かぎりない庭 | 九夜 やまのひと
前回:八夜 池の底
-やまのひと-
祖母の知人に、言葉遣いが荒い人がいました。
年配の女の人でした。
祖母とその人が、どういう関係だったのかはわかりません。
ただ、笑い合い、遠慮のない話し方をしていたので、二人の距離が近いことだけは伝わりました。
その人は、いつも大きなかごを背負って、いろいろな野菜や、手作りのわらじ、笠などを売りにくるのでした。
祖母と並んで縁側に腰掛け、大きな声で、まくし立てるように話しました。
「おれがよぅ」
その一言だけで、わたしは少し身を縮めました。
当時の田舎では、自分のことを「おれ」と言う女の人もいたのだと思います。
けれど、わたしのまわりには、そのような人はいませんでした。
祖母は、上品な人とまでは言いませんが、少なくとも自分のことを「おれ」と言うような人ではありませんでした。
大きな声で、まくし立てるように話すこともありません。
その人が来ると、わたしは家の奥に隠れました。
怖いというより、近くにいたくありませんでした。
声が大きい。
言葉が荒い。
動きも、どこか大きい。
そのすべてが、幼いわたしには乱暴に見えました。
わたしがその人を避けているのを察したのか、祖母が、
「どうしたん?」
と聞いてきました。
わたしは、
「あの人、こわい」
と言いました。
すると祖母は、
「あぁ、あのひとは、やまのひとだからねぇ…」
と、つぶやきました。
それ以上の説明はありませんでした。
やまのひと。
それが何を意味するのか、わたしにはわかりませんでした。
確かに、祖父母の家は山間部にあり、まわりを山に囲まれています。
山に住んでいる人なのか。
山から来る人なのか。
それとも、そう呼ばれる相手だったのか。
幼いわたしには、何もわかりませんでした。
ただ、その言葉を聞いてから、その人が少しだけ別のものに見えるようになりました。
祖母の知人。
年配の女の人。
大きな声で話す人。
それだけだったはずの人が、やまのひとになりました。
その後、その人の姿を見る機会は減っていきました。
祖母が、その人をわたしから遠ざけていたのか。
わたしが忘れているだけなのか。
覚えているのは、
「おれがよぅ」
という大きな声と、
「あのひとは、やまのひとだからねぇ……」
という祖母のつぶやいた言葉です。
かぎりない庭
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