第4章|AIは「過去の最大公約数を出す天才である
第3章|「誰でもデザイナー」の幻想と、DTP革命の答え合わせからの続きです。
ボスのグラスに新しく注がれたNo.3(ジン)が、店内の柔らかな照明を反射してキラキラと光っている。DTP革命という過去の歴史を引き合いに出し、「道具が変わっただけで本質は何も変わっていない」と言い切ったボスの言葉に、私は深く納得していた。
すると、隣で静かにスパークリングワインを飲んでいたTanakaさんが、ふと口を開いた。
「ボスの言う通りですね。私も最近、仕事で画像生成AIやレイアウトの自動生成ツールを色々と使ってみてるんですけど、彼らの『正体』がわかってきたかもしれません」
「ほう」
ボスが面白そうに目を向ける。私も「Tanakaさんの分析結果」に興味津々で身を乗り出した。
「ざっくり言うと、AIは天才的な『優等生』です」
Tanakaさんはグラスの縁を指でなぞりながら、淡々とした口調で語り始めた。
「たとえば、『カフェのポスター。温かみのある雰囲気で、20代女性向け。おしゃれなタイポグラフィ』というプロンプト(指示)を打ち込むとしますよね。するとAIは、わずか数秒で、色使いもレイアウトも破綻していない、見栄えの良いデザイン案を出してきます。文字の視認性も確保されていて、配色のルールも守られている。……ぱっと見には文句のつけようがないくらい『正しい』デザインです」
「すごいじゃないですか!」
私は思わず声を上げた。
「数秒でそこまで仕上げてくれるなら、やっぱり私たちデザイナーの仕事って……」
「最後まで聞きなさい、Ochiさん」
Tanakaさんは冷ややかに私を制し、言葉を継いだ。
「確かに、目立った失敗はありません。でも、同時に『大成功』もないんです。AIが出してくるのは、常に誰もが納得する『80点』のデザイン。それ以上でも、それ以下でもないのよ」
「……80点?」
「ええ。AIの頭脳であるディープラーニング(深層学習)の仕組みを考えれば当然のことよ。AIは、過去の人間が作ってきた何億、何十億というデザインデータを学習して、私のプロンプトに対して『統計的に最も確率の高い正解』を導き出しているだけなの。つまり、世の中にある『カフェのポスター』の最大公約数を切り取って、平均値を出力しているのよ」
私は、頭の中で最近SNSでよく見かけるAI生成画像を思い浮かべた。確かに、どれもものすごく綺麗で、構図も色合いも完璧だ。でも、スクロールしていくうちに「なんだかどれも似たような雰囲気だな」と既視感を覚え、すぐに飽きてしまう自分がいた。
「過去の最大公約数……。だから、どこかで見たことがあるような、無難なデザインになっちゃうってことですか?」
「その通り」
Tanakaさんは頷いた。
「AIは過去のデータの寄せ集めだから、『予定調和』を超えることは絶対にないの。クライアントから言われた条件をすべて満たして、セオリー通りに要素を配置する。それは見やすく美しいけれど、何の引っかかりもない、猛烈に『退屈』なデザインなのよ」
そこで、牡蠣のアヒージョをつついていたボスが会話に入ってきた。
「Tanakaの言う通りやな。AIには『エゴ(自己主張)』がないんや」
ボスはバゲットにオイルを染み込ませながらニヤリと笑う。
「人間がデザインする時はな、『クライアントはああ言うとるけど、俺は絶対にこっちの色の方がかっこええと思う!』っていう、理屈を超えたワガママやエゴが入る瞬間がある。でもAIは機械やから、『確率的に一番無難な答え』しか選ばん。100人に聞いて80人が『まあええんちゃう』って言うような、角の取れた丸いものしか出せんのや」
「でも……」
私は少し反論してみた。
「デザインって、アートじゃないから自己満足になっちゃダメなんですよね? クライアントの要望に応えて、ターゲットにしっかり伝わる『80点』の正解を確実に出せるなら、商業デザインとしてはそれで十分なんじゃないですか?」
私の言葉に、Tanakaさんは深くため息をついた。
「Ochiさん、だからあなたはいつまでも半人前なのよ。いい? 私たちがクライアントからお金をもらってデザインしているのは、『言われた通りの80点の正解』を出すためじゃないの」
Tanakaさんの厳しい視線に、私は思わず背筋を伸ばした。
「クライアントの頭の中にある要望をそのまま形にしただけの80点のデザインなんて、今の時代、AIを使えば誰でもタダで出せるわ。でも、プロのデザイナーが本当にやらなければいけないのは、その80点の土台をあえて壊すことなのよ」
「壊す……?」
「そう。セオリー通りに組んだ美しいレイアウトを、あえて少しだけ崩して違和感を作る。無難な補色ではなく、少し毒のある色を差し込んで目を引く。クライアントが『えっ?』と戸惑うような予想外の提案をして、クライアントに感動と驚きを与え、120点の結果を叩き出す。それが私たちプロの仕事でしょ」
Tanakaさんは、自分のスパークリングワインをぐいと飲み干した。
「AIは過去の正解をなぞる天才よ。でも、『あえて正解を外す(ルールを破る)』という高度な反逆は、AIにはプログラミングできない。なぜなら、彼らには『これが美しい』と確信するだけの、血の通った審美眼がないからね」
「なるほど……」
私は完全に打ちのめされていた。AIが作る「完璧で綺麗な画像」に怯えていた自分が、いかに表面的な部分しか見ていなかったのかを思い知らされたからだ。
「せやな。予定調和をぶっ壊して、120点を生み出す。それこそが人間のパワーやろ」
ボスは深く頷き、そして意味深に笑った。
「その120点を生み出すために一番必要なもんが何かわかるか? それはな、」
「それは?」
神楽坂の夜は更けていく。ボスの口から出たその不穏な言葉の正体を、私はさらに深く聞き出さずにはいられなかった。
第5章に続く
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text by Ochi (d-fractal)
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