Mrs. Hugh Fraser(ヒュー・フレイザー夫人)
この中に登場する Mrs. Hugh Fraser(ヒュー・フレイザー夫人)とは、明治時代の日本に滞在し、当時の日本の様子を生き生きと西洋に伝えたイギリスの外交官夫人であり、著名な女性作家(文学者)です。 [1, 2]
本名はメアリー・クロフォード・フレイザー(Mary Crawford Fraser, 1851年 - 1922年)といいます。彼女の主なプロフィールと人物像は以下の通りです。
駐日英国公使の妻
夫であるヒュー・フレイザーが駐日英国特命全権公使に任命されたため、1889年(明治22年)から1894年(明治27年)まで日本(東京)に滞在しました。
優れた文筆家・記録者
日本滞在中、本国の家族に向けて日本の熱心な観察日記を「手紙」の形で書き続けました。 [1]
帰国後の1899年、それらをまとめた代表作『A Diplomatist's Wife in Japan』(邦題:『英国公使夫人の見た明治日本』)を出版し、欧米でベストセラーとなりました。 [1, 2]
その後も日本を舞台にした小説『The Stolen Emperor』(1904年)や『A Maid of Japan』(1905年)などを次々と発表しています。 [, 2]
親日的でフラットな視点
当時の西洋人に多かった「アジアを見下す偏見」が少なく、日本の文化、景色、習慣、そして人々(皇室から庶民まで)に対して非常に深い愛情と公平な敬意を持って観察しました。
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と同様に、日本の美や精神性をエッセイ・文学的な美しい英語で表現した第一人者として知られています。 [1]
新渡戸稲造は、「詩的・文学的なアプローチで日本を描いた二大巨頭」としてハーンとフレイザー夫人を挙げ、「歴史・学術的なアプローチの二大巨頭」としてサトウとチェンバレンを挙げています。彼女は、当時の知識人の間で「日本を語るなら外せない一流の書き手」として認知されていました。

武士道 序 #11
いいなと思ったら応援しよう!
このたびはご評価をいただきありがとございます。また、チップまで下さるとは私にとって大変な喜びです。さらに英文訓読の役を進め、アップさせていきたいと思います。