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サー・アーネスト・メイソン・サトウ(Sir Ernest Mason Satow)

サー・アーネスト・メイソン・サトウ(Sir Ernest Mason Satow)は、幕末から明治期にかけて日本で活躍したイギリスの外交官・日本学者です。通訳生として19歳で来日し、ハリー・パークス公使のもとで明治維新の政局に深く関与したほか、後に駐日英国公使も務めました。「サトウ」という名前ですが、日系人ではなくスラブ系(ドイツ系)の家系に由来する西洋人です。 

幕末・明治維新での功績

  • 討幕派との仲介:西郷隆盛や木戸孝允、伊藤博文ら有力先覚者と深く交流し、英国公使館と討幕派諸藩を結ぶ重要な架け橋となりました。

  • 『英国策論』の発表:徳川幕府は日本を代表する政府ではなく諸侯の同盟頭首に過ぎないとし、天皇を中心とする諸侯連合政権の樹立を支持する論文を寄稿し、維新の志士たちに強い影響を与えました。 [1, 2]

文化人・日本学者としての側面

  • 日本学の基礎を構築:日本語に極めて堪能で、辞書の編纂や能楽の謡本収集、キリシタン版の研究など、西洋における日本研究の先駆者となりました。

  • 日光の魅力を世界へ紹介:奥日光をこよなく愛して外務省の同僚であるA・B・ミットフォードらとともに日本各地を登山し、英文の旅行ガイドブックを執筆して日光を国際的な避暑地にする契機を作りました。 [1, 2]

  • 『一外交官の見た明治維新』:彼が遺した回想録(原題:A Diplomat in Japan)は、当時の日本の政情を客観的に記録した第一級の歴史的史料として今も広く読まれています。

武士道 序 #11



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橋本 このたびはご評価をいただきありがとございます。また、チップまで下さるとは私にとって大変な喜びです。さらに英文訓読の役を進め、アップさせていきたいと思います。