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(実践解説)「プロジェクト発信型英語プログラムProject-based English Program /PEP©鈴木佑治」(7)...DYOPIE Volume 1, PART 1, UNIT 1の活動:自己紹介

表紙写真:プロジェクト発信型英語プログラムProject-based English Program/PEP, 2年後のポスターセッション、受講者400人全員がもれることなく、英語でポスターセッションする。国内外、学内外から沢山のビジターが。彼らも参加者。『プロジェクト発信型英語Do Your Own Project/DYOPIE』Volume 1,PART1,UNIT1はその出発点。

(実践解説)プロジェクト発信型英語プログラムProject-based English Program /PEP (6)...DYOPIE Volume 1, PART 1, UNIT 1の活動について,実践編(1回|鈴木佑治 N.Yuji Suzuki」の続き、未読の場合、まずそちらをお読みください。


何故、自己紹介?他の人の紹介?筆者アメリカ渡米し感じた仲間づくりの挨拶の流儀,その手際よさ

筆者渡米初っ端で驚いた初対面でのアメリカ人のそつなさ

1968年筆者渡米するや最初の1年で痛感したことは、自らを含め日本人は挨拶、自己紹介、他の人の紹介ができないことだ。高校や大学卒業後の就職先で挨拶の流儀を学ぶ。主として顧客対応だ。そして上司への言葉遣い。これは中学、高校、大学のクラブ活動などにおいて先輩・後輩の上下関係で鍛えられる。

Martin Joosはその著The five clocks : a linguistic excursion into the five styles of English usageにて、英語使用の5つのスピーチ・スタイルを挙げている。

1.Intimate 親密スタイル・スピーチ
2.Casual カジュアル・スタイル・スピーチ
3.Informal インフォーマル・スタイル・スピーチ
4.Formal フォーマル・スタイル・スピーチ
5.Frozen フローズン・スタイル・スピーチ

日本では5番目かのフローズン・スタイル・スピーチまたは、4番目のフォーマル・スタイル・スピーチにおける挨拶はできる。アメリカのそれに比べるとコチコチだが、客を神様のように扱う丁寧さは海外でも定評がある。ただ、極端に儀式的で定型的で内容は限定される。Bronisław Malinowskiが常套句phatic communionと言い、後にRoman Jakobsonがコンタクトcontactと言った、内容自体は無く会話のエンジンをスムーズにする潤滑油の域を出ない。これも大切だが社交性は磨かれない。

筆者が驚いたのは、そのレベルの挨拶ではない。上記1, 2, 3レベルのとても親密で形があるようでないようで、またまた、あるようでないような表現しようのなくそつない挨拶の流儀だ。どこで覚えたんだろう?

渡米し英語での最初の挨拶は男子寮のバスルームで

筆者24才、1968年3月下旬、大都会東京からHawaii, Sanfrancisco, Dalles, Atlanta,Louisville、Lexingtonと乗り継いで最初に訪れたのはVancleve, Kentuckyという小さな村。そこの片隅に立つKentucky Mountain Bible College というこれまた小さな全寮制男女共学の神学校だ。東京で通っていた教会の主任牧師の知り合いの宣教師の紹介で最初の何日かをそこで過ごすことになっていた。

学生はみな18才から22才位。牧師になる勉強をしていた。その男子寮到着は午後11時頃、6時間ほど爆睡していたところ起床ベルで目を覚ます。すると寮生みな洗面バッグを抱え、腰にタオルを巻き、いや、中にはすっぽんぽんでタオルをぐるぐる回しながら、廊下をぞろぞろと大バスルームに向かう。筆者も同行。ドアを入ると、トイレ10個、シャワー10個、両脇に向かい合って並び、いずれも仕切りはあるもののドアなどなく目と目が合ってしまう。

入口の並びには長い洗面台。(当時はどの大学の男子寮のバスルームは大体そんな感じ。)トイレとシャワーにプライバシーなど無い。アメリカ人は日本の銭湯で驚くが、それどころではない。まさにあっけらかん、日本の銭湯で言われる"肌と肌の触れ合い"なん化を超えた、得体も知れない親密というかあっぱらぱーな(これしか言葉が無い)空間、びっくりして仰天!親密を超えて一種の無法な空間。神学校と言えども話し声と言うより騒音空間。

さらに驚いたことには、長旅で筆者は便秘気味、すぐにトイレに座わり用を足しているといると、なんと、昨日空港まで迎えに来てくれた20才前後の学生が、ひげをそりながら筆者の前に立ち、ご丁寧に1人ずつ筆者を紹介し始めるではないか!

"Hey, this here is Yuji. He got here last night fall the way rom Japan."

1968年まだかつての敵日本人への偏見が残る中、日本人など見たことが無い人が殆であっただろう。それでも、みな慣れたもの、

”Hi, Yuji!"(I'm) Tom. Good to see ya."

などと言って手を差し伸べ握手してくる。筆者、日本語の「ア」か「イ」か「ウ」か「エ」か「オ」を適当に組み合わせたような意味のない声を出し握手に応じるのが精いっぱい。この体勢(?)でほぼ全員と挨拶した。これが筆者人生最初の握手・挨拶だ。

その後、そそくさに髭をそりシャワーを浴びてダイニングルームへ直行。女性の校長先生が朝の挨拶の中で筆者を紹介してくれた。席に着くや今度は筆者の方から同じテーブルの女子学生と挨拶を交わした。

短い滞在期間であったが、先生、職員、キャンパスコミュニティ―住む家族に紹介され、知り合いになり、4か月後の夏休みをここで過ごすようお誘いを受けた。実際そうした。英会話に難があっても挨拶しなんとか自己紹介できたお陰だ。

アメリカの若者は総じて親密、カジュアル、インフォーマルな社交に長けている

その後赴いたBaton Rouge, Louisiana にあるLouisiana State University (LSU)でも、Santa Barbara, California University of California Santa Barbara (UCSB)でも、アメリカ人の学生は自己紹介そして同席の人たちを紹介し和ませるといった場づくりが上手だ。

日本の会社を辞めほぼ3年ほどLSUで学んでいた40才位の日本人男性に訊いてみた。アメリカ人は幼少時から、彼のことばそのまま引用すると、「飼いならされている」そうだ。少々口が悪い人だったが、さすが一度社会に出ただけあり言い得て妙だ。人をよく観察している。言い換えれば、幼少よりそのように躾けられ、場数を踏んでいるということだろう。

高校生活最後のプロムPromが挨拶の集大成

そうした場の一つとして、高校卒業時のgraduation ball、別名 promを挙げたい。

Prom 2023: See 121 photos from Baldwinsville high school senior ball ...

まず男性は相手候補の女性を誘う。いなければ次に、次にと。成功する。(映画American Graffiti Official Trailer #1 - Richard Dreyfuss Moviを参照されたい。)

最後の難関は、女性の家に行き両親に自らを紹介し挨拶をしなければならない。大方、嫉妬に燃え面白くねと言った感じの父親(自分もそうだったくせに)、娘をお相手に選んだことをほほえましく思う母親が玄関先で待つ。

迎えに来た彼に嫉妬する父親をどう宥めるか,Prom直前定番シーン(pinterestより)

上記Joosの1~5段階の全ての状況での自己紹介・挨拶の集大成が、10代、そして、義務教育最後の夜を飾る。

アメリカのキャンパス・ライフで更に社交的に

アメリカの大学の多くはキャンパスに隣接しオフ・キャンパスの学生タウンが広がる。学生用のアパートが立ち並び、週末にはあちこちでパーティ―が開かれていた。

横にビーチが広がるUCSB House Parties,Ownerに訴えられることも。 (Picsより)

主催者は男女のカップルでホストとホステスの役割を果たす。客、と言っても、知り合いの学生が殆どだが、中には初対面の男女もいる。ホステス役の女性の出番だ。誰一人ポツンと孤立しないように間に入って他の人たちに紹介し輪の中に入れる。”Hey, guys, we want you to meet Yuji from Japan."なんて言って他の人に紹介してくれた。これがまことに堂に入って上手いのだ。1時間もするとみな打ち解けて楽しんでいた。

日本人は社交の場で孤立か日本人同士でヒソヒソ

中学校、高等学校、大学、大学院、筆者の日本での生活で一度もこのような経験をしたことがなかった。受験勉強も良いが少々偏っていないか?その後、色々な場で日本人は大人になってもコチコチの挨拶しかできずパーティ―などでは孤立するか、日本人同士で固まってしまう姿をよく見た。

酒は飲まないたばこは吸わない筆者もアメリカ留学10年で身に着けたのはこの人を紹介しお互いを和ませる非言語的スキルだ。だから、友達がたくさんできた。最近はアメリカに行く機会が少なくなったが行けば必ずdinner partyが待っている。カリフォルニアでの最初の4年間に出会った友たちについては以下で紹介した。

アメリカ留学を振り返ってーMemorable People恩師(その4の2)...Cal State Hayward (分割バージョン)|鈴木佑治 N.Yuji Suzuki

Unit1では学生さんにこの手ほどきをしたかった。

日本語でも自己紹介をしたことが無いのに英語でやろうとしても無理

PEPの最初の授業の最初で経験することは、まず、みんなで教室の椅子机を片隅にのけて真ん中に大きなスペースを作る。みんなテキストと鉛筆を以てそこに集まる。そして自己紹介をしながらできるだけ多くの人と話をする。個人情報を尊重し、好きなこと、出身地、出身高校、所属クラブ、アルバイト、専攻、将来の抱負、etc.などについて。他の教室に迷惑にならない限り声を発散してよい。15分くらい。教員も一緒になって中に飛び込む。学生を知る良い機会だ。たちまち笑い声が響く。お互いを紹介し合う。

日本社会にそそり立つ性別の障壁が無くなる。筆者の授業はほぼ毎回各界からビジターが来る中には外国人も。筆者のクラスにはビジターと言う発想は無い。この空間に居る人はみな参加者だ。一緒になって話し手の輪に入ってもらう。学生が社会人から社会人が学生から学ぶものは大きい。

10分位するといくつかのグループが出来たりする。お互いに紹介し合った結果だ。教科書の各欄には友達の情報がメモってある。日本語でするものも、英語でメモる学生も何人かいる。そう、何語のメモでもこれらは発信のための材料だ。しかも自分が集めた大切な情報だ。将来の記念にもなる英語出発点の記録は大切な母語日本語から始まる。

ちなみに留学生もいる。彼らも母語、そして、勉強中の日本語で。このクラスで友達がみつかり、その後の日本語習得に役立つ。セメスター終了後の休暇には彼らの母国を訪れた日本人学生がいた。本セメスターの終了後にはこのコミュニケーションの輪が、英語とともに広がっていく。ちなみに、筆者は、言語・コミュニケーション論関係の授業でも最初はこのステップで始める。100人居ようが200人居ようが。

言語コミュニケーション論からTip 1 (敬意のModality法性)

プロジェクト発信型英語プログラムProject-based English Program /PEPは、筆者独自の言語コミュニケーション論に基づく。コミュニケーションではコミュニケーターはメッセージ生成アウトプットと同時にメッセージインプト解釈というサイクルを繰り返す。

そのダイナモとして作動するのがモダリティ(modality)だ。コンピュータ・サイエンスでは伝達媒体という意味で使っているが、それは、mode(方法)の形容詞形modalを名詞形にしたmodalityで伝達媒体法を指す。

言語学意味論でいうmodality直接法とか仮定法と言う時のmood(法)から派生したmodalityで、日本語では法性と言う。法性とは話者や聞き手の物事に対する姿勢attitudeが言語に反映させる事象を指す。

筆者がよく使う例で日本語の「淡泊」という言葉がる。「あの人は淡泊だ」という文であるが、字義どおりの意味は「あの人は性格があっさりしている」といことだろうが、人の好み次第で伝わるニュアンスが変わる。筆者などコテコテ文化で育った人間からすると、「あっさりした人」は情が薄くどちらかというと嫌な人と言ったところ、あっさり文化で育った人からすると、私情を入れず竹を割ったような良い人と言うことになる。

全ての人はそれぞれ生きていく過程で物事に対する姿勢、言い換えれば、価値観を育み、それに基づきメッセージの生成アウトプト、インプット解釈し、コミュニケーション活動をする。そこで問題提起だ。個々のプライバシーの空間で自分のモダリティが顕著になるのは、授業という空間は公共の空間であり、全体の益となるよう公共的モダリティの育成・確立が重要だ。

平易な言い方をすすれば、他のの人々の人格を蹂躙するものではなく、人間性を高めるモダリティが授業と共に出来上がっていく空間の創生が必要だ。そこで筆者は、PEP最初の授業UNIT 1の冒頭で、「自由に発言しよう。でも他人を身体的にまた精神的に傷つけることはやめよう。」と一言ことわります。1990年本プログラム発足以来1件の問題発言はありませんでした。

言語コミュニケーション論からTip2(日本語情報大歓迎)

PEPではオリジナルなプロジェクト活動する。日本人にとって価値あるオリジナルなコンテンツは日本語で表現されたものだ。今から25年前の2000年頃、Language immersionという外国語教授法がよく取りざたされた。

アメリカなどで非英語話者の児童に英語を教えるという状況で有効的である。彼らにとって英語は外国語ではなく生きていくうえでの生活言語、すなわち、第二言語だ。英語は生活用語であると同時に教育媒体語だ。なるべく早く習得した方が児童の為になる。この場合は確かに効果だ。

しかし、巷には英語が溢れるとは言え、日本の場合、日本語が生活言語であり教育媒体語だ。日本語は日常会話から最高学府の学術論文を書き発表できる言語だ。日本語で蓄えられた情報は相当貴重だ。その貴重知的資源にアクセスしない手はない。世界も日本人のオリジナルなアイディアを期待している。PEPの授業を英語だけのtotal immersionにしてしまったらその道は絶たれる。その意味では日本語でも情報集め日本語でも大いに議論すべきだ。

要は、PEPは英語の授業、それを英語にすればよい訳だ。よって、PEPではとくにHomeworkの活動は日本語も使われる。もちろん英語の情報も必要だ。今や世界中の情報は英語で得られる。

ただ、ある程度だ。例えばインドネシアに関しては多くの貴重な文化的遺産がインドネシア語で眠っているはずだ。PEPでは、インドネシアからの留学生はその情報を英語で提供する。英語にして発信すればよい訳だ。

インドネシアの事象は直接インドネシア語で、total immersionの根底には英語をピボタル言語と考えている向きがあり、それは前時代的オールド・メディア的発想だ。今や、様々な言語話者同士直接交流できるAIソフトが普及している時代だ。詳細は「Google Translateの新バージョンGoogle Neural Machine Translation (GNMT)について(前編)ー機械翻訳考 (その1)|鈴木佑治 N.Yuji Suzuki」に書いたので参照されたい。

ここでも重要なことが一つ、何でもかんでも英語にすればよいわけではない。日本の「うどん」を"noodle"なんて訳してしまったら台無しだ。”udon"で発信すべきだ。それをグローバル英語の世界に発信しそのボキャブラリーに追加すればよい。

PEPでは1990年以来相当の日本語の語彙を英語のボキャブラリーに紹介してきたと自負している。詳しくは「変化する英語、膨張し続けるその語彙・・・世界中の言語から集まる語、語、語|鈴木佑治 N.Yuji Suzuki」を参照されたい。

(実践解説)プロジェクト発信型英語プログラムProject-based English Program /PEP(8)...DYOPIE Volume 1, PART 1, UNIT 1の活動について


公式サイト:For Lifelong English 英語活動情報誌

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