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小学校受験体験記シリーズ 東洋英和女学院小学部

小学校受験体験記シリーズについて
本シリーズは、私が2025年の小学校受験の伴走の中で体験したことやその時感じたことを説明会〜考査本番までありのままに綴った記事群です

記事を通して、今後本番を迎えられるパパ・ママの皆様に先々に待ち受けるイベントを疑似体験してもらい、少しでも心の準備に繋げて貰えればと思い執筆しています

諸事情から本番以降は有料設定してますが、本番までは無料で読めますのでぜひご参考にしていただければと思います


※娘の学力については以下のシリーズでご確認いただけます


試験本番まで

(4月ごろ)教室主催の講演会で初めて東洋英和を知る

僕が東洋英和女学院小学部のことを初めて知ったのは、たしか娘を通わせていた教室が開催していた講演会だったと思う。


この講演会は、教室に小学部長の吉田先生が来てくれて、学校説明と質疑応答をしてくれるという貴重なイベントだった。
志望校選びの軸に女子校を入れていた我が家に対し、教室の先生が「娘さんでしたら、東洋英和もオススメですよ~」と勧めてくれたのが、参加のきっかけだ。

もともとは妻が参加する予定だったのだが、幼稚園の行事と被ってしまったため、急遽妻の代わりに僕が参加することになった。

「模試の結果を振りかえるシリーズ」でも言及している通り、当時の僕はまだまだ小学校受験に対して本気モードになっておらず、行く予定もなければ講演会の存在すら知らなかった。
妻から頼まれてやむを得ず参加した、というのが正直なところだ。


僕自身、中学受験は未経験だったため「東洋英和が中学校以降でも人気の学校」ということは知らなかったし、そもそも東洋英和女学院の小学校があることについても今回講演会に行くことになって初めて知った。

振り返ってみてもお受験パパ失格のとんでもない父である。

中学校受験でも人気校だ 出典:みんなの中学情報

この時は説明会用のスーツすら持っていなかった。
さらに急な参加だったため髪を切りに行くタイミングもなく、伸びた髪をどうセットすればいいのか朝から洗面台で悪戦苦闘した。

最終的には、だらしなく見えないようジェルでガチガチに固め、『ガチンコファイトクラブ』の佐野実のようなオールバックで挑むことにした。

出所:佐野実オフィシャルブログ

教室に着くと、すでに多くの親御さんたちが席に座っていた。
その殆どがお母さまであり、周りを見渡しても、お父さんは数える程度しかいない。

少し肩身の狭い思いで待っていると、教室の先生が前に立った。

「ただいまから東洋英和女学院小学校の特別講演会を始めます」


壇上にあがったのは、東洋英和女学院小学部の部長を務めている吉田先生だった。

この時はまだ「東洋英和女学院小学校」が正式名称だと思っていた無知な私は、「事務方の部長さんかな?」などと失礼な勘違いをしていたのだが、言うまでもなく吉田先生は他校でいうところの校長先生である。

吉田先生による簡単な挨拶と自己紹介が終わると、先生はパンフレットの紹介から始めた。まだこの時は2025年の最新パンフレットが出来上がっていなかったようで、去年のものが配布された。

何気なく1ページ目を開いて、驚いた。 そこには、校庭で楽しそうに木登りをしている子供たちの写真が載っていたのだ。

お嬢様学校じゃないのか?
なんとなく勝手に抱いていたイメージと、あまりにもギャップがある写真に面食らった。

「この木は生徒の中でもシンボルになっているタイサンボクという木です。3年生以上になると、ここで木登りができるようになり、多くの子供たちが休み時間にここに登って遊んでいます」


「東洋英和はお嬢様学校」というネットの評判を鵜呑みにしていたため、てっきり休み時間はご友人と優雅にティータイムでも嗜んでいるものかとばかり思っていたが、どうやらまるっきり違うらしい。
吉田先生によると、なんとも子供らしく、明るく活発な子が多く英和にはいるようだ。

勝手にお嬢様学校と決めつけ、「お高くとまっててなんかいけ好かないな」とすら思っていた自分がひどく恥ずかしくなった。
やはりネットの評判などはあてにならない。
自分の目で見て耳で聞くことが何よりも大事なのだと、改めて痛感した瞬間だった。

その後も吉田先生の話は続く。
学校の教育理念、教育の特徴、考査で見ているポイント。

関西出身だという吉田先生の語り口は非常に面白く、まさに関西人らしいユーモアあふれるトークで、緊張感の漂う教室が何度かドッと沸いた。

最後に移転計画について説明があった。
どうやら、学校は現在の場所から移転する計画を打ち立てているものの、昨今の建築事情などもあって当初の計画よりも少し遅れているとのことだった。

しかし、単に施設を新しくするだけでなく、子どもたちの安全を第一に考え、より良い教育環境を整えるための妥協のない慎重な判断であるということが、先生の誠実な言葉からしっかりと伝わってきた。

全体を通しての感想だが、非常に魅力的な学校だな、と素直に思った。
特に、冒頭のタイサンボクの写真で紹介された「生徒の活発さ」に強く惹かれた。

女子校を志望校の軸として捉えていたものの、僕の中の「お嬢様」というイメージは、あまりに静かで大人しすぎて、これからの不確実な時代を自らの足で逞しく生き抜く強さに欠けるのではないか、という勝手な偏見があったからだ。

吉田先生によると、東洋英和は「お父さんが通わせたい学校ランキング1位」に選ばれたことがあるそうだ。

この、泥まみれになって木登りを楽しむような活発さと、それを「子どもらしい」と温かく見守り肯定してくれる懐の深い校風を踏まえると、確かに自分を含め、父親という生き物にとってたまらなく魅力的に映る学校だな、と深く納得したのだ。


(5月ごろ)立教女学院の学校説明会に行く

5月ごろ、立教女学院の学校説明会へと足を運んだ。

上の講演会の中で、吉田部長が度々「三鷹台の女子校」と言及していた学校である。当時立教女学院は志望校のひとつだったため、参加した。

ただ、最終的にこちらの受験は見送ったし、この記事はあくまで「東洋英和の受験体験記」であるから深追いはしない。

だが、どうしても触れておかなければならないことがある。
それは、この2校、かなり校風が似ているという点だ。

たとえば「給食」である。
東洋英和の特徴の一つとも言えるのが、1年生から6年生が同じ卓を囲んで昼食をとる「愛餐(あいさん)」だ。

ところがどっこい、立教女学院でも全校児童が同じ部屋で給食を食べている。

さらに「異学年交流」。
かわいらしい1年生たちが、上級生のお姉様方と戯れる機会が、両校とも非常に多いのだ。

東洋英和が「全校交流会」と呼べば、立教女学院は「パートナー制度」と名乗る。両校とも、仕組みとして上下級生の交流を強く促してくる。

極めつけは「ワンちゃんを通じた教育」だ。
東洋英和は2025年からセラピードッグの「アンちゃん」を通じた心の教育を導入し、夕方のニュースなどでも感動的に特集されていた。
だが待ってほしい。立教女学院も2003年から「動物介在教育」としてワンちゃんを投入しているのだ。

このように、立教女学院と東洋英和で似ている点として3点ほど挙げたが、前者の「給食」や「異学年交流」あたりは、両校ともミッションスクール(それもプロテスタント派)であるというルーツが強く影響しているのではないかと思っている。

例えば「給食」に関していえば、女子校ではないが同じプロテスタント派である青山学院初等部なんかも、全学年が一つの部屋で食事を摂るスタイルを採用している。

出典:青山学院初等部HP

青山学院大学の深町正信氏の論文『初代メソジストによる愛餐』によると、初代教会の人々が「キリストにある一致と連帯性を象徴する儀式」として、共同の食事を極めて重んじてきた歴史が浮かび上がる。プロテスタントにおいて共に食事をとるという行為は非常に重要であり、それが給食という形で実践されているとも考えられる。

「異学年交流」に至っては、キリスト教の根幹にして最強の教え「隣人愛」の発現そのものである。 つまり、両校とも宗教という巨大な文脈があるからこそ、必然的に似てくるのだ。

では、3つ目の「ワンちゃん教育」もキリスト教の教えなのか。

いや、違う。これは明らかに「先生」によるものだ。

東洋英和でワンちゃん教育が爆誕したのは、他でもない吉田先生が小学部長に就任してからである。そして、立教女学院でワンちゃん教育をスタートさせたのも、そう、吉田先生なのだ。

出典:nippon.jp

東洋英和側のブログでも吉田先生自らこう説明している。

出典:東洋英和小学部便り

以上のように、「ワンちゃん教育」については、両校に「吉田先生」という強力な文脈が横たわっているからこそ、似ている点として感じられたというわけだ。

ここから導き出される教訓は何か。

学校研究は表面的な特徴を拾い集めるだけでは不十分だということだ。

「みんなで給食を食べる」。
「異学年交流が盛ん」。

こうした特徴は学校説明会などでも説明されるし、パンフレットを読めば誰でも拾える。

しかし、それだけを持って願書や面接に臨むのは危険だ。学校側から見れば、「それは別に、東洋英和(あるいは他の学校)でなくてもよいのでは」という話になってしまうからだ。

大事なのは、その特徴がなぜその学校に存在するのかを理解することである。

「給食」や「異学年交流」であれば、プロテスタントとして共同体を重んじる信仰的な背景がある。 「ワンちゃん教育」であれば、吉田先生という人物が立教女学院から持ち込んだ歴史と想いがある。

そうした背景まで理解して初めて、「東洋英和でなければならない理由」が自分の言葉になるのだ。

特徴を表面的に知ることよりも、その特徴の根底にある文脈を知ろうとすること

東洋英和や立教女学院に限らず、特定の小学校を志望する観点として当時学んだのは、結局そういうことだった。


(6月ごろ)学校説明会兼公開授業に行く

6月の半ば、「学校説明会兼公開授業」と銘打たれたイベントがあった。
冒頭に書いた伸芽会は教室主催のものだが、これは学校主催の公式イベントとなる。

説明会のみならず、公開授業もあるため、実際に東洋英和に通う子供たちの様子や先生の指導の様子を見ることができるイベントなのだが、今回はスケジュールの都合で妻が一人で足を運んでくれた。

帰宅後、妻は説明会で得た気づきや、学校の良かった点を丁寧に共有してくれた。

「上級生が下級生の面倒をよく見ていて微笑ましい」
「先生方が子どもたちにかける言葉や眼差しがとても優しかった」

そこには、娘がこの学び舎でどう過ごすのかを鮮明に思い描くような、親としての愛情に満ちた温かい視点があった。
日々仕事や家事に追われる中、時間をやりくりして最前線の情報を持ち帰ってくれた妻には、本当に感謝しかない。

しかし、ここで大きなミスに気付いた。
それは、願書の作成を担当する予定だった僕と見学に行ってくれた妻とで、学校を見る観点が少しだけズレていたのである。

妻は純粋に「親」として、娘を安心して預けられる環境かという視点で学校を見てきてくれた。
一方で、願書と睨み合う私はライターとしての視点に囚われていた。

願書という限られた文字数の中で、学校が掲げる建学の精神と、我が家の教育方針をいかに論理的にリンクさせるか。
そのために私が欲しかったのは、「先生が優しかった」という全体的な空気感だけでなく、「キリスト教の精神が、具体的な日常のどの場面で、どのような言葉として表れていたか」という、願書のフックになるような具体的なエピソードだった。

これは完全に僕の失態である。
妻の視点が間違っているわけではない。むしろ親としては大正解だ。

問題は、僕が事前に「願書を書くために、こういう具体的なエピソードを拾ってきてほしい」と、自分の求める観点を一切共有していなかったことにある。目的のすり合わせを怠ったまま、「見てきて」とお願いしてしまった僕の準備不足だ。

振り返ってみても思う、願書を書く人間が直接学校へ足を運ぶべきだ。

願書には圧倒的な熱量がいる。
学校の空気を肌で感じ、校長先生の言葉のニュアンスを直接受け取り、生徒の姿を自分の目で見ていなければ、どれだけ言葉を尽くしても、どこか借り物のような薄っぺらい文章になってしまう。

だからこそ、学校ごとに「見学に行く担当」と「願書を書く担当」を完全に一致させるべきだった。

ある学校は妻が見て妻が書く。
またある学校は私が見て私が書く。

そうやって分担していれば、情報のロスや視点のズレは発生しなかったはずだ。

もしどうしても「見学は妻、願書は自分」という分業体制をとらざるを得ないのであれば、せめて事前の対策が必要だった。
願書を構成するために必要な情報を言語化し、事前にフォーマットとして妻に託すべきだったのだ。

例えば「校長先生の言葉で一番印象に残ったフレーズは?」「教育理念が表れていると感じた具体的なシーンは?」といった具合に、確認してほしい観点をリスト化しておけば、妻もより明確な視点を持って見学してくれたに違いない。

対応してくれた妻に非は一切ない。
僕は妻が感じ取ってくれた「温かい空気感」という大切なピースを、なんとか言語化して願書というフォーマットに落とし込むべく、深夜のデスクで頭を抱えながらキーボードを叩き続けた。

小学校受験は、家族の総力戦だ。
こうした小さな失敗や認識のズレも、連携の精度を上げていくための貴重なプロセスなのだと言い聞かせている。
すべては、小さな背中で頑張る娘の未来のためだ。


(8月上旬ごろ)大学の親友の好意で卒業生と会う

8月上旬。
茹だるような暑さの中、僕の心はシベリアの永久凍土のように冷え切っていた。

各種講演会や説明会、ありとあらゆるウェブサイトの情報を拾い上げて願書の草稿がようやく書き上がったのが丁度この頃だった。

文字数も目安以内に収まっている。日本語としての破綻もない。
だが、僕は深夜のモニターの前で頭を抱えていた。

圧倒的に、薄っぺらいのだ。

自分で読んでいても、何の感情も湧いてこない。
まるでAIが生成した模範的な願書のようで、そこには体温がない。
どの文節を切り取っても「それって、別に東洋英和じゃなくてもよくない?」という感想しか出てこない。

どんなに学校HPを舐めるように読み込もうが、説明会のメモを暗記するほど見返そうが、この「東洋英和でなければならない強烈な理由」というパズルの最後のピースだけが、どうしても見つからない。暗闇の中で出口のない迷路を彷徨うような、絶望的な日々だった。

そんな折、大学時代の親友と酒を飲む機会があった。
なんでも仕事で良い方向の転機があったらしく、そのお祝いも兼ねた席だった。

大学時代のアホみたいな思い出話から、最近のシビアなビジネスの話まで、まあよくある旧友との心地よい時間だ。

その中で、ふと僕のプライベートの話になった。

「実はさ、娘が小学校受験することになって、最近なんか毎朝5時に起きて一緒にプリントしてるんだよね。俺、めっちゃ父親やってるでしょ笑」

半分は愚痴、半分はちょっとした自慢のつもりだった。
だが、彼から返ってきた言葉は、僕の予想を遥かに超えるものだった。

「お前には言ってなかったかもしれないけど、うちも昔、小学校受験してた側だったんだよな。俺と姉貴、二人とも。まあ、俺は全部落ちたけど笑」

グラスを口に運ぼうとしていた僕の動きが、完全にピタリと止まった。

「え、マジで!? お父さんとお母さん、願書とか書くのめちゃくちゃ大変だったろうな・・・・。俺、今まさに東洋英和って学校の願書書くのに血反吐を吐いてる最中だよ」

すると彼は、枝豆を頬張りながら事もなげにこう言い放ったのである。

「東洋英和?俺の姉貴の母校じゃん」

僕は我が耳を疑った。
砂漠で遭難し、自らの汗をすするほど渇ききっていた旅人の目の前に、突然巨大なオアシスが現れたようなものだ。
劇的すぎる展開である。

唖然として固まる僕を横目に、彼はスッとスマホを取り出し、画面をタップし始めた。

「姉貴、最近転職してちょうど有給消化中で暇してるはずだから、一回話してみれば?」

神か。目の前にいるこの男は、神なのか。
僕は文字通り平伏する勢いで快諾し、その日から数週間後の週末、なんと卒業生である彼のお姉様との面会が実現したのである。

カフェで対面したお姉様は、驚くほど気さくに、そして熱心に僕の話を聞いてくれた。 僕はこれまでの学校研究で築き上げた「東洋英和の仮説」をぶつけ、在校生のリアルな目線で答え合わせをしてもらった。

さらに、あの大いなる悩みの種であった願書の草稿までレビューしてもらうという、厚かましいにも程があるお願いまでした。

詳細な内容をここに全て記すことはできないが、彼女の言葉の端々から強烈に伝わってくるものがあった。
それは、東洋英和が心底大好きだという、圧倒的な愛である。

小学校を卒業してからもう随分と長い年月が経っているはずなのに、彼女は当時の思い出を、まるで昨日のことのように鮮明に、そして楽しそうに語ってくれた。

驚いたことに、大人になった今でも小学部時代の友人たちとは頻繁に連絡を取り合い、一緒に旅行へ行くほどの深い絆で結ばれているという。

最近学校にセラピードッグのアンちゃんがやってきたことも当然のように知っていたし、何より彼女の口から自然とこぼれ落ちた「今の自分を作ってくれたのは、間違いなく東洋英和のおかげ」という言葉には、どんな立派なパンフレットの美辞麗句も敵わない、本物の重みがあった。

あぁ、そういうことか。

僕はずっと、文字面だけで「東洋英和らしさ」を探そうとしていた。
建学の精神や教育理念という理屈ばかりを捏ね回していたから、願書が薄っぺらくなっていたのだ。

目の前にいる彼女の笑顔、友情、そして母校への感謝。
その人生の在り方そのものが、東洋英和の教育がもたらした結果であり、揺るぎない文脈なのだ。

この面会のおかげで、僕の頭に立ち込めていた濃霧は完全に晴れ渡った。
彼女が語ってくれたリアルな体温を帯びたエピソードを、我が家の教育方針とリンクさせることで、ついに願書は「魂の宿った手紙」として完成したのである。

自分のことのように動き、姉を繋いでくれた大学の親友。
そして、見ず知らずの僕の娘のために貴重な時間を割き、母校への愛を語ってくれたお姉様。

この二人には、一生かかっても返しきれないほどの恩がある。
いつか娘が東洋英和の制服を着て、彼女のように「学校が大好き」と笑ってくれる日が来たら、その時こそ最高の酒を持ってもう一度彼と乾杯しようと固く心に誓った。


(9月上旬ごろ)入試説明会

9月になると最後の学校イベント、入試説明会があった。

この日の午前中には、急遽出願を決めたカリタス小学校の授業見学会兼学校説明会があって、午後から東洋英和の入試説明会という、控えめに言っても地獄のようなダブルヘッダーである。

この時期ともなると、残暑のまとわりつくような熱気がアスファルトから立ち昇るころであり、この二校間の移動が尋常じゃなく過酷だった。

僕が組んだ動線はこうである。
JR南武線「中之島」駅から「登戸」まで行き、そこから小田急線の乗り換えて「代々木上原」へ。そのまま千代田線で「乃木坂」まで行くというルートだ。

今思えばこのルートは失敗だった。

まず「カリタス小学校」から「中之島」までの徒歩がしんどい。
歩いて10分くらいだし距離も750m程度しかないのだが、ただでさえ茹だるような暑さの中、僕はお受験用の濃紺ジャケットをきっちり羽織り、足元は買ったばかりでカチカチの卸したて革靴である。

このフル装備の状態で、狭い道を他のご家族と共にぞろぞろと行軍するのだ。自分のペースで歩けるわけもなく、当然10分なんかで着くわけがない。

狭い道をご家族で歩かれてる家庭も多く、実際はもっとかかる

素直に、学校の近くから出ている登戸行きのバスに乗るべきだったと、中野島駅のホームで天を仰いで後悔した。

しかし、地獄はこれだけでは終わらない。
東洋英和へのアプローチも最悪だった。 千代田線の「乃木坂」から歩くルートを選択したのだが、こちらに至っては徒歩16分、距離にして1.1kmである。

こちらも素直に千代田線「霞ケ関」あたりで乗り換えて、日比谷線で「六本木」駅まで行き、そこからアプローチするのが絶対に正解だったのだ。

この手の交通問題は、面接本番や考査本番でも必ず起こるので、後輩パパママ諸氏には注意していただければと思う。

GoogleMapの時間だけ追うと、その間の移動の大変さを見落としてしまう場合がある。とくにお子さんと一緒ならなおさらだ。

汗だくだくになりながらも、なんとか六本木交差点までたどり着き、学校から少し離れたカフェで冷たいコーヒーを胃に流し込んで人としての尊厳を取り戻した後、いざ東洋英和の説明会へと向かった。

説明会の前半は吉田部長からの学校説明で、すでにこれまでのイベントで何度も耳にした内容が殆どではあったが、相変わらず話の組み立てが絶妙で、終始興味深く引き込まれた。

後半では教頭先生から、入試(面接・考査)における注意事項の説明が始まった。 その内容は、「風呂敷包みのやり方」「鉛筆の正しい持ち方」「待機中の姿勢」についてなど、驚くほど具体的だった。

ここまで考査で見ているポイントを教えてくれるのかと親切だな、と思った一方で、裏返せばどのご家庭も対策をしてくるため、落とせないポイントになるな、と改めて思った。


(9月末にかけて)願書を仕上げる

東洋英和の願書は極めてシンプルである。

「本学志願の理由をお書きください」

ただこれだけだ。

出所:お受験インデックス

記入スペースには予めラインが引かれており、行数としては11行。
1行30字として大体330字以内に収める必要がある。

白百合よりは多いが、雙葉よりはかなり少ない。
絶妙な文字数だ。

学校に対し魅力に感じている点、そこに対する家庭の教育方針、娘のひととなりを表す具体的な、そして何より、卒業生との接点エピソードなど盛り込もうと思うと、とてもじゃないがこの枠数でははまりきらない。

連日連夜、仕事の合間を縫ってはWordファイルと格闘し、血の涙を流しながら文字を削り落とす作業に没頭した。まるで文字の盆栽をいじっているかのような神経のすり減る作業の中、一冊の本が僕を救ってくれた。

シカゴスタイルとは、アメリカのシカゴ大学で教えられている論文の書き方なのだが、この本はそれをベースとして伝わりやすい文章を作るためのノウハウが体系的に整理されている。

中でも特に役立ったのが、「ピーコック型」と「スネーク型」の解説だ。

ピーコック型とは「私は〇〇だと思います、第一の理由として~、第二の理由として~、最後に~、ゆえに〇〇。」みたいな、大学の英語の授業で習うような話し方だ。根拠を列挙する書き方を指すようだ。

一方で、一つの事柄から言えることを次々に展開して結論までもっていく文章をスネーク型と呼ぶらしい。

同著書では、ピーコック型の文章としてこんな例文が載せられている。

ある大学で出題された、「宇宙人に対し、地球人が国という単位に分かれて暮らす目的を問われたときにどう返す?」という問題に対する、ある学生の回答例とのことだ。

地球人が国家をつくる理由は帰属感を得ることと、戦手を防ぐための二つです。

第一に、国家に帰属することで、個人はアイデンティティを確立することができます。それに国に帰属すると、個人の権利が保障されます。つまり、人は自己肯定感を持つことができます。逆に言うと、社会に帰属しなければ、権利が保障されていないことで、混乱してしまい、秩序も保たれなくなるわけです。

第二に、国家は戦争を抑止する効果があります。勢力が均衡した国同士が監視し合うことで、戦争したい国を牽制することができるからです。その結果として、平和を維持しやすくなります。たとえば、ウェストファリア条約は、1648年にドイツ内で30年間続いた宗教戦争を終結させましたが、そこで主権国家という概念が誕生しました。主権国家が誕生すると、互いに相手より強大になろうと、同盟工作が繰り広げられます。このような連係がいくつも並存して、互いに牽制するようになるので、国際平和が維持されます。

出典:吉岡友治、2015年”シカゴ・スタイルに学ぶ論理的に考え、書く技術: 世界で通用する20の普遍的メソッド”、p82-83

一方で、これをスネーク型の文章にしたのがこちらだ。

地球人が国をつくる理由は帰属感が必要だからです。

人間は、他の動物とは違って社会的に決められた行動を学習します。つまり、集団や社会に帰属しなければ、何をしてよいか分からないのです。逆に、皆で何かを信じれば、気持ちよく行動できる。

たとえば、宗教集団では皆で「正しい」と強く信じて、「正しくない悪」は避けたり排除したりする。しかし、宗教の欠点は、強く信じすぎて「悪」に対する寛容がなくなる点です。たとえば、西欧の宗教戦争では、ある宗派が他の宗派を「悪魔」と断じて残酷な殺し合いをしたため、社会はメチャクチャになりました。

そこで、宗派によってまとまる代わりに、共存できる仕組み=主権国家がつくられたのです。よりどころになったのは、宗教的観念ではなく、言語や地域などの自然な境界です。だから、こんなにたくさんの国が生まれた。

でも、こうやってまとまることで、我々は安心して暮らすことができたのです。

出典:吉岡友治、2015年”シカゴ・スタイルに学ぶ論理的に考え、書く技術: 世界で通用する20の普遍的メソッド”、p91-92

二つを読み比べてみて、後者のスネーク型のほうが、より思考が深く練られ、回答として洗練されているような印象を持たないだろうか。

同著によれば、ピーコック型の文章は様々な方向から多面的な見方で書ける一方で、文字数制限があるとどうしても一つ一つの説明を短くせざるを得ず、内容が薄くなってしまうという弱点がある。

東洋英和や白百合の願書は、まさにこの文字数制限との戦いである。
短い文字数で圧倒的な説得力を持たせるには、ピーコック型で浅い理由を並べ立てるよりも、スネーク型で一つの文脈を深く掘り下げるほうが圧倒的に望ましい。

このように、同著では論理的に伝えるテクニックが例題と共に余すことなく解説されている。これから願書作成に取り組まれる方には非常におすすめの一冊だ。Kindle版も発売されているので、ぜひ手に取ってみてほしい。


試験本番

(10月中頃)面接本番

10月中旬。

我々一家はついにその日を迎えた。
東洋英和の面接本番である。

今にして思えば、私の併願戦略は、無謀を通り越して完全に狂っていたと言わざるを得ない。

何を隠そう、この東洋英和こそが、我が家にとって人生初の本番面接だったからだ。

本来であれば、神奈川の早期実施校や、埼玉校の荒波に揉まれ、本番特有の空気に十分に慣れた上で、本命の面接に臨むべきなのだ。

それをいきなり、第一志望群にノーガードでぶち当てる。

教習所で仮免を取ったその日に、いきなりF1マシンに乗せられてモナコの市街地コースを「とりあえず一周してきて」と背中を押されるようなものである。控えめに言って正気の沙汰ではない。

だが、時間は戻らないのだ。
エントリーしてしまった以上、覚悟を決めるしかない。
そんな悲壮な決意で臨んだのが、この日であった。


さて本番当日だが、平日の午前中に設定されていたため、仕事に関しては当たり前のように有給をもらって臨んだ。

思えば10月~11月の期間は、会社に土下座する勢いで年休をもらうことが頻発したが、幸いにも理解のある職場だったため助かった。

これからお受験に挑むパパママ諸氏も、もし勤務先がなかなかお休みをとりにくい環境であれば、「秋頃は子どもの諸事情で突発休が増えます」と、半年以上前から周囲に布石を打っておくべきだ。

ちなみに、無事ご縁をいただけたらいただけたで、翌年4月の入学シーズンも親の出番が多くてめちゃめちゃに休む羽目になるので、同様に伝えておいた方がいい。


前日までに、別記事でも紹介した方法で過去10年分の質問に対する回答例を一通り作り上げ、頭に叩き込んだ状態でこの日を迎えた。
まさに細工は流々、といった気分だ。どんとこいや。

決戦の朝。
我が家は普段の「午前5時起床」という修行僧スタイルをあえて捨て、1時間遅い6時に起床した。

これが功を奏した。
脳が、かつてないほどに澄み渡っている。
サウナで限界まで蒸され、キンキンに冷えた水風呂に飛び込んだ瞬間の、あの圧倒的な「整った」状態だ。

娘の目覚めもすこぶる良い。
彼女は、これから自分が人生の重大な分岐点に立たされることなど露知らず、無邪気な天使の顔で大きな欠伸をしていた。


次に朝食だ。

当時読みふけっていたojuken-dadさんの記事で、「面接で当日の朝ごはんを何食べたのか聞かれた」というエピソードを読んでいた。
そのため、妻には「いかにも日本人の丁寧な暮らしを感じさせる朝食」にしてもらうよう、前夜から固く認識を合わせておいた。

食卓に並んだのは、ツヤツヤの白ご飯、豆腐の味噌汁、そして、ししゃもだった。 素晴らしい。完璧なフォーメーションだ。

しかし、妻の口から出た言葉に、僕は危うく味噌汁を顔面にぶち撒けそうになった。

「今日のししゃもは『本ししゃも』よ!奮発して5000円もしたんだから!」

ご存じだろうか。

我々が普段スーパーで「ししゃも」と呼び、居酒屋で安酒のつまみにムシャムシャ食べているアレは、実は「カラフトシシャモ(英名:カペリン)」という、いわばジェネリックししゃもなのだ。

本物のししゃもは北海道の限られた地域でしか獲れない、言わば魚類界のエルメス、あるいはロレックスである。

5,000円。
一匹あたりいくらだ。
僕の日給の何割がこの小魚に消えたのだ。

僕はその高級魚を、まるで手順を間違えれば即座に爆発する地雷の信管でも扱うかのように、震える箸で慎重に口に運んだ。

もし面接で僕に朝食の質問が来たら、「5,000円の本ししゃもです。ジェネリックししゃもではありません」と答えてやろうか。
いや、そんなことを言えば「傲慢な保護者」のレッテルを貼られて即不合格確定だ。

そんな果てしなくどうでもいいシミュレーションが、6時起きの効用でフル回転している頭の中でぐるぐると回っていた。


朝食を食べ終わると、各々出発の準備をする。
僕は伊勢丹で買ったスーツに身をまとい、妻は娘の髪を芸術的な編み込みにセットした。

準備が終わると、我が家の玄関に鎮座している豪徳寺の招き猫に、家族全員で深々と一礼して家を出る。

暑くもなく、寒くもない、ちょうどいい気温。
天気も抜けるような快晴だった。

今日はいい一日になりそうだな、とこの時は思った。


最寄り駅からしばらく電車に揺られ、何度か乗り換えをして乃木坂駅に着く。

当初、六本木駅から行こうかと迷ったのだが、本番前に多少身体を動かして緊張をほぐすのもいいと思い、敢えて乃木坂から少し歩くルートで向かうことにした。

道中、娘の緊張をほぐすために「この時期に咲く花言い合いゲーム」をしながら歩いた。 山手線ゲームを、ウェイウェイした大学生ノリを完全に排除してやるような遊びで、我が家では車に乗っている時や空き時間によくやる定番の暇つぶしだった。

10月、つまり秋の花といえば、キクやヒガンバナ、コスモスあたりが小学校受験においては頻出だ。

娘はこうした季節の花や行事を、家のトイレに貼っていた「たのしい一年」とかいう知育ポスターを見て完璧にインプットしていた。

一方の僕はといえば、トイレでは常にスマホでXのクソリプ合戦を眺めたり、インターエデュを見たりしていたので、季節の花と言われても「桜」と「ひまわり」くらいしかパッと出てこない。

結果、娘にはあえなく惨敗した。
父親の威厳など皆無である。

その他、「お正月の行事」とか「球根から育つ植物」といった、いかにもお受験的なテーマで楽しみながら歩いていると、やがて六本木交差点が見えてくる。

ここらへんから、全身を濃紺で固めた、いかにも「今から出陣します」といったオーラを身に纏ったご家庭が視界に入り始める。
東洋英和の方向へ向かうご家庭もあれば、逆に駅の方へ歩いてくるご家庭もある。

ああ、彼らは無事面接を終えたんだなぁ。
早く僕も楽になりたいな。
そんな弱気な感情を抱きながら、学校への歩を進めた。


そのまま歩いていると、僕は衝撃的な光景を目にした。
なんと、自家用車で来ているご家庭がいたのだ。

しかも、車を止めている位置は、かつて夜な夜なパーリーピーポーが狂乱の宴を繰り広げていた伝説的クラブ「VANITY」が入っていたロアビルの前あたり。学校から歩いてわずか3分以内の至近距離である。

『SPY×FAMILY』の影響か、僕の中では「学校に向かう道中からすでに先生方の監視の目は光っており、自家用車で乗り付けようものなら即座にエレガントさに欠けると見なされ失格」という謎の強迫観念があった。
そのため、堂々と車で乗り付けるその姿に、肝の据わった猛者もいるもんだな、と度肝を抜かれた。

SPYxFAMILY1巻 遠藤 達哉 (著) 

そんなこんなで、ついに学校に到着した。
入口に立っていた警備員さんに、まるで将軍に謁見するかのような丁寧さで挨拶をして校内に入る。

学校説明会などが行われていた講堂がある建物に入ると、入口に「靴を脱いでそのまま二階にお上がりください」という貼り紙があったため、指示に従い二階へと向かう。

二階に上がると目の前に机が並べられており、先生が二人座っていた。

「(いよいよ始まったか・・・。)」
心臓の鼓動が一気に跳ね上がるのを感じながら受験票を渡すと、「面接前に、こちらをご記入してお待ちください」と、アンケート用紙を渡された。

以降は有料部分となります。面接本番と考査本番の日について、当時の行動、考え、感情の機微まで生生しく綴っています。(※オマケとして、面接前アンケートを再現したフォーマットと過去アンケート内容の分析、その他諸々をつけております。)

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