#7 カール・マルクスは『資本論』に於いて、封建制の活きた形はただ日本に於いてのみ見られると述べた
#7 More than a decade later, about the time that our feudalism was in the last throes of existence, Carl Marx, writing his Capital, called the attention of his readers to the peculiar advantage of studying the social and political institutions of feudalism, as then to be seen in living form only in Japan.


私の訳:その後十年以上を経て我が国の封建制度が最後の息を引き取ろうとしていたころ、カール・マルクスはその著『資本論』に於いて、封建制の社会的政治的諸制度研究上の特殊の利便に関し、当時封建制の活きた形はただ日本に於いてのみ見られると述べて、読者の注意を喚起した。
矢内原訳:その後十年以上を経て我が国の封建制度が最後の息を引き取らうとしていたころ、カール・マルクスはその著『資本論』に於て、封建制の社会的 政治的 諸制度 研究上の特殊の利便に関し、当時 封建制の活きた形は唯日本に於てのみ見られると述べて、読者の注意を喚起した。

櫻井訳:此より後十餘年、我 封建制度の將に滅亡せんとして、氣息奄々たりし時に當り、カール・マー クスは『資本論』中にて、社會學及び政治學よりして、封建制度の特質を硏究せんとせば、現に日本に於て、特り其 命脈を維持せる此 制度を活例として、之を觀察するの、頗る有益なるを云へ り。

as then to be seen in living form only in Japan の 解析
文脈(日本語での回答を希望)に合わせて、先ほどの英文「as then to be seen」の文法構造を日本語で分かりやすく解説します。
結論:この表現の文法的正体
この "as then to be seen" は、関係代名詞の主格+be動詞(which were など)が省略された、先行詞を修飾する形容詞句(一種の挿入句)です。
省略を使わずに書き直すと、以下のようになります。
...institutions of feudalism, [which were] as then to be seen in living form...
(当時、生きている形態としては日本にのみ見られるようであった封建制の社会的・政治的諸制度)
各語の詳しい文法的役割
1. "as" (~の形態で / ~のように)
ここでの "as" は「~の状態で」「~として」という意味を表す接続詞(または前置詞的接続詞)です。
直前の名詞(institutions of feudalism)がどのような状態であったかを説明する補語的な役割を果たしています。
2. "then" (当時、そのとき)
過去の特定の時点(ここではカール・マルクスが『資本論』を執筆していた当時)を指す時間のアドバーブ(副詞)です。
後ろの準動詞(to be seen)を修飾し、「その当時に見られた」という意味に限定しています。
3. "to be seen" (見られるべき、見られる状態にある)
不完全定動詞(to不定詞)の受動態(to be + 過去分詞)です。
〈be + to不定詞〉の「可能(~できる)」や「運命・状態」のニュアンスを含んでおり、「(当時そこに)存在して、目にすることができた」という意味を表します。
全体のニュアンス(意訳)
すべてを組み合わせると、「(マルクスが執筆していた)当時、実際に目にすることができた形態としては」という意味になります。当時の日本にだけ、中世ヨーロッパのような封建制がリアルタイムで生きて残っていたという歴史的事実を修飾している構造です。













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