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モストマスキュラー!3「男の園(1)」【#創作大賞2025 #恋愛小説部門】


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 ──眩しい光がカーテンの隙間から差し込み、容赦なく私の瞼を叩いた。

 ゆっくりと目を開けると、朝日が作り出す部屋の光と影のコントラストが目に飛び込む。

「あちゃー、服のまま寝てしもた……」

 身体を起こそうとすると、しわくちゃになった長袖の綿カットソーが胸元まではだけていることに気づき、慌てて引っ張り下ろす。
 ベッドの左横、東の窓の上にかかっていた時計の針は、すでに六時を指していた。

「……もう起きよ」

 全身の気怠さを感じつつ、それでも無理矢理身体を起こす。
 服もさることながら髪の毛も凄惨せいさんたるもの。肩から下に十センチの長さまで伸びている髪の毛があちこちへ飛び出していきそうな、滅多にお目にかかれない寝癖がついてしまっている。猫っ毛にとってこれは致命傷だと、気怠さを振りほどいてベッドから飛び降り慌てて洗面台へ向かった。

「あいたたたた!」

 痛覚という痛覚が私を猛攻撃。絡まった毛先は、ブラシがなかなか通らず苦戦する。

「あーもう、なんだかなぁ」

 鏡に映った悲惨な姿の自分を見つめて思わずぼやいた。



 昨夜のお誘いには、まずお断りをした。
「うん、突然だもんね」と秀ちゃんはニコニコ微笑んだままだった。その代わりに「俺たちの大学へ遊びに来てよ。それくらいならいいでしょ?」と誘われた。

 秀ちゃんからの挑戦状に、どうしてここまで戸惑う必要があるのだろう。
 恋人関係ならまだしも、コミュニティの主宰と参加者の域をまだ出ていない間柄で、彼をこれ以上知るのが怖いのか。それとも。

「やっぱりボディビルっていうのに抵抗あるのかな、私……」

 何事にも偏見を持たないように、なるべく公平な視点を持つよう心がけてきたはず、なのに。

 ──だって、ボディビルって『キモチワルイ』とか『イロモノ』なイメージあるでしょ?
 ──別にウケ狙いでやってるわけじゃないし。

 昨日の秀ちゃんの言葉を思い出す。
『ウケ狙いでやってるわけじゃない』彼が説明した、ボディビルの一般的なイメージは『気持ち悪いとかイロモノ』。
 その言葉の真意はなんだろう。何を私に知ってほしいのだろうか。

「ああ、やっぱり私の中の偏見が邪魔してる」

 眩暈がして、ブラシを握ったまま洗面台のふちに手をかけて身体を支える。いよいよ私は大後悔時代へ突入した。
 人の本質なんて、自分が触れなければ分かりっこない。それに、私だって。

 ふと顔を上げると、鏡に、いつかの彼が映っている。

『その夢にこだわる理由、俺にはわかんねーわ』

 かつて、私の夢を理解してくれなかった彼の声が、脳裏にこだまする。

『俺と会う時間減らしてまで、やらなあかんことなん?』
『何がそんなにおもろいんよ。全然分からん』

 その言葉の刃が、今も私の心に突き刺さっている気がした。

「せやね、あんたには分からんやろうね……」

 そう言うと彼は消えて、今度はタヌキみたいな大きなお腹の中年男性が鏡に浮かび上がってくる。

『人生で遭遇する全てに価値があってな、その経験が人を豊かにするんやで』

 いつも飄々として、でも本質を見抜くような瞳を持つ先生は、よくそう言っていた。

『お前の夢に不必要なものって、ホンマはないんとちゃうか?』
『知りたがり、というよりは好奇心旺盛なんやと胸張れや』

 まるで私の葛藤を見透かすかのように、先生の言葉が心を解きほぐしていく。

「先生、元気かな」

 恩師の言葉を思い出し、私はまた絡んだ髪をとかす。

 絡まって解ききれないダマ部分は切り落としてしまった。数本の犠牲。
 それでもある程度はとかせたので一つ結びにして、溜まっていた洗濯物をやっつける。掃除機をかけ、一週間分の食料を買いにスーパーへ向かい、一通りやるべきことをやって一息ついたところで、スマホから軽快な電子音が鳴った。

『急で悪いんだけど、明日のお昼ヒマ? 大学に用事あるんだけど、来る?』

 テレビでよく見る緑色の怪獣スタンプが添付されたメッセージが送られてきた。よく見ると、秀ちゃんとその怪獣はどことなく似ている気がする。

「明日って、日曜やん」

 冷蔵庫に貼り付けているホワイトボードには、アルバイトの時間が記されている。

「十八時から、か。なら大丈夫かな」

 時間にゆとりがあることを確認し、『夕方までなら大丈夫』の文字と、可愛いらしいウサギのキャラクターのスタンプを添えて送信すると、すぐに既読マークがついて、更に怪獣が『たのしみ!』と喜んでいるスタンプが踊り出した。

「なーにが『たのしみ!』よ」

 液晶画面を見つめて、苦笑いを浮かべた。

 ◆

 絶好の行楽日和とは、今日のような天気を指すのだろう。
 花が散り青々とした葉のついた桜並木のアーチをコガネムシが飛ぶように、私たちを乗せたコンパクトカーが駆け抜ける。

「惜しいな。満開だとスッゲー綺麗なんだよ」
「だろうね、立派な桜並木!」

 全開の窓から顔を少し出せば、樹齢何百年といった桜並木たちが車に反応するようにざわめいている。

「この辺りはジモティだけが知ってる隠れ桜スポット。だから道も空いてるっしょ?」
「言われてみれば。秀ちゃんナビなしでたくさん裏道知ってるよね」
「そりゃあ、伊達にジモティ二十二年やってませんから。あとデリバリーのバイトね」

 そう言いながら運転する秀ちゃんの表情はどこか誇らしげに見える。

「好きなんだね、地元が」
「うん、自然多いし、都会に近いけどゴミゴミしてるわけじゃないし。好きだね」
「私も地元、好きだなー。と言っても、ここまで素敵な場所じゃないけど」
「そうなの?」
「うん、関西の中でも割とすたれてる」
「でも、住めば都、でしょ?」

 秀ちゃんらしい問いかけに、私も自然と笑顔になる。

「そうだね」

 三十分ぐらい車を走らせると、果てしなく続いているような田園地帯の真ん中に、森に囲まれた建物が見えてきた。
「あれが俺たちの大学」と秀ちゃんが車のスピードを落とし、右にウィンカーを出す。
 そのまま『東応(とうおう)大学』の看板が掲げられた門に近づき、窓口から出てきたガードマンにカードのようなものを彼が見せると、そのまま駐車場に誘導され構内へ進入した。

「車のまま大学に入るんだ」
「うん、駐車場契約してるから。さっきおっちゃんに見せてたのがその証明書」

 さあ着いた、と車を停める。助手席から降りると、思った言葉がそのまま口からこぼれた。

「うーわ、ムッチャひっろ!! 校舎でっか!! 綺麗!!」
「綾羽、方言すげえ出てるよ」

 興奮し過ぎて、上京してから他人の前でほとんど使っていない方言が自然と出ていた。
 駐車場から続く銀杏並木。銀杏並木の横には広いグラウンド。そして並木の終わりにそびえ立つ新しい校舎の群れ。ファンタジーの世界の小国みたいだ。

「綾羽は女子大卒って言ってたっけ」
「うん。学部も人数も少ないもん。関西にも大きな大学はたくさんあるんだけど、理系の学部だけでこんな敷地広い大学は初めて見た!!」

「一日かかっても全棟まわれないからね」
「関東の総合大学、すっごいなあ!! 関西は永遠に関東に勝てない気がする」

 何だよそれ、と可笑しそうに笑う秀ちゃんに連れられ、とうとう私は東応大学の敷地へと足を踏み入れた。

 休日の大学は、人もまばらで静かだ。それでも私たちの通っていた大学の日曜日より生徒は多い気がした。
 研究室に用事がある、とまず連れて行かれたのはコンクリート打ちっぱなしの六階建ての校舎。ここが秀ちゃんの在籍している学部の研究棟だと説明してくれる。エレベーターに乗り込むと、秀ちゃんはサッと最上階の六階のボタンを押した。

「昼休みとかさ、エレベーターが混みまくって授業間に合わなくなりそうになると、階段必死にあがんなきゃいけないからキッツイんだよね」

 何度も経験したのだろう、秀ちゃんが舌打ちしながら話す。

「確かに六階となるとキツイね……」
「酸欠になって授業の内容が全然頭に入ってこないときあるもんな」

 そりゃあ大変だ、と私が苦笑いしたところでエレベーターが止まった。
 フロアに降り立つと誰もいない。理系で男子ばかりだと聞いていたけれど、見る限り女子大の研究室棟よりも綺麗で、最上階らしいガラス張りのロビーには白いモダンソファが並んでいる。

「すぐ戻るから、ここで待っててね」

 そう言うと秀ちゃんは書類を片手に慌てて研究室の方へ走っていく。

「とうとう来てしまった……」

 ソファに腰掛けながら、ガラス越しを眺めて呟く。このキャンパスで今私たちがいる研究棟が一番のっぽのようだ。綺麗に整備されているグラウンドでは陸上部らしき人たちがトラックを走っていたり、ハードルを跳んでいる。何棟もある校舎は三階建てで、デザイナーズマンションが立ち並ぶ住宅街と錯覚しそうになる。

「お待たせ! 提出してきた!!」

 そこまで待っていないけれど、彼が申し訳なさそうに小走りで戻ってきた。

「研究も大変だね」
「まあね。というわけで、部室にいかなくちゃいけないんだけど」
「え」
「ついてくる? それとも車で待ってる?」

 やっぱり、この人に試されている気がする。

「……行く」

 ボソッと呟くと、唇の左端を上げてニンマリしている秀ちゃん。彼特有の笑い方。

「へぇ、勇気あるねえ」
「誘ったのは誰よ」

 私がぶうたれると、秀ちゃんが可笑しそうに声を出して笑った。

 さっきの研究棟から五分くらい歩くと、明らかに最先端技術研究をしているんだろうな、と分かる設備の棟。そして横の空き地を挟んだところで彼が足を止めて指さした。

「ここ。着いたよ。俺たちは奥の二階」

 ──ここは昭和か、と言いたくなるような時代錯誤なプレハブ二階建てが二棟並んでいる。外観は古い、というより小汚い。隣がほぼ新築に等しいから尚のこと汚さが際立ってしまっている。

「ボロいっしょ、弱小部活の溜まり場」
「他の校舎との落差が半端ないね……」

 呆気に取られていると、致し方ないとばかりに秀ちゃんが右手の人差し指と親指で丸を作りながら言う。

「そうそう、我々の学費はすべて新棟建築へ回されております」
「でも、懐かしい感じがする。私たちの部室棟もこんなオンボロだった」

 遥か昔、セーラー服姿だった私がオンボロプレハブから顔をひょっこり出してきそうな、懐かしい思い出。

「ん? 綾羽って何部だったの?」

 秀ちゃんの声に、現実に引き戻される。まだ彼には、私の夢も過去も話していないので、口に人差し指を当てて「秘密」と答えた。


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