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人材ポートフォリオは、なぜ経営会議で使われないのか

「人材ポートフォリオを作ったものの、経営会議でうまく活用できていない…」

こんな経験はないでしょうか。

人材タイプごとの人数を整理する。スキルマップを作る。採用・育成・配置の現状を可視化する。資料としてはよくできている。しかし、いざ経営会議に出すと、報告で終わってしまう。

なぜそうなるのでしょうか。
私は、人材ポートフォリオそのものに問題があるというよりも、経営会議に持ち込むときの“問い”が弱いことが多いのではないかと感じています。


人材ポートフォリオは、人事管理資料ではない


人材ポートフォリオという言葉は、人的資本経営の広がりとともに注目されるようになりました。

人材版伊藤レポートでは、人材戦略に求められる視点として「経営戦略と人材戦略の連動」「As is-To beギャップの定量把握」「企業文化への定着」が示され、共通要素の一つに「動的な人的ポートフォリオ」が位置づけられています*1。

ここで重要なのは、「人材ポートフォリオを作りましょう」という話ではなく、「経営戦略を実行するうえで、人材構成を動的に見直しましょう」という点です。

人材ポートフォリオは、経営が事業戦略の実行可能性を検証するための道具です。

新規事業を伸ばすと言っているが、その事業を牽引できる人材はいるのか。既存事業を効率化すると言っているが、現場のマネジメント負荷は限界を超えていないか。AI活用を進めると言っているが、業務を再設計できる人材はどこにいるのか。

こうした問いに答えるために、人材ポートフォリオは存在すると考えます。


経営会議に必要なのは、情報ではなく論点である


人材ポートフォリオが経営会議で活用されにくい理由の一つは、情報として持ち込まれてしまうことだと考えます。

例えば、「現在、営業人材が何名います」「管理職候補は何名です」「スキルレベル別に見ると、このような分布です」といった情報は必要です。

ただ、経営会議で議論すべきなのは、これら情報ではなく、その情報を見たうえで、何を決めるのかだと考えます。

ですので、人材ポートフォリオを経営会議に持ち込むなら、「デジタル人材が不足しています」では少し弱く、たとえば次のように問いを立てる必要があります。

「中計で掲げている新規プロダクト売上を実現するには、PdM、データ人材、エンタープライズ営業の3職種がボトルネックになります。現状の採用・育成ペースのままでは、2年後に必要数の6割しか充足しません。採用投資を増やすのか、既存事業から配置転換するのか、外部パートナーを活用するのか、どの方針でいくべきでしょうか」

ここまで来て、初めて経営会議の議題になると考えます。


「現状」と「あるべき」だけでは足りない


ところで、人材ポートフォリオを考える際、多くの企業は「現状」と「あるべき」を比較しますが、実務上はもう一つ、必ず見るべきものがあります。

それが「成り行き」です。

現状とは、いまの人材構成です。あるべきとは、事業戦略を実現するために必要な人材構成です。

これらに加えて、成り行きとは、いまの採用・退職・昇格・異動・育成のペースを続けた場合、将来どうなるかです。

この「成り行き」を見ないと、議論が一気に浅くなると考えます。

たとえば、現状ではプロジェクトマネジャーが不足している。しかし、若手の育成パイプラインが強く、2年後には一定数が立ち上がる見込みであれば、外部採用を急ぎすぎる必要はないかもしれません。

逆に、現状では何とか回っているように見えても、ミドルマネジメント層の退職リスクが高く、若手の昇格準備も進んでいない場合、2年後には組織運営が急に苦しくなるかもしれません。

人材ポートフォリオの本質は、現在の不足を騒ぐことではありません。放置した未来を可視化し、どこに先手を打つかを決めることだと考えます。

人的資本可視化指針でも、人的資本への投資は短期的には費用に見える一方、中長期では経営戦略・施策を支える基盤となり、企業価値向上のドライバーになり得ると整理されています。*2

だからこそ、経営会議では「いま足りないか」だけでなく、「このまま進むと、どの戦略が実行不能になるか」を問うべきです。


経営会議で決めるべき5つのこと


では、人材ポートフォリオを経営会議に持ち込んだとき、何を決めるべきなのでしょうか。私は、少なくとも次の5つだと思います。

第一に、どの事業・機能を優先するか。
すべての人材不足を同時に解消することはできません。成長事業を優先するのか、既存事業の安定運営を守るのか、全社横断機能を強化するのか。これは人事だけでは決められません。経営の意思決定です。

第二に、採用・育成・配置転換・外部活用のどれで解くか。
人が足りないから採用する、という発想だけでは限界があります。育成で間に合うのか。配置転換が可能なのか。外部人材やパートナーを活用すべきなのか。場合によっては、事業側の計画そのものを見直す必要もあります。

第三に、どの人材投資を増やし、どこを抑えるか。
人的資本経営というと、つい「投資を増やす」話になりがちです。しかし経営として大事なのは、投資配分です。どの人材群に、どのタイミングで、どの程度投資するのか。ここを決めなければ、結局は総花的な施策になります。

第四に、どのリスクを許容するか。
すべてのギャップをゼロにすることはできません。採用が間に合わないリスク、育成が遅れるリスク、既存事業から人を抜くリスク、外部依存が高まるリスク。どのリスクを取り、どのリスクを避けるのか。これも経営会議で扱うべきテーマです。

第五に、誰が実行責任を持つか。
人材ポートフォリオの議論は、人事だけが責任を持つと弱くなります。事業責任者、CHRO、CFO、場合によってはCEOが、それぞれ何を持つのかを明確にする必要があります。


人材ポートフォリオ成功のカギは「HRBP」と「完璧なものを作ろうとしないこと」


さて、人材ポートフォリオの有効性を高めるうえで重要になるのがHRBPだと考えます。

HRBPの役割は、単に事業部の人事相談に乗ることではありません。経営戦略を人材要件に翻訳し、現場の人材状況を経営判断に使える言葉に翻訳することです。

たとえば、事業側が「もっと営業を増やしたい」と言ったとします。

そのまま採用要望として受け取るのではなく、何を売る営業なのか、どの顧客に向き合うのか、既存の営業人材と何が違うのか、オンボーディングにどれくらい時間がかかるのか、既存メンバーの育成で代替できないのかを問う。

逆に、人事側が「エンゲージメントが下がっています」と言ったとします。

そのままサーベイ結果として出すのではなく、どの組織能力に影響するのか、離職や生産性にどうつながるのか、どの事業リスクとして扱うべきなのかを言語化する。

この翻訳があって初めて、人材ポートフォリオは経営会議のテーマになると考えます。

もう一つ、人材ポートフォリオの成功のカギを握るのは、最初から完璧なものを作ろうとしないことだと考えます。

人材タイプの定義を精緻にする。スキルレベルを細かく分ける。データを完全に揃える。もちろん理想としては重要です。

しかし、実務では、完璧にしようとするほど経営会議に上がるまでの時間が長くなります。そして、ようやく完成した頃には、事業環境が変わっていることもあります。
だからこそ、最初は、重点ポジションや重点人材群に絞ってよいと思います。

たとえば、全社の人材ポートフォリオを一気に作るのではなく、次の中計で最も重要な3つの事業に絞る。その事業で、戦略実行上ボトルネックになる5〜10職種に絞る。そして、それぞれについて「現状」「成り行き」「あるべき」を粗く置く。

粗くてよいので、経営会議に出す。

そこで経営陣から問いを受ける。事業責任者から現場感をもらう。CFOから投資対効果の観点を入れる。CHROが人材戦略に落とす。

この往復によって、人材ポートフォリオは使えるものになっていきます。

経産省の実践事例集でも、旭化成が経営戦略の実現に必要な人材ポートフォリオを、事業軸と機能軸の両面から毎年洗い出し、採用・育成に加えてM&AやCVCも含めて対応している事例が紹介されています。*5

ここから学べるのは、人材ポートフォリオは一度作って終わるものではなく、事業の変化に応じて更新し続けるものだということです。


最後に:人材ポートフォリオは、経営対話の道具である


最後に、改めて強調したいことがあります。
人材ポートフォリオを経営会議に持ち込むとは、人事資料を経営会議に提出することではありません。

「この戦略は、人で実行できるのか」
「このまま進むと、どこで組織能力が足りなくなるのか」
「限られた人材投資を、どこに集中させるのか」
「採用で解くのか、育成で解くのか、配置で解くのか、外部活用で解くのか」
「どのリスクを経営として引き受けるのか」

こうした問いを、経営会議の真ん中に置くことです。

人的資本経営は、開示のためだけにあるものではありません。

開示は大切です。投資家との対話も重要です。
ただ、それ以上に大事なのは、自社の経営が人材を通じて本当に前に進んでいるのかを、経営チーム自身が問い続けることだと思います。

人材ポートフォリオは、完成物ではありません。
経営と人事、事業と人材、現在と未来をつなぐための、対話の道具です。

だからこそ、最初の一枚は粗くていい。ただし、その一枚には、経営が逃げられない問いを置く。そこから、人材ポートフォリオは経営会議の資料ではなく、経営の意思決定装置になっていくのだと思います。


参考文献

*1 経済産業省(2020)「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2021FY/050768.pdf
閲覧日:2026年5月16日


*2 内閣官房・金融庁・経済産業省(2026)「人的資本可視化指針(改訂版)」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/kinyu/dai3/sankou3-1.pdf
閲覧日:2026年5月16日

*3 PwC Japanグループ(2025)「HRデジタルトランスフォーメーションサーベイ2024」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/hr-technology-survey2024.html
閲覧日:2026年5月16日

*4 KPMGコンサルティング(2026)「『経営戦略と人事戦略の連動』の現在地と今後の考察――日本国内の人的資本経営先進企業を対象とした調査より」
https://kpmg.com/jp/ja/insights/2026/04/hr-strategy-alignment.html
閲覧日:2026年5月16日

*5 経済産業省(2022)「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 人材版伊藤レポート2.0 実践事例集」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0_cases.pdf
閲覧日:2026年5月16日


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