【短編】夏休みの恋 No.11
貴史のもとへ
菜々子の夏休みは終わり、淡い経験も終わった。菜々子にとって貴史以外の男との関係は初めてだった。後悔はしていないし、不思議と貴史に対しての後ろめたさも感じてはいなかった。何となく心が一回り強くなった気がしていたほどだ。ただし、貴史にこの夏の経験を話すことは一生ないだろうし、この後同じようなことは絶対にしないと自分の心に誓っていた。
久しぶりに家に帰った時、何となく母がニコニコして待ち構えていた。菜々子はまさかおばさんから変な電話とか入ったんじゃないよねと内心ビクビクしながらいつもと変わらない対応を心がけた。
「ただいま、お母さん。おばさんのところ、楽しかったよ。花火大会も見れたし、綺麗なひまわりも見に行けたし」
「へー、それはよかったね。でも、あのひまわり畑は姉さんのところからちょっと遠いじゃない。誰かにつれていってもらったの?」
菜々子は『しまった』と思ったが、引き返すことはできないので、軽い口調で説明し話を切り替えようとした。
「うん、ついた日にね、港で釣りをしていた高校生がいてアジをくれたのよ。おばさんに捌いてもらって食べたの。その高校生がね、ひまわりが咲いているって言ったから、自転車の後ろに乗って連れていってもらったのよ。綺麗だったわ〜。高校生だから体力もあるし港まで往復させちゃった。でさぁ、ちょっと気になってたんだけど、何でニコニコしてんの。私が帰ってきたからじゃないよね」
「ああ、久しぶりに貴史くんがここに来たのよ。というか、私が電話かけて呼んだんだけどね。夏休みは菜々子がいないから寂しい思い知るんじゃないかなって思って夕食をご馳走したのよ」
「えー、貴史が来たの〜。どんな顔してた、泣きそうな顔だった?」
菜々子はうまく話をすり替えられたと思い、追求モードに入った。
「そうでもなかったわよ。菜々子がいない間も何だか大変そうだったわよ。あなたは遊びに行ってて羽を伸ばしてたもしれないけど、貴史くんはいろいろと考えてくれてそうよ」
「え、どういうこと。考えてるって?」
「まぁ、それは本人から聞きなさい。お母さんからは言えないわ」
菜々子は何とかおばさん家で過ごした夏休みのことをはぐらかすことができてホッとしたのだが、何となく勿体ぶった母の話し方が気になって仕方がなかった。貴史に電話したい衝動を懸命に抑え、大学に行けば会えるからそれまで我慢しようと思った。
夏休みも終わり、大学に行き久しぶりに貴史にあった。その時、貴史は待ってましたとばかりに、菜々子の手をとりキャンパスの隅の葉っぱだけになっている桜の木の下まで引っ張っていった。
「菜々子、夏休みは会えなくて寂しかった。本当だ。今まで黙っていたけど僕は学生でいるうちに起業しようとしてるんだ。そして道筋もほぼ見えてきた。場所はシリコンバレーになる。一年後大学を卒業したら一緒に行ってくれないか。シリコンバレーに。その前にこれを受け取ってくれ。いやとは言わせない」
「ちょ、ちょっと待って。え、会社を起こすの、本当に。確かに前にそんな話をしたことはあったけど、本気だとは思わなかったわ。だって、就活だってしてたし、内定ももらったのよね」
「ああ、そうだ、でもどうしても自分の夢は諦められない。今だからできることはやってみたいし、後悔したくないなと思っていたんだよ。そんなわがままに付き合ってほしんだよ。これからずっと一緒に。だから、僕と結婚してくれ、いや、結婚してください」
「貴史、ちゃんと私のこと考えてくれていたんだね。ありがとう」
畳み掛けるように指輪を目の前に差し出され、菜々子は涙を流しながらうなづいた。やっぱり貴史は私を愛してくれているということを感じ取ったのだった。まだまだ学生だけど、この人はきっと私を幸せにしてくれると思った。
夏休みが終わり秋の風が吹きはじめる頃に、大学のそばのチャペルで結婚式を挙げた。学生結婚をして二人で卒業を目指すことにしたのだ。チャペルでの結婚式はお互いの親兄弟と近い親戚だけが参列して慎ましく取り行った。二人とも学生なので両親の方が気を使ったようだ。呼ぶことができなかった親戚には菜々子の父親が一人一人に向けて手紙をしたため、二人を祝福してくれと言う内容を伝えていた。貴史は何度も何度も菜々子の父親に礼を言った。貴史の父親は貴史が幼い頃に亡くなっていたので、小さい頃から菜々子の父親が貴史にとっても父親のような存在だったのだ。
結婚式を終えた二人は、やっぱり友達同士ではパーティを開きたいと思い立ち、会費制にして近くのレストランを借りてお披露目パーティを実施し、そこで貴史は起業宣言もしてしまった。
「本日お集まりの皆さん、報告が二つあります。私は学生の分際でありながらも菜々子と結婚いたしました。逃げられないように早めに入籍しました〜。そしてもう一つ、学生でいる間に起業しま〜す。もちろん、菜々子とともに。皆さん、これからも応援してくださ〜い。よろしくお願いします」
こうして貴史の忙しかった夏休みは過ぎて何とか結婚まで漕ぎ着け、希望に向けての菜々子との新しい生活が始まった。
最終回につづく
第一弾のお話はこちらです。
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