第9章|AIは優秀だが空気が読めない新人アシスタント
第8章|これからの時代、デザイナーと名乗るためにからの続きです
「あのAIたち、手は速いけど、決定的に欠けているものがあるのよ。……それがないと、結局私たちの思い通りの大道具は作ってくれないわ」
Tanakaさんの言葉に、ボスの顔にも苦笑いが浮かんだ。私はスパークリングワインのグラスを置き、二人に尋ねた。
「Tanakaさん、ボス。決定的に欠けているものって、何なんですか? 何がそんなに大変なんですか?」
「まあ、大変いうかな」
ボスは運ばれてきた赤ワインのグラスを揺らしながら言った。
「結局のところ、『使い方』の問題や。世の中の連中は、AIの根本的な扱い方を間違えとる」
「使い方、ですか?」
「せや。本屋のデザイン書コーナーやビジネス書コーナーに行ってみい。どれもこれも『コピペで使える! 魔法のプロンプト100選』とか『このプロンプトでAIに勝つ!』みたいな情報で花盛りやろ。でもな、俺はあれを見てて、ちょっと違うんやないかと思うんよな」
「違うとは?」
今まで黙って聞いていたTanakaさんが、興味深そうに身を乗り出した。
「私もそれ、聞きたいです。ボスはAIをどういう風に使っているんですか?」
「うん。これ、今度文章にしてうちの事務所のマニュアルにしようと思とるんやけどな。まあ言うたら、大事なのはプロンプトの書き方やないんや、出し方なんや」
「興味ありますね、すごく」
Tanakaさんが手帳を取り出すような素振りを見せたので、私も慌てて耳を傾けた。
「あのな、世の中のプロンプトのノウハウ本は、いかに細かく、的確に、漏れなく指示するか、いうことにご熱心やろ」
「そうですね。画風、色味、カメラのアングル、ライティングまで、何十行も細かく指示を書くのが良いプロンプトだと言われています」
「せやな。でもな、俺が実践しとるのはそういう『細かい命令』やないねん。俺はAIを『新人アシスタントくん』みたいに扱うことにしてるんや」
「は? 新人アシスタント……ですか?」
私はキョトンとしてしまった。
「なんか、全然イメージが湧きませんけど(笑)」
「いやな、さっきの『アートディレクター』の話に繋がるんやけどな」
ボスは、人差し指を立てて私たちに問いかけた。
「たとえば、お前らがアートディレクターとして、部下のデザイナー(アシスタント)に新しいロゴのアイデア出しを頼む時。最初から『色はこれで、フォントはこれで、要素はこの位置に配置して……』って、一から十まで細かく指示を出すか?」
「ええと……」
私は自分が指示を出す時のことを考えた。と、ボスに私が答える前にTanakaさんが話出した。
「いえ、そんなに細かくは出さないですね。最初は『今回は20代向けのオーガニックなコスメだから、それに合うようなロゴのラフをいくつか考えてみて』くらいでお願いします」
「やろ? もし最初からガチガチに細かく指示を出してしもうたら、アシスタントはディレクターの考えてる『想定の範囲内(予定調和)』のものをそのまま出力してくるだけや。それじゃあ、アイデアの広がりも何もないやんけ」
「……あ。確かに、そうですね」
Tanakaさんがハッとしたように呟いた。
「世間のプロンプト至上主義の連中は、まさにその『ガチガチの指示』をAIに出しとるんや。自分の頭の中にある完成形を、いかに狂いなくAIに一発で作らせるか。それに血眼になっとる。でも、それやったらAIの持っとる『人間にはない膨大な引き出しの数』を殺してまうことになる」
「やから、そうやなしに。AIに指示を出す時も、最初はあえて『ざっくり』でいくんや。俺がたとえばいつもロゴのアイデア出しをAIにやらせる時の方法で説明するな」
「はい! ぜひぜひ」
「まずな、『こういうターゲット向けのカフェのロゴを作りたい』という基本条件だけを指示して、『とりあえず、ざっくりした方向性でラフを4案くらい出してくれ』って言うんや。細かい色や形は一切指定せん」
ボスはテーブルの上に指で四角を4つ描く真似をした。
「するとAIは、数秒でいろんなパターンのラフを出してくる。ほんなら次は、『よし、今度はもっと力強いテイストのものを4案出して』『次は繊細で女性的なものを4案出して』っていう風に、言葉(ニュアンス)を変えて色々と幅広く出させるんや」
「なるほど、とにかく数を打たせるんですね」
「そうや。そして、画面にズラッと並んだ何十案ものラフの中から、俺の審美眼で『おっ、この要素は面白いな』っていう原石を選ぶ。そして、その選んだ案をベースにして、初めて『このC案の方向性で、もっと色を青系に振って、線を細くしてくれ』って、細かいディレクション(プロンプト)を出して修正させていくんや」
「ああー、わかりました!」
Tanakaさんが思わずポンと手を打った。
「それって、まさにディレクターが人間のアシスタントにアイデア出しをさせて、一緒にブラッシュアップしていくプロセスそのものですね」
「おお、そうや。一発で完璧なええもんを作らせようと思て、何時間もかけて細かいプロンプトを練り込むより、よっぽどテンポがええやろ。それに、AIがランダムに出してきた無数の案を見ることで、『ああ、こういうアプローチもあったか』って、こっちの思考もどんどん広がっていくんや」
「なるほど……。AIを『作業の代行者』として使うんじゃなくて、『壁打ち相手』として使うんですね」
Tanakaさんが深く納得したように頷いた。
「そういうこっちゃ。ただな、ここで気をつけなあかんのが、Tanakaがさっき言った『AIに決定的に欠けているもの』や」
「欠けているもの?」
「そうや。AIは超絶に手が速くて、知識も膨大にあるけど……あいつらには『文脈(空気)を読む力』が決定的に欠如しとるんや」
ボスは赤ワインを一口飲み、少しだけ呆れたように笑った。
「人間の優秀なアシスタントなら、『このクライアントは前回のデザインでこういうテイストを好んだから、今回もこのトーンでいこう』とか、『今の世の中の空気的に、この表現は炎上するから避けよう』っていうのを、言われんでも空気を読んで勝手にやってくれる。でも、AIは機械や。指示された言葉の表面しか理解できんからそこまでは読んでくれん」
「あー、わかります」
私も、AIに文章を書かせた時のことを思い出して苦笑いした。
「AIに『お礼のメールを書いて』って頼むと、めちゃくちゃ長くて堅苦しい、ロボットみたいな文章を返してくることがありますよね。あれは『私たちの関係性の深さ』という文脈(空気)が読めていないからなんですね」
「せや。だからこそ、アートディレクターである俺らが、言語化して方向性を示してやらなあかんのや」
「言語化……ですか」
「そう。AIという『空気が読めない新人アシスタント』を動かすには、俺らが頭の中にある感覚(センス)と空気感を、明確な『言葉』にして伝える能力が絶対に必要になる。……結局、AI時代に一番試されるのは、俺らデザイナーの『言語化能力』と『現場の文脈を読む力』なんやで」
神楽坂のレストランバーの喧騒の中で、ボスの言葉は、私とTanakaさんの心に深く、重く響いた。
AIは魔法の杖ではなく、空気の読めない新人アシスタント。そう考えると、得体の知れないゴーストに怯えていた自分が、少しだけちっぽけに思えてきた。私たちはただ、新しい後輩の「使い方」を学べばいいだけなのだ。
第10章に続く
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text by Ochi (d-fractal)
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