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『城はプライド』松山・広島 二都探訪記(7)/きまぐれ雑記

この記事は(1)から始まる探訪記の続きです。

前の記事はこちら。

日本人ならばみな「広島」に特別な思いを抱くだろう。
この国に生きて死ぬからには「一度はその場に立つ」べきだという自分なりの気持ちもある。
旅の最終日はこの場所から始めた。

館内の写真は撮っていない。
この施設については、語るべき言葉も持っていない。
ただ、受け止めることに集中する。
伝えたい、という願いに思いを馳せる。

平和記念公園慰霊碑の前に立つ。
そして、祈る。

公園のエリアを離れると、通り道にこんな碑があった。

爆心地。


目を閉じて、想像する。
怖ろしさに耐えかねてすぐに目を開くと、そこはビルの立ち並ぶ都心。
悪夢から立ちあがり、強く生きる、人のちからよ。

微小にして膨大な、生命の厳かさを感じる。


だが、旅である。
旅人は、求道者ではない。
興味の向くままに次の目的地に向かうことも許されるはずだ。
癒しを求めてもいいはずだ。

そんなわけで、旅の終わりにはこんな場所に向かった。

広島城

こちらは二の丸

かつての厳かさを残す二の丸から、天守を目指す。
堀には立派な鯉がたくさんいる。
「鯉城」と呼ばれた由縁が、今もなお受け継がれているのだろうか。

プロ野球「広島東洋カープ」の由来もこの「鯉城」にちなんだとのこと。

二の丸は無料で一般公開していた。
もともとは毛利輝元がひらいたこの城は、山の上に築かれた松山城とは違い、川に囲まれた平城。
川を防壁として使い、守りを固めていたようだ。

安土桃山時代から江戸期まで現役であったという、歴史を感じる。

美しい見た目の広島城天守。日本の三大平城のひとつでもあるという。
だが、もともとの広島城天守は原爆投下の際に倒壊してしまった。
現在のこの姿は戦後に復元されたもので、中の大部分はコンクリート造の歴史博物館として親しまれている。

階段を5階くらいの高さまで上ると展望室にたどり着く。
南方向に目をやると、前日に訪ねた「おりづるタワー」が見えた。

広島城は、この地の歴史を伝える地元の誇り。
だからこそ「鯉城」=カープも愛され続ける。
負けてなるか、という心のよりどころとして原爆ドーム方向を見据えてきたのではないか。

そんなことを思う。

今回、旅行先として選んだ二都「松山・広島」にはそれぞれ城があり、マチのシンボルとして気高さを示していた。
思えば私が学生時代を過ごしたマチにも、小さいながら美しい天守があり、青春を彩るいくつかの思い出を与えてくれた。

城があるマチを選んで、そこに移り住むことはできないかもしれない。
だが、心の中に気高く美しい「自分だけの城」を立てることはできる。

私の城は、どんなだろうか。
人生の半分を過ぎてはいるが、まだ間に合うだろうか。

空港で土産の「もみじ饅頭」を選びながら、そんなことを考えていた。


松山・広島 二都探訪記
<了>



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