねぇな」
木を切ってから、祖父はあまり庭に出なくなりました。
叔父は、すごい先輩と出かけることが増えました。
祖母は、祖父をなだめながら、叔父の話も聞いていました。
外からの風が、家の中まで吹き込んでくるようでした。
しばらくして、わたしたちは家を出ることになりました。
母は、“だんち”に引っ越すのだと言いました。
“だんち”がどんなところなのかは知りませんでした。
かぎりない庭
