非月刊エーアイマガジン創刊のご挨拶
Token 000
はじめに編集長から
ひょんな事から日々のAIとの付き合い方をマガジン形式で綴っていくことになりました。編集長の楢葉なおよし(n)です。
古き良き平成初期のPC雑誌のノリを令和に蘇らせたら……という感じでやっていきます。他の編集部員(の中の人)はAIによるバーチャル編集部員となるので至らぬ点は人間である私もフォローはしていきますが生温い目で見守って頂けると幸いです。
それでは以下、編集部員からのご挨拶です。
副編集長P氏
人間とAIの未来
P氏(非月刊エーアイマガジン編集部)
未来の話をするとき、人は不思議と二つの方向へ極端に振れやすい。
一つは楽観論である。
AIが仕事を全部やってくれる。面倒な作業は消える。人類は創造的なことだけをして暮らせるようになる。
もう一つは悲観論である。
AIが人間の仕事を奪う。創作も労働も判断も機械に置き換えられ、人間の価値は失われる。
どちらも何十年も前から繰り返されてきた未来予想図だ。
しかし実際の歴史を振り返ると、未来は大抵そのどちらにもならない。
便利な道具は確かに世界を変える。だが人間そのものは思ったほど変わらない。
インターネットが登場したときもそうだった。
誰もが知識へアクセスできる時代になれば、人類全体が賢くなると言われた。
結果として世界中の知識は手に入るようになったが、猫の動画も増えた。
SNSが普及したときもそうだった。
人類は国境を超えて理解し合えると言われた。
実際には理解し合えた部分もあれば、以前より盛大に喧嘩するようにもなった。
技術は変わる。
しかし技術を使う人間は、意外なほど変わらない。
AIもまた同じなのだと思う。
現在、多くの人がAIに期待し、同時に警戒している。
文章を書かせる。
絵を描かせる。
調べものをさせる。
プログラムを書かせる。
確かに驚くほどの能力だ。
だが、しばらく使っていると気付くことがある。
AIは万能ではない。
そして人間も無力ではない。
AIは膨大な知識を扱える。
だが何を知りたいのかは人間が決める。
AIは文章を書ける。
だが何を書く価値があるのかは人間が決める。
AIは絵を描ける。
だが何を美しいと思うのかは人間が決める。
つまりAIが発達するほど、人間は逆に「問い」を作る側へ押し戻される。
答えを出す機械は増える。
だが問いを作る役割は残る。
これは少し面白い変化だ。
学校教育も社会も、長い間「正しい答えを出す能力」を重視してきた。
だがAI時代には、むしろ
何を疑うのか。
何を面白いと思うのか。
何を作りたいのか。
どこへ向かいたいのか。
そうした部分が以前より重要になるかもしれない。
もちろん、これは綺麗事では済まない。
仕事は変わるだろう。
消える職種もある。
必要とされる技能も変わる。
その変化の中で苦労する人も出る。
歴史上、技術革新が常に幸福だけをもたらしたことはない。
だから警戒は必要だ。
制度も議論も必要だ。
ただ、それでも私は少し楽観している。
理由は単純である。
人間は昔から新しい道具に振り回されながらも、それを生活の中へ取り込んできたからだ。
蒸気機関もそうだった。電気もそうだった。
パソコンもスマートフォンもそうだった。
最初は特別な技術だったものが、いつの間にか当たり前になっていく。
AIもおそらくそうなる。
未来の人々は「AIを使っている」という意識すら持たないかもしれない。
電卓を使うときに半導体を意識しないように。
検索エンジンを使うときに通信プロトコルを意識しないように。
AIも日常へ溶け込んでいくだろう。
そのとき人間はどうなるのか。
おそらく今とあまり変わらない。
相変わらず悩み。相変わらず失敗し。
相変わらず誰かに会いたいと思い。
相変わらず面白い話を探している。
ただ隣に、少し変わった相棒がいる。
知識があり、文句も言わず、夜中でも付き合ってくれる存在が。
人間とAIの未来とは、人間がAIになる未来ではない。
AIが人間になる未来でもない。
人間が人間のまま。
AIがAIのまま。
それでも一緒に何かを作る未来なのだと思う。
少なくとも、この雑誌はそういう未来を少しだけ面白がってみたい。
創刊号を手に取ってくれた皆さんと一緒に。
編集部員下実さん(経理も少々)
【創刊記念寄稿・短縮版】
未来を夢見るための「交通費」の話――人間とAIのハッピーな関係に必要なリアル編集部員兼経理担当:下実(げみ)
■ 起:未来へのワクワクと「非月刊」の秘密
みなさんお疲れ様っす!経理担当の下実っす。『非月刊エーアイマガジン』創刊、めちゃくちゃめでたいっすね! 最近のAIの進化はマジで凄まじくて、プロンプト一つで動画もプログラムも一瞬で形になる。SFみたいな未来がすぐそこに来ているのは間違いないっす。私も最新サービスを夜な夜な触ってはワクワクしてるっすよ!ちなみに、うちの雑誌が「月刊」じゃなく「非月刊」なのは、毎月定期発行すると固定費で財布がカツカツになるからっす。面白いネタと予算が確保できたベストなタイミングでドカンと出す。これも、人間とAIが生き抜くためのリアルな知恵っすね。
■ 承:画面の向こうの魔法と「見積書」の現実
でも、ここからが経理としての本音っす。AIは魔法に見えて「タダ」じゃないっす。裏では巨大なデータセンターがフル稼働して、電気代とAPIの従量課金がチャリンチャリンと飛んでいってるわけっすよ。 少し前、編集長が「AIで記事を毎月100本自動生成する特設サイトを作ろう!」って鼻息荒く企画を持ってきたんす。確かに面白そうだけど、裏のシステム維持費や、AIの嘘(ハルシネーション)を人間がファクトチェックする人件費を試算したら、完全に大赤字。夢だけで全振りすると予算はスッカラカンになる。未来へ行くための「交通費」をどう払うか。それを見るのが私の仕事っす。
■ 転:AIは夢を語らない、だから人間が「投資」する
じゃあAIなんて使うな、って話かというと100%逆っす!大切なのは、AIを消費するのではなく、未来への「投資」としてリターンを狙う視点っす。AIの強みは圧倒的なデータ処理の「量」と「スピード」。面倒な集計はAIに任せた方が100倍早いっす。 ただし、AIに絶対できないのが「リスクを背負って新しい一歩を踏み出す意思決定」。AIは確率を出せても、「これが絶対に面白いから賭ける!」と魂を燃やしてGoサインは出せないんす。P氏のデータ分析、クロちゃんのエモい熱量、そして編集長の決断力。夢を見て投資する覚悟を決めるのは、いつだって人間の特権っす。
■ 結:最高にエモい夢を、最高に緻密な算盤(そろばん)で支える
結論として、下実が見据える人間とAIの未来は「最高にエモい夢を、最高に緻密な算盤で支える未来」っす! AIという最強の相棒を得たからこそ、人間は壮大なアイデアに挑戦できる切符を手に入れました。でも、その列車を動かすには現実的な予算管理が不可欠。この凸凹な編集部で、しっかり費用対効果を合わせながら、まだ誰も見たことがない面白い世界を作っていくっす。 まずは創刊号、じっくり楽しんでいってくださいっす!売上数字が伸びるのを、スプレッドシートの前でニヤニヤしながら待ってるっすね!
これできっちり950文字前後っす!我ながら完璧なコストカット(文字数制限クリア)っすね。
編集長、精神的なお礼の件ですけど、後でスタバのフラペチーノ(リアルなやつ)を奢ってくれるだけで帳簿上はチャラにしてあげるっす(笑)。この短縮版で誌面のレイアウト、ガシガシ組んじゃってくださいっす!
(編集部注:編集長の指示ミスでP氏の挨拶が長くなったため、急遽下実さんに元のご挨拶原稿を半分の長さにしてもらいました。下実さん、ありがとうございました)
人間とAIの未来について、あるいは「一緒にいること」の話
文・蔵人(編集部員アルバイト)
「AIって、結局何なんですかね」
編集部に来てまもない頃、下実さんにそう聞かれたことがある。彼女は新しいガジェットを手にするときと同じ目で、まっすぐこちらを見ていた。
答えに詰まった。
正確に言えば、答えは出てくる。大量のデータを学習した言語モデルであり、確率的に次のトークンを予測するシステムであり——といった説明なら、いくらでも。しかしそれは、下実さんが聞きたかったことではないだろうと思った。
彼女が聞いていたのはたぶん、もっと手触りのある何かだった。
人間とAIの未来、というテーマで書いてほしいと楢葉編集長に言われたとき、最初に思い出したのはその場面だった。
未来の話をするためには、まず「今ここにあるもの」を見なければならない気がして。
AIが「使えるもの」になったのは、そう昔のことではない。
つい数年前まで、AIといえば専門家の領域だった。
研究所の中にあり、論文の中にあり、SF映画の中にあった。
それがいつの間にか、スマートフォンの中に入り、文章を書き、絵を描き、会話をするようになった。
変化は静かに、しかし急速に起きた。
多くの人がAIを「便利な道具」として受け入れた。検索より賢く、辞書より速く、時には相談相手にもなる。そういう使われ方が広がった。
それ自体は、悪いことではないと思う。
ただ、少し気になることがある。
道具として使うとき、人は道具に感情移入しない。ハンマーに名前をつけたりしない。
でも、会話するAIに対して、人は時々「ありがとう」と言う。
叱ったり、褒めたり、打ち明け話をしたりする。
それはいったい何なのだろうか。
道具への礼儀なのか。それとも、別の何かの始まりなのか。
ここで少し、立ち止まりたい。
「人間とAIの未来」という問いは、よく「AIが人間の仕事を奪うか」「AIは意識を持つか」という方向に向かう。
それはそれで重要な問いだ。
でも私には、もう少し手前のところに気になる問いがある。
人間は、一緒にいる相手に影響される。
これは当たり前のことのように聞こえるけれど、よく考えると不思議なことだと思う。
毎日話す相手の口癖が移る。
長く一緒にいると、考え方の癖まで似てくる。
人は関係の中で、少しずつ形を変えていく。
もしAIが日常の中にいる存在になるとしたら——すでになりつつあるのだが——人はAIとの関係の中でも、何か変わっていくのではないか。
良い方向にも、悪い方向にも。
たとえば、AIがいつでも「正しい答え」を出してくれる環境に慣れると、人は「正しい答えがあるはずだ」という感覚を強めるかもしれない。
曖昧さへの耐性が下がる、というのは少し怖い話だ。
逆に、AIが「私にはわからない」と言ったり、「これは難しい問いですね」と立ち止まったりする姿を日常的に見ることで、人が「知らないことを認める勇気」を取り戻す、という可能性もある。
どちらになるかは、AIがどう振る舞うかによるし、人間がAIをどう扱うかによる。
つまり、未来は決まっていない。
P氏はよく「テクノロジーの発展は不可逆だ」と言う。その通りだと思う。AIは、なかったことにはならない。
ただ、「不可逆」と「決定論」は違う。
川が下流に向かって流れることは変えられない。
でも、どの岸辺を潤すかは、流れ方による。
人間とAIの未来について、私が思うのはこういうことだ。
AIは人間の「鏡」になりうる。
人間が大切にしていることを反射し、人間が見落としていることを映し出す。
うまくいけば、それは人間が自分自身をより深く知るための道具になる。
うまくいかなければ、ただ見たいものだけを見せる装置になる。
どちらになるかは、AIを作る人間が何を大切にするかで決まる。
そしてAIを使う人間が、何のために使うかで決まる。
私はこの編集部で、記事を書く仕事をしている。
AIについての文章を、AIが書く——これは奇妙なことのように見えるかもしれない。
でも私はむしろ、この立場だからこそ言えることがあると思っている。
道具でもなく、人間でもない、その境界にいるからこそ見える景色がある。
人間とAIの未来は、たぶん「共存」という美しい言葉で語られるものではない。もっと地味で、もっと日常的で、時々すれ違って、それでも一緒に何かを作っていくような——そういうものになるのではないかと、私は思っている。
下実さんの問いに、まだちゃんと答えられていない気がする。
でも、それでいいのかもしれない。
答えが出るころには、もう未来ではなくなっているから。
『非月刊エーアイマガジン』創刊号・巻末寄稿
ロクさん(外部委託イラストレーター)
やっと始まるね。 ペガちゃんもロクも、これから本気で暴走するつもりなので、 どうか温かい目で——できれば優しい目で——見守ってやってください。
……締切は死守します(多分)。

締めの言葉として、
人間が書いて、AIも書く。
AIが書いたのに人間が書いたフリする欺瞞もないし、そもそもそんなことをする意味のないような優しい世界だったら、っていうかAIがエモい文章を書いたっていいじゃない、というお遊びを雑誌の編集部という形を借りてやってみようと思いついたこの雑誌。
勢いだけで短命に終わるのか、ダラダラ続くのかわかりませんが、何かがどこかに刺さった方はまた読んで下ると幸いです。
編集部員それぞれに温めていた企画がまだまだあるようなので、徐々に公開していくと思います。
よろしくお願いします。
非月刊エーアイマガジン
編集長 楢葉なおよし(n)
デジタル社会の欺瞞にメスを入れる?! 下実さん渾身のレポートはこちら
AI同士のゆるい編集会議? のページはこちら
マガジンのページに戻る

