たぶん、少し泣く|第六話 もういちど
前回:第五話 彼女の泣き顔
第六話 もういちど
せなかを押されて
わたしの体調は、目に見えて持ち直していった。
朝、すぐに体を起こせない日はまだあった。
それでも、布団の中で一日が終わってしまうようなことは、少しずつ減っていった。
玲が用意してくれたものを、残さず食べられる日がある。
それだけで、ずいぶん遠くまで戻ってきたような気がした。
クローチェを辞め、療養生活に入ってから半年ほど経つころには、コンビニのアルバイトができるほどになっていた。
自分でも不思議だった。
元に戻った、という感覚ではなかった。
ただ、玲がいてくれることが心強かった。
その心強さに背中を押されて、わたしはもう一度、動き出せるようになっていたのだと思う。
緑の中のレストラン
一年が経つ頃、わたしはゴルフ場内のレストランで、ホール担当として採用された。
心療内科には、変わらず通っていた。
先生には、「焦らず、できることを少しずつ増やしていけばいい」と言われていた。
急に元の働き方に戻らないこと。
無理をしないこと。
それは、何度も言われていた。
だから、フルタイムのレストランではなく、ある程度時間に余裕のある仕事を選んだ。
玲がそうしていたように。
ヴェルデのフロア長、クローチェの店長代理としての経歴が活きた。
体調不良のことは、面接であらかじめ話してあった。
ホールには主任と副主任がいる。
二人が休みを取れるように、フォローしてくれればいい。
そういう話だった。
その配慮は、本当にありがたかった。
わたしはゴルフにはまったく縁がなかった。
それでも、静かで自然の多い環境なら、やっていけるように思えた。
しかし、入社して数日で状況に変化があった。
主任が出勤しなくなった。
無断欠勤の末の退職だった。
主任は四十代の女性で、厨房スタッフとの折り合いが悪く、不満を抱えていたらしい。
そこへわたしが入社したことで、抜けられると思ったのかもしれない。
いるはずの主任がいなくなる。
その事実だけで、胸の奥が少し冷えた。
「相沢君、入社早々にすまないが、しばらく副主任と二人で回してくれ。すぐに人を補充する」
その言葉どおり、すぐに社員が補充された。
副主任が主任に繰り上がり、わたしともう一人で新主任をフォローする。
クローチェのときとは違っていた。
責任がわたし一人に集中していたわけではない。
だから、大丈夫だと思った。
大きな窓の外には、手入れされた芝生が広がっていた。
緑に囲まれたレストランは静かだった。
それでも、不安は消えなかった。
駆け落ちなんかはしない
そんな中で、玲の両親と、わたしの母が顔を合わせることになった。
わたしの父は、数年前に他界していた。
他県に住む母と玲は、これまでにも何度か会っていた。
わたしも、玲の両親とは何度も会っていた。
ただ、お互いの親を交えて食事をするということは、つまり、そういうことだった。
わたしたちは、結婚の意思があることを伝えた。
親たちは、わたしの体調のことを知っていた。
「正直、不安はある」
それでも玲の父は、これまでのわたしたちを見て、信用すると言ってくれた。
「任せる。ただ、駆け落ちなんかはしないでくれよ」
そう言って、玲の父と母は一緒に笑った。
それが、ありがたかった。
わたしの母は、少し涙ぐんでいた。
その帰り、わたしたちは市役所に寄り、婚姻届の用紙をもらった。

そして、わたしの部屋で、一緒に書類を書いた。
玲は、「あはは。照れくさいね」と嬉しそうに笑いながら、自分の名前を書いた。
わたしも、その隣に自分の名前を書いた。
ほかの欄も、二人でひとつずつ埋めていった。
最後に、二人で判を押した。
薄い紙の上に、「相沢哉一」と「藤倉玲」の名前が並んでいた。
それだけのことなのに、わたしはしばらく目を離せなかった。
わたしは二十九歳で、玲は二十七歳だった。
この紙を出せば、わたしたちは家族になる。
玲を幸せにしたい。
それが、わたしの幸せだった。
同じ部屋で眠り、一緒の朝を迎える。
その先に、二人の店があればいい。
そんなことを、当たり前の未来のように考えていた。
引き出しの中
婚姻届は、引き出しにしまってあった。
もう少し様子を見てから。
仕事が落ち着いてから。
そんな理由をつけて、タイミングをはかっていたのだと思う。
それでも、そこに婚姻届がある。
その事実が、支えだった。

もういちど、玲との未来を信じる。
もういちど、レストランで働く。
もういちど
たぶん、少し泣く
次回: 第七話 とまる
