【短編】再出発 No.12
一つ前の話
さようなら
どうやら老人と親子に間違われたようだが、そのことを訂正することもなく隣の人に一礼して紙テープをもらい、老人めがけて投げた。老人は、近くに落ちて転がる紙テープを子供のように小走りで追いかけて拾い上げ、元気よく片手を左右に振ってくれた。もうワンカップは手にしていない、きっと飲み干してしまったのだろう。側から見れば身内に見えるのは至極当然の光景だった。裕一は何となくこれから生きていく勇気をもらったような気がしていた。どんな状況になったとしても時は過ぎていくものだということを改めて実感している。
やがてフェリーは汽笛を数回鳴らして岸を離れ、紙テープはちぎれて風に煽られ宙を舞った。裕一の手を離れた紙テープは海の中へと消えていく。老人の顔が見えなくなるまでデッキにいた裕一はゆっくりと船内に入った。そしてポケットから老人からもらったサイコロ二つを取り出し、手のひらの上で転がしてみた。一のゾロ目が出た。裕一は思わず顔を綻ばせた。
『僕の人生も振り出しに戻ったのかな。智美たちの魂と一緒にまた最初からやり直しだな。人生というゲームの振り出しから。そういえば、お爺さんの名前は聞かなかったなぁ。またいつか会えるだろうか。その時には笑って話が聞けるといいな。あのお爺さんの友達もまた面白い人生を送っていたのかも知れないし。もしもう一度会うことがあるなら、とことん話を聞いてみたいな。酒を飲みながら』
裕一は一連の手続きが完了した後は、ほとんど携帯を使わなくなっていた。そういえば美雪にお礼を伝えていなかったことを思い出し電話してみようと思った。サイコロをポケットにしまって、携帯の着信履歴を確認し、リダイヤルをしてみるがつながらない。
「ただいまお客様がおかけになった電話番号は現在使われておりません」
無機質なアナウンスが流れただけだった。裕一は仕方なく携帯をポケットにしまい、腕を組んで静かに目を閉じた。
* * *
その頃苫小牧では、携帯の番号の変更処理をした美雪が智美からの手紙を処分していた。手紙を読み返し、美雪は夜空を見上げて「智美、やっぱり裕一さんは貴方一筋だったわよ。悔しいけどね。もしかしたら、私を口説いてくれるかしらとちょっとだけ期待したけどそんな素振りすらなかったわ。完全に私の負けよ。あなたは亡くなってからも愛されているのよ」そう言いながら、手紙を燃やしていた。実は智美からの手紙には、追加のステートメントが存在していた。それには美雪に対するとんでもない内容が書かれていた。
『美雪へ
もし、裕一さんが貴方を望んだら、私は反対しない。だって、裕一さんには幸せになってほしいから。料理を届けて一緒に食事をした後の展開は貴方次第よ。どんな関係になったとしても私は恨まないわ。 智美』
* * *
フェリーの外では真っ赤に燃えるような夕陽が沈みつつあった。最後の一雫の赤い炎が水平線に飲み込まれていくところだ。フェリーは静かな海面を何事もなかったかのように北海道を離れて仙台港へ向かっていった。波しぶきの跡だけがフェリーの後にまるで白い道のようにつながって苫小牧から離れることを惜しんでいるようだ。やがて、赤い夕陽もすっかり沈んでしまい、煌めく星空へと変わり始めている。何事も変わらない新しい一日を迎えるために夜は更けていく。空に輝く満天の星は次の日の抜けるような青空を約束してくれることだろう。
明日から、裕一にとっての振り出しに戻った人生がまた始まっていく。
了
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