エマソンのどのような思想をどのように新戸部は借りたのか
新渡戸稲造が武士道 第1章 #33 で引用したラルフ・ワルド・エマソン(Ralph Waldo Emerson)の言葉 "a rude race, all masculine, with brutish strength" は、エマソンの著作**『英国人論(English Traits)』**(1856年刊)の「人種(Race)」の章に登場する表現です。 [1, 2]
新渡戸がエマソンのどのような「思想」を、どのように「借りた」のか、その背景と意図を詳しく解説します。
1. エマソンの元の思想(『英国人論』における文脈)
エマソンはこの著作の中で、当時世界に覇を唱えていた「イギリス人(アングロ・サクソン民族)」の強さの源泉を分析しました。エマソンによると、洗練された近代イギリス人も、そのルーツを辿れば、北欧から侵入してきたバイキング(デーン人)やノルマン人といった**「粗野で、極めて男性的で、野蛮な力(brutish strength)を持ったたくましい人種」**でした。
エマソンの思想の核には以下のような認識がありました。
野生的なエネルギーの肯定:高度な文明や道徳、洗練された文化が生まれる前段階には、生存競争を生き抜くための「野性的で荒々しい肉体・精神のパワー(野生の強さ)」が必要である。
淘汰によるエリートの形成:絶え間ない闘争の歴史の中で、軟弱な者が排除され、強靭な者だけが生き残ることで、優れた支配階級の土台が作られる。
つまりエマソンは、イギリス高潔な紳士文化(ジェントルマンシップ)の底流には、かつての荒々しく野蛮な生命力があるという歴史的ダイナミズムを説いたのです。
2. 新渡戸稲造はどのようにその思想を「借りた」のか?
新渡戸稲造は、日本の「武士階級(サムライ)」が誕生したプロセスを、西洋の読者に分かりやすく説明するために、このエマソンのアングロ・サクソン論を**「アナロジー(類比)」**として借用しました。 [1, 2]
新渡戸は以下のようにエマソンの思想構造を武士に当てはめています。
① 生存競争による「選別(淘汰)」の共通性
英文の中で process of elimination(淘汰のプロセス)や the timid and the feeble being sorted out(臆病な者や弱い者が排除される)とあるように、新渡戸は「日本の戦国時代などの長期にわたる戦乱」を、エマソンが描いた「北欧の蛮族たちの闘争」重ね合わせました。
臆病な者が脱落し、最も勇敢で冒険心のある者だけが生き残った結果が「武士」であるという自然淘汰的な階級形成論を補強するために、エマソンの言葉を借りています。 [1, 2]
② 「野蛮な力」から「高潔な道徳」への発展プロセス
ここが最も重要なポイントです。エマソンが「かつて粗野で野蛮だったアングロ・サクソンが、後に洗練されたイギリス紳士になった」と論じたように、新渡戸も**「最初はただの荒々しく野蛮な戦闘集団(a rude race)だった武士たちが、やがて高度な道徳的義務と特権を背負う『武士道』の担い手へと進化した」**と言いたかったのです。
引用の直後に、新渡戸は次のように続けています。つまり次の #34a
“Coming to profess great honor and great privileges, and correspondingly great responsibilities, they soon felt the need of a common standard of behavior...”
(大いなる名誉と特権、そしてそれに見合う大きな責任を公言するようになるにつれ、彼らはすぐに共通の行動規範の必要性を感じるようになった……)
まとめ
新渡戸稲造は、エマソンの**「文明や高潔な階級のルーツには、歴史的な闘争を生き抜いた荒々しくタフな野生の力がある」**という思想を借りました。
これを用いることで、西洋の読者に対して、**「日本のサムライも、あなた方アングロ・サクソンの先祖と同じように、厳しい戦乱をタフな生命力で生き残り、のちに高潔な道徳(武士道)を身につけていったのだ」**ということを説得力を持って伝えたのです。

想像図 w / nanobanana
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