うにっき帳 vol.11 |自分史編|アッチッチ、帰ろ!――茶碗蒸し一杯で家族崩壊!(2)
はじめに
こんにちは。吉村うにうにです。「うにっき帳」のvol.11を掲載します。
「うにっき帳」は日記と銘打っていますが、①日記編 ②語彙増量編 ③自分史編の三部のいずれかを取り上げます。
今回は、自分史編で。アッチッチ、帰ろ!――茶碗蒸し一杯で家族崩壊!の続きです。前回はこちら
では、始めます
ちなみに、本文は常体で書いております。また、日付は自分史編では、エピソードが生じたと思われる日です。
二〇〇〇年八月十五日頃 アッチッチ、帰ろ!――茶碗蒸し一杯で家族崩壊!(2)
柔道や剣道の練習ができそうなくらいの広さがある檜の玄関は、恐らくフローリングなどというものではなく、本当に木材を丸々使ったのだろう。玄関を上がると、手前右側が診察室に通じる通路、左側が食堂、祖父、祖母、伯母の寝室、そして、右奥に仏間があった。
私と従弟二人がタクシーのせいで一番遅れて到着したので、てっきり食事会は始まっているのかと思っていたが、食事は来ていなかった。
祖母は八十五くらいだったと思うが、入院中だったのか、存在感がないのか、その時に祖父母の家に居たという記憶がない。従弟二人は、確か四国から来ていたので、そのまま帰ったようにも思うし、食事会には参加したのかもしれない。この三人については記憶が乏しい。
祖父母の家に親戚が集まった時には、弁慶という仕出し屋さんの弁当を注文するのが習慣になっていた。弁当と言っても、天婦羅や刺身をメインに品数の多いものだったので一斤数千円から一万円くらいはしたのではないだろうか。もっとも、和食の嫌いな私には興味がなかったが。
その弁慶が届ける予定時刻になってもなかなか来なかった。家についてから一時間以上は経っていた。しかし、來る気配はなかった。もしかしたら従弟は待ちきれずに帰ったのかもしれない。私は疲れていたので、早く帰りたくて、他のみんなは腹が減っていたのでと思うが、イライラしていたと思う。
予定時刻より二時間は遅れただろうか。弁慶の出前が謝りながら届けてくれた。何かをサービスしてくれたと思うが覚えていない。メロンかもしれない。やっと食事が来たという事で、伯父、私、姉夫婦とその娘、母が仏間に入り、仏壇をこの順に半円に囲むようにして座っていた。
疲れ切っていた私は、冷めた天婦羅をおかずにご飯を掻き込み、ひたすら咀嚼していた。好き嫌いが多く、特に和食の弁当は食べられる食材が少ない。天婦羅は例外だが。早く帰りたいなあ。当時は苦手だった伯父が、近くにいるのも早く帰りたい理由だった。自分の子である、従弟二人を捨てて、愛人との生活に走った伯父。確か、この頃には九州にある看護大学の教授になっていたはずだ。だが、母から、彼が家庭を顧みず、酒と女に溺れて、三億の借金を祖父に背負させたという話を長年聞かされていた私は、彼と同じ部屋の空気を吸うのも嫌だったのだ。 (つづく)
さいごに
今回も自分史ということで、一家の紹介もかねて話を進めています。いかがだったでしょうか。今回のエピソードはまだ続きますが、うにっき帳vol.12は別の話を入れます。ご了承下さい。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
