403 科学で語る現代思想・序の1
実は年末年始の能登参りの時、一気読みしたのがタイトル画像の本。
確かこの記事を読んですぐに書きたくなったことがあったのですが、まずは一読と思ってへ本屋で買って電車と金沢のミスドの時間で読み切ったのです。その結果、傲慢な言葉で言えば「惜しい」。不確定性原理ととフラクタル、それで現代思想、構造主義を批判するアイデアを持っていたので、なぜそこを深掘りしないと、残念に思ったのでした。
思考では構造主義は面白いと思うし思想ではリベラルと自分で思う私ですが、なぜ「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」(『構造と力』より)となったか、そういう考えになったのは気分として分かるにしても、なぜその結論になったか、「集中講義」でも説明されていませんでした。
ではお前にそんな大それたことが出来るかと問われれば、大括りに出来そうなアイデアがあって。もちろん私の思いつきではなく、科学から引っ張って来たもの。もちろん科学を無防備に人の営みに使うのは危険ですが、こと思想に関して科学するのは大事だろうと、今回蛮勇をふるって論じようと思ったのです。
まず前提として上の記事から引用を。
ーーー引用ーーー
それまで大学などのアカデミックな場で使われる「思想」という言葉は、結構曖昧なところもあったが、最大公約数として、①人間の生き方あるいは社会の在り方にとって重要な意味をもつとされる課題について、②体系的かつ真摯に思索を積み重ねていき、③その課題に「解答」を与える、あるいは、与えることを目指す―――ということを含意していた、と言うことができるだろう。
ーーーー引用終わりーーー
これが正に啓蒙思想であり近代科学がもたらした崇高な人間観と思いますが。しかし科学の方では、そうした世界の見方は殆ど100年前に喪失しているのです。1927年を量子力学の確立の年と考えれば。
しかし人間が観測できる規模では考えるべきと、そういう意見が出てきそうですが、それについても…、という科学があって。しかしこれは最終宣告のようなものなので、まずは一般相対性理論から語ることにします。
なぜここで難解と名高い物理の理論が出てくるのか? それはその考えが、世界の在り様を結構面白く解釈してくれるからなのですが、一般相対論を語る前に、やはり最初の相対性理論、一般と対比する意味で特殊相対論に着いて語る必要があって。
特殊相対性理論、それは19世紀(まで)の科学への強烈な鉄槌の一つだったのです。(大塩高志)
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