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第3章|「誰でもデザイナー」の幻想と、DTP革命の答え合わせ

第2章|カメラマン不要論と、失われなかった職業からの続きです。

「カメラの世界で起きた、技術の民主化とカメラマン不要論。実はな、これと全く同じパニックが、俺らの本業であるデザインの世界でも起きたんや」

 目の前に運ばれてきた大ぶりの生牡蠣にレモンを絞りながら、ボスは話を私たちの本業へと引き戻した。オーストラリアから直送されたというその牡蠣は、一口食べると磯の香りとクリーミーな旨味が口いっぱいに広がり、よく冷えた白ワインと信じられないほどよく合う。

「全く同じこと、ですか?」

 私が白ワインのグラスを置きながら尋ねると、ボスは満足そうに牡蠣を飲み込み、頷いた。

「せや。お前ら、Macが普及する前の『DTP(デスクトップ・パブリッシング)以前』のデザインの現場のこと、知っとるか?」

 ボスの問いかけに、Tanakaさんが静かに口を開いた。

「私は美大の授業実習で、少しだけ版下(はんした)を作ったことがありますから、ある程度は。紙の台紙に、ロットリングで線を引いて、写植文字をピンセットとペーパーセメントで一つひとつ切り貼りしていく、あの気の遠くなるような手作業ですよね」

「そうそう、それや。授業の課題だけでも面倒くさかったやろ? 現場はもっと地獄やったんやで」

 ボスは昔の修羅場を思い出すように、目を細めた。

「文字の大きさを変えたいと思っても、今みたいにキーボードで数値を打ち直すだけじゃ済まん。『写植屋』っちゅう専門の業者に文字を発注して、翌日上がってきた印画紙を見て『あかん、ちょっとデカすぎた!』ってなったら、またお金と時間をかけて発注し直すんや。文字一つ、レイアウト一つ直すのにも、とんでもない物理的な労力とコストがかかっとった。そんな完全なアナログの職人時代にな、MacとDTPっちゅう黒船が殴り込みをかけてきたわけや」 

「DTP革命、ですね」

 Tanakaさんが相槌を打つ。

「最初はIllustrator、そしてQuarkXPress(クォークエクスプレス)やな。TanakaはQuark知ってるか?」

「はい、名前だけは。今のInDesignの前に業界標準だったレイアウトソフトですよね」

「そうや。そういう電子化の波がドカンと来てな、世間では『これで誰でもデザイナーの時代や!』って大騒ぎになったんや。……というのもな、今まではグラフィックデザイナー言うたら、でっかい写植機やら『トレスコ』やらを完備してる、ある程度大きい事務所に就職するしか、なる方法がなかったんや。でも、MacとDTPソフトさえあれば、そんな大袈裟な機材がなくても、机一つで誰でもプロ並みの版下、版下いうか印刷データが作れるようになったからな」

 ボスの口から出た聞き慣れない単語に、私は思わず首を傾げた。

「ボス、ちょっと待ってください。さっき出た『トレスコ』ってなんですか?」

「ああ、そこからか。Ochiは完全なデジタル世代やから見たこともないやろな。トレスコいうのは正式名称を『トレーシングスコープ』言うてな。写真やらイラスト、図版なんかを、下部にある台に乗せて、上部のガラス面に投影させる巨大な機械や」

「プロジェクターみたいなものですか?」

「まあ、似たようなもんやな。昔は画像の拡大縮小も、マウスでドラッグしてピクセルを伸ばすなんて魔法は使えへん。だから、そのトレスコに原稿を入れて、拡大率を合わせてガラス面に投影した映像を、上からトレーシングペーパーを被せて人間の手でなぞって(トレースして)アタリを取るんや。あとは版下作るときに露光させて現像したりな」

 ボスはグラスを指先でなぞりながら、ふっと笑った。 

「これがまた、中に強烈なランプが入っとるから、夏場なんか機械の熱で汗だくになるんや。しかもめっちゃでかくて重たい。俺も最初に独立して事務所構える時、清水の舞台から飛び降りるつもりでこれ買うてな。当時で100万以上の出費やったわ」

「ひゃ、100万円……!?」

 私は思わず目を見開いた。ただ画像をトレースしてレイアウトを確認するためだけの機械に、100万円。今のMacなら最高スペックのものが数台買えてしまう金額だ。

「そう考えると、確かにデザインの『敷居』は劇的に下がりましたよね」

 Tanakaさんが、テーブルの上の牡蠣を見つめながら言った。

「100万円の機材と、糊まみれになる職人技が必要だった世界が、数十万円のMacとソフトのセットで置き換えられる。誰でも簡単に美しい文字が組めて、写真の拡大縮小もクリック一つでノーコストでできる。……まさに『プロンプト一つで誰でもプロ並みの絵が描ける』と騒いでいる今のAIの状況と、完全に同じ感じはありますね」

「そうなんや。でな」

ボスはニヤリと笑って、私たちの顔を交互に見た。

「そうやって技術が民主化されて、『これで機材のない素人でもデザイナーになれる!』と騒がれた結果、当時のデザイン業界はどうなったと思う?」

「えっ……? デザインの単価が崩壊したとか、素人がプロの仕事をどんどん奪っていったとか?」

私が恐る恐る答えると、ボスは豪快に笑い飛ばした。

「ちゃうちゃう。結果はな、『たいして変わらんかった』んや」

「変わらなかった?」

「せや。結局、やってることは『アナログの机の上』から『Macのモニターの中』に変わっただけや。紙とピンセットを使って手作業でイカすデザインを作ってた奴は、モニターの中になっても変わらずイカすデザインを作っとった。逆に、『これで俺もデザイナーになれる!』言うてMacを買うただけの素人は、結局素人のまんまやったんや、まあクライアントに単価は下げられることは時々あったけどな(笑)」

ボスは、指先でテーブルをトントンと叩いた。

「いいか。Macを買ってソフトの使い方を覚えたから言うて、ええデザインができるわけやない。レイアウトの黄金比、タイポグラフィの美しさ、色彩のロジック。そういう『基礎』と『審美眼』が頭の中にできてへん奴が、いくら高価なMacと最新のIllustratorをいじり回しても、出てくるのは『Macで綺麗に文字が並べられただけの、ただのゴミ』なんや」

 その言葉は、私の中にスッと落ちてきた。つい数日前、事務所で竹田くんがTanakaさんに「文字詰め(カーニング)」の厳しさを叩き込まれていた光景が、鮮明に蘇ってきたからだ。便利なツールが文字を綺麗に並べてくれても、その空間の余白が美しいかどうかを判断するのは、結局の人間の目なのだ。

「……なるほど。ツールがどれだけ進化して便利になっても、最終的に『これが美しい』と判断する基準が自分の中にないと、デザインは成立しないんですね」

「そういうこっちゃ。トレスコがMacに変わったように、今度はMac(手作業)がAI(プロンプト)に変わろうとしとるだけや。道具のインターフェースが変わっただけで、クリエイティブの本質は30年前から何も変わっとらん」

 ボスはそう締めくくると、「すんません、No.3をロックでもらえる?ビターちょっと入れてな」と店員さんに手を挙げた。

 「誰でも作れる時代」だからこそ、「何が美しいか」を知っている人間の価値が浮き彫りになる。DTP革命という過去の答え合わせは、私たちが今直面しているAIというゴーストの正体を、はっきりと照らし出してくれたような気がした。

第4章に続く
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第1章はこちら
text by Ochi (d-fractal)


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