【短編】夏休みの恋 No.05
花火大会
待ちに待った花火大会当日がやってきた。この日もいい天気に恵まれ、花火には何の問題もない日になりそうだった。花火は港から打ち上げられる。当日は港周辺はまともに歩けなくなるくらいの人出になるので、港を避けて隆と菜々子は待ち合わせていた。それは、ちょっと離れた場所の高台にある児童公園だった。この児童公園の少し先に神社があり、境内の端っこに行くと港が一望できる場所がある。地元の人間でも知っている人は少ないスポットだ。隆は先客がいないことを願って、菜々子をその特別な場所に連れていった。
ラッキーなことに、ここまで登って来て花火大会を見ようと思った人はいなかったようだ。隆と菜々子は二人っきりで明かりのない場所で明るすぎる港が一望できる場所にやってきたのだ。蚊取り線香も準備してきたし、ジュースも持ってきた。菜々子は小さな保冷バッグに缶ビールを入れて持ってきていた。菜々子は相手が高校生でアルコールは飲めないと言うことをすっかり忘れていた。
花火が上がる前、菜々子はビールを取り出し、隆に「飲む?」と聞いてきた。自分から聞いたすぐ後に「あ、ごめん。まだ高校生だったね」と言われ、隆は「大丈夫です、飲みます」といって缶ビールを手に取った。当然飲んだことはなかったので初めてである。二人は軽く缶ビールを合わせて乾杯をした。隆は「菜々子さんと出会えたことに乾杯」といい、菜々子は「隆くんと出会えたことに乾杯」と返した。
隆は一口飲んで苦さを感じ『まずい。何でこんなものが飲めるんだ』と思っていたのだが、横で菜々子が「あー、冷えてて美味しい〜。やっぱり最高だね、夏のビール」と言ったものだから隆は相槌を打つしか無かった。やがて花火大会の開始のアナウンスがスピーカーから流れた。
『お集まりのみなさん、お待たせしました。これより第三十五回、納涼花火大会を開催しまーす。最後までお楽しみください』
どーん、どーん、花火大会が始まった。
隆は目の前で花火大会が始まっているのに視界が遮られ花火が見えなかった。一瞬何が起きているのか分からなかった。隆の目の前を塞いでいたのは、菜々子の目を閉じた顔だったのだ。そして話もできないほどに唇も塞がれ、隆は事態を把握するとこの時間が永遠に続けばいいのにと思いながらも、体はこわばった。おそらく時間にしてみれば数秒だったかもしれないが、隆にはものすごく長い時間に感じられたのだ。菜々子は花火大会の始まりの合図とともに、隆にキスをしたのだった。菜々子からすればありがとうの意味を込めたのと、この夏は貴史のことをしばし忘れようと思ったにほかならなかった。そして何より隆の純粋さにも惹かれていた。自分が無くしたものを隆が持っているような気がしていたのだ。そんな気持ちを抑えられなくなって、菜々子の方から唇を重ねてしまった。暑い夏の二人だけの空間が、菜々子の大胆な行動を後押ししたのかもしれない。
「ごめんね。いきなり私の方からキスしちゃって。驚いたでしょ」
女の子と付き合ったこともない隆にとっては、天にも昇るような気持ちになっていた。驚き以上に心臓の鼓動は恥ずかしいくらいに高まり、身体中の血液が顔に集まってきているかのようだった。暗闇でよかったと隆は思っていた。明るいところだと真っ赤になった顔を菜々子に見られていたことだろう。一瞬で隆の頭の中はパニックになり、菜々子が離れた後、もう一度という気持ちが抑えきれないほど勢いよく込み上げてきていた。
つづく
第一弾のお話はこちらです。
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