現金も不安定だと知ってから、S&P500の揺れが少しだけ怖くなくなった
楽天証券のアプリを開いて、評価額を見て、そっと閉じる。
少し前まで、相場が荒れた夜はこれを何度も繰り返していた。見たところで私にできることは何もないのに、それでも開いてしまう。閉じて、また開く。結局なにも決められないまま、明かりを消して寝る。そういう夜が、たしかにあった。
手取り16万円の私が、新NISAで年初に360万円を一括で入れている。S&P500が中心だ。額が大きいぶん、下げる日は数字の動きも大きい。慣れたつもりでいても、心臓に悪い夜はやってくる。
ただ、最近になって、その揺れが少しだけ怖くなくなった。強くなったわけではない。理由はもっと情けなくて、現金もまた、同じくらい不安定なのだと気づいてしまっただけだ。
今日はその話を書いてみたい。
4月に一度、3,282万円まで沈んだ
数字の話から始める。
年初に360万円を一括で入れたあと、4月のはじめに相場が大きく崩れた日があった。私の資産は一時、3,282万円あたりまで沈んだ。年初一括の3ヶ月後に470万円が消えたあの感覚を、もう一度なぞるような下げだった。
そのときも、私はアプリを開いて、閉じて、また開いた。やっぱり何もしなかった。正確には、何もできなかった。長期インデックス投資の「何もしない」は、本当に何もしないのではなく、動きたい手を押さえつけて踏ん張ることだと、私はこの数年で覚えた。
それから1ヶ月半ほど。5月の終わりには、資産は3,825万円まで戻っていた。4月末の3,595万円から、ひと月で230万円ほど増えた計算になる。株が上がり、円高がそれをいくらか削ったけれど、足し引きすれば株高のほうが勝った月だった。
この上下を、私はただ見ていただけだ。買い増しもしていない。売ってもいない。それでも数字は、勝手にこれだけ動く。
現金132万円は、本当に「安全資産」なのか
私の総資産3,800万円台のうち、現金は132万円ある。割合にすると3.5%ほど。投資の世界では「安全資産」と呼ばれる枠だ。
長いあいだ、私もそう思っていた。株は危ない、現金は安全。借金80万円から資産形成を始めた20年前の私なら、迷わずそう答えただろう。通帳の残高が増えていくことが、いちばんの安心だった時代が私にもあった。
でも、ここ最近の暮らしの中で、その「安全」が少しずつ揺らいでいる。
スーパーで同じ買い物をしても、レジの数字が前より大きい。ゴミ袋も値上がりした。手取りは6年でほとんど動いていないのに、出ていくお金だけが静かに増えていく。つまり、財布の中の132万円は、額面こそ132万円のままでも、買えるものの量は去年より確実に減っている。
これは、下げているのに通帳の数字が動かないから気づきにくい、静かな目減りだ。S&P500の下落は派手に数字が動くから怖い。現金の目減りは数字が動かないから怖くない。ただそれだけの違いで、どちらも「減っている」という意味では同じなのかもしれない、と思うようになった。
安全な置き場所だと信じていた現金にも、別の種類の不安定さがあった。そう気づいてから、株の揺れだけを特別に怖がっていた自分が、少しおかしく見えてきた。
怖くなくなったのは、強くなったからではない
誤解されたくないので、はっきり書いておく。
私は相場に強くなったわけではない。下げる日は今でも胃のあたりが重くなるし、アプリを開いて閉じる夜も、たぶんこれからもある。
ただ、「現金なら絶対に安心」という逃げ場が、自分の中から消えた。どこに置いても、お金は何かしらの形で揺れている。株は値段で揺れ、現金は価値で揺れる。完全に安全な置き場所なんて、最初からどこにもなかった。
そう腹をくくったら、S&P500の上下が、数ある揺れのうちのひとつに見えてきた。特別に怖いものではなく、現金の目減りと並んだ、ただの揺れのひとつ。だから少しだけ、怖くなくなった。強さではなくて、あきらめに近い感覚だと思う。
132万円の現金も、3,224万円の投資信託も、422万円の株式も、私にとっては「揺れているお金」という点で同じだ。置き場所を分けているのは、どれかひとつが安全だからではなく、揺れ方が違うものを混ぜておきたいからにすぎない。
おわりに
20年前、借金80万円を抱えて、通帳の残高だけを見て安心したり不安になったりしていた私に、いま声をかけられるなら、たぶんこう言う。
安全な置き場所なんて、本当はどこにもなかったよ、と。
それは突き放す言葉ではない。どこに置いても揺れるのなら、揺れること自体を過剰に怖がらなくていい、という話だ。現金の安心も、株の不安も、どちらも完全ではない。完全ではないと知ってしまえば、夜にアプリを開く回数は、少しだけ減る。
今夜も沖縄は蒸し暑い。私はたぶん、もうアプリを開かずに寝られる気がしている。手取り16万円の私の、ささやかな前進だ。
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