【短編】夏休みの恋 No.06
もう一度
隆は、この時ほど、花火の音が邪魔だと思ったことはなかった。静けさが欲しかったが花火大会は容赦なく進行し、人々の歓声も津波のように聞こえてきた。
「い、いえ、嬉しかったです。あの、もう一回いいですか」
自分でも何を言ってるんだと隆は思ったのだが、理性より先に言葉が出てしまった。おそらく顔は真っ赤になっていたのだろうが暗闇がそれを隠してくれていた。
「えっ、うん、いいわよ。じゃあ、今度は隆くんからね」
隆はゆっくりと菜々子の唇に自分の唇をあてて抱きしめた。今度は少しだけ長くキスをしていた。隆はルージュの味を改めて感じとっていた。あまりの幸せに隆の胸は張り裂けそうな思いが湧き上がっている。周りの暗闇が二人を後押ししたような時間だ。花火の音は聞こえたけれども花火を見ることはできなかった。隆は花火どころではなかった。でも花火以上に美しいものを感じることができたと隆は興奮して踊り出したいほどの気持ちを懸命に抑えている。隆は、菜々子の顔も高揚しているだろうと思ったけれども、暗さのせいで確認はできず、それだけを残念に感じていたようだ。
花火も終わり、暗がりを歩くために二人は固く手を繋ぎ神社を離れ、花火大会が終わって人々がいなくなった港を目指して歩いていた。暑い夏でも日が沈み風が吹くと汗ばんだ肌が乾いて気持ち良くなっていく。隆は横にいる菜々子の唇の感触を思い出しながら、菜々子の肌は柔らかいんだろうなと余計なことを考えていた。菜々子は隆の掌が急に汗ばんできたので、余計なことを考えているなと察知し、牽制した。
「隆くん、いまエッチなこと考えてたでしょう。君の体は正直だよ」
そう言われ隆はびっくりして下半身を見てしまった。それを見ていた菜々子は口を開けて大笑いして、隆もつられて屈託なく笑った。菜々子は隆の手を振り払って夏の港に吹き付けている塩の香る風を身体中で浴びながら何回かクルクルっと回って、髪を風に委ねながら気持ちよさそうに笑った。
「隆くん、面白すぎるよ。君の掌がね、急に汗ばんだから、あっ変なこと考えてるなって思ったんだよ。なのに隆くんったら」
「えっ、あっ、違う違う。あー、ごめん。違わない。思ってた。菜々子さんの肌って柔らかいんだろうなって」
「あ、素直に白状したな。よろしい、許して使わそう。ははは」
菜々子は、あまりにも純粋で正直な隆が羨ましくもあり眩しくもあった。自分が高校生の時ってどうだったんだろうと振り返り、すでに貴史と付き合い始めていたし、他の男の子のことは何も知らずにここまできた。全て貴史がリードしてくれていた。それが目の前にいる隆は全く逆に見えてとても新鮮に感じていたのだ。そして貴史が上手にリードしてくれたということは、自分以外の女の子の経験があるということなんだと菜々子は思っていた。それなら本当に最初の場合男の子はどうなるんだろうと興味が湧いてきてしまったのである。『貴史だって私以外の女の子を知ってるんだから、私だって』という気持ちが湧いてきた。解放された夏休みのせいにするにはちょっと無理があったが、菜々子の心の中で生まれてきた初めての感情や興味は止められなかった。
「ねえ、明後日、また会おうか。私車借りてくるよ。そうね〜、明後日も月夜だからこの港でいいかな、待ち合わせ場所。でも、頻繁に夜出かけちゃうとお母さんに怒られるかな」
「いえ、大丈夫です。菜々子さんに会えるならなんでもします。もちろん昼間に勉強もしてきますよ」
「そうかー、受験生だもんね。私が教えてあげてもいいけど、あんまり頭良くないからなぁ、私」
「いえ、菜々子さんなら隣にいてくれるだけで僕頑張っちゃいます」
他愛もない会話を二人は楽しんでいた。というか、隆はほとんどが本音、菜々子は全てを新鮮に感じ、自分がこれまでに経験していないことを経験してみたいという気持ちにだんだんなっていた。そろそろ夜九時を回ろうとしている時間なのでこの日は菜々子も気を使って帰ることにした。
「じゃあ、今日は花火大会も終わったし、帰ろうか。そしてまた明後日ね。そうだなぁ。夕方六時ごろにしようか。早すぎかな」
「いえ、大丈夫です。なんとでもなります。菜々子さんのためなら」
こうしてその日は別れた。隆は家に帰った途端に、母親からいきなり小言を言われてしまった。
つづく
第一弾のお話はこちらです。
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