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「失われた30年」②:複合的要因と金融政策

前回の記事は、失われた30年の原因を単純な増税に求めずに「少子化とか高齢化とか、社会の構造的な問題が原因やろ」という視点で書いてみた😗


ただ、そうした社会側の視点だけで語ろうとするとなぜ「社会が変化しただけ」で30年も経済が成長しなかったのか?への説明としては不十分やと思う

別視点でも考えてみるべきやね
・そもそも、なぜ社会は縮んでいく方向へ流れてしまったのか?
・その流れに対して、国の政策や金融はどう動いていたのか?
・「金はあるのに、回らない」という状態はどう生まれたのか?

日本経済の「失われた30年」を見直すには、社会だけでなく、政策と信用の仕組み、つまり「お金の流れ」まで掘り下げていく必要があると思うんよ

・為替体制の転換(360円固定相場の終わり)から始まった大きな変化
・バブルと崩壊を生んだ政策判断の迷走
・そして、制度や社会意識の変化が信用や流動性をどう縛っていったのか

という流れで、時系列で全体像を整理してみる

①固定相場から変動相場へ

戦後の日本は、1ドル=360円という決まったレート(=固定相場制)で経済を立て直してきた

この仕組みにはメリットがあって、
・輸出企業は為替変動の心配がいらない
・計画的にモノづくりと貿易を進められる
ということで、高度経済成長の土台として機能してたんよね

1971年、アメリカがドルと金の交換をやめるという決断を下す(=ニクソン・ショック)
ニクソンショックはブレトンウッズ体制が終わるということね😙

この「1ドル=360円」の終わりは、単に数字が変わったってだけの話じゃなくて、円の価値が変わるということは、日本の「モノの値段」や「働く価値」そのものが世界の中でどう位置づけられるかが変わるということになる

たとえば、1ドル=360円のとき、100円のラーメンはアメリカ人にとっては「約0.28ドル」
それが1ドル=120円になると、「約0.83ドル」になる
つまり、同じラーメンでも、円高になると外国人には高く見えるようになるということ

この円高の進行は、日本経済にとって重要な転換点やったと思う
・輸出に頼る外貨主導のモデルが通用しにくくなる
・内需(国内の消費)を重視しないといけなくなる
・企業の海外移転、製造拠点の空洞化も進む

ニクソンショック(1971年)の後に訪れるバブル景気は、日本経済にとって全盛期みたいな風潮も一部にはあるけど、そこには誤った政策判断と、過剰な金融緩和があったみたいなんよね
そしてこの誤りは、後の30年にわたる日本経済の停滞のきっかけになったと思う


②金利を下げすぎた日銀の判断

為替体制の転換で円高が進むと、日本経済は「外貨を稼ぐモデル」から「内需を支えるモデル」へと舵を切る必要が出てくる
※背景にプラザ合意があるんやけど、簡単に言うと、アメリカのドル高を是正するために、日本を含む主要国が協調して円高・ドル安を進めることに合意した、ということ

政府と日銀は、「円高不況」への対抗策として金融緩和(=金利を下げてお金を出回らせる政策)を打ち出した
このとき活用されたのが、公定歩合の引き下げという手法

公定歩合(こうていぶあい)
日銀が民間の銀行にお金を貸すときの金利のこと
これが下がると、銀行も企業や個人に安くお金を貸せるようになる → お金が世の中に回りやすくなる、という理屈

公定歩合の推移
(ドル円)為替の推移
日経平均株価推移

1986〜1989年にかけて、この公定歩合が年5.0%から2.5%へと急激に引き下げられたんやけど、これは過去に例を見ない大胆な緩和で、「円高による不況を回避する」という目的があった

ここで問題が起きる
企業や投資家は、潤沢な資金をモノづくりや設備投資ではなく、土地や株などの資産に注ぎ込むようになってしまった


・信用の膨張と貸し手の暴走

金利が低い → 銀行がどんどんお金を貸す → 投資先は土地や株 → 値段が上がる → みんな買い漁る → さらに値段が上がる
「値上がりするから買う」「買うからさらに上がる」というバブル的な循環が生まれる

このとき銀行は、融資審査を甘くし(=緩和)、土地さえあればどんどんお金を貸した
企業も、土地を持ってることが信用になるという異常な状態になり、現場では「資産を持つ者が勝つ」ゲームみたいになったんよね

そして、土地価格が永遠に上がるという思い込みのもと、担保評価も現実離れしていく
→ 結果、「価値のない担保に基づく過剰な融資」が横行
→ それがバブルの崩壊と不良債権問題に直結していく

つまり「景気が良かったからバブルになった」んじゃなくて「政策判断が誤っていたからバブルになった」ということ

特に金融の世界では、間違ったアクセルの踏み方が、10年、20年後を決めてしまう

1980年代後半に膨れ上がった資産バブルは、1990年代に入ると一気に崩壊した
この崩壊は、単に「土地や株の値段が下がった」だけやなく、日本社会の空気や構造そのものを変えてしまった


・「不良債権」という時限爆弾

バブル期に銀行が貸しまくったお金は、土地や株が担保やった
でもその価値が急落すると、担保の力がなくなる
→ 結果、借金が返せなくなる=不良債権が大量発生

銀行の資産が一気に悪化して、信用不安が広がり、貸し出しを絞るようになる
これが実体経済にも冷や水を浴びせることになる


③マインドの後退と変質

・「雇用調整」と「非正規化」

企業は、売上が減り、銀行からの資金調達も難しくなった
その中でコストを減らすために始めたのが、リストラ・採用抑制・配置転換などの雇用調整

その結果として、若い世代の新卒採用が絞られ、正社員の枠が狭くなった
代わりに増えたのが、非正規雇用(パート・契約・派遣など)


・デフレマインドへの変化

働き方が不安定になると、将来に対する期待がしぼんでいく
「いつリストラされるかわからない」「正社員になれない」
→ モノを買わない、投資をしない、結婚・出産も控えるという空気に変わっていく

これが社会全体に広がると、経済の流れが悪くなって、停滞が常態化するようになる
そして、「失われた30年」の土台がここで出来上がっていく


・刷っても流れない金

バブル崩壊後、日本銀行は「景気を良くしよう」と考えて、大量のお金を世の中に供給する政策(量的緩和)を始めた
けれど、不況の空気はまったく晴れなかった
企業も個人もお金を使わないし、銀行も貸さない

つまり、お金はあるのに流れない


・「量的緩和」という政策とその限界

日銀は2001年以降、とにかくマネタリーベース(中央銀行が供給するお金)を大きくした
国債を買い取ったりして、銀行にお金をジャブジャブ供給したんよね

量的緩和は「金利を下げるだけじゃ足りないから、お金そのものを増やす政策」
「市場にお金を流せば、みんな使って景気が良くなるはず」──という考え方やね😗
…最近よく聞く主張に近いものを感じる…🙄

でも現実には、銀行にお金が積み上がったままで動かなかった
なぜか?


・「超過準備」という流れない金

企業は将来に不安を感じ、借金してまで投資しようとは思わなかった
銀行もまた、「返ってこなさそうな企業には貸せない」と判断する

→ 結果、銀行は借り手を見つけられず、日銀にお金を預けっぱなしになる
この預けっぱなしのお金が、「超過準備」と呼ばれるやつやね

つまり、「お金の元」は増えても、「実際に世の中で使われるお金(マネーサプライ)」は全然増えなかった

日銀はお金を供給したけど、借り手がいない/銀行も貸さないで詰まってしまった

量的緩和の限界=信用や構造の問題を無視しても目的に向かって機能してくれない

日本経済は、「お金がない」んやなくて「お金が流れない」ことで停滞していたということ
これは先に述べたマインドの変化が大きい要因やと思ってる


④変えられないことが常態化を生んだ

バブル期の反動で、消費より貯蓄が美徳という空気が定着した
実際、日本の「家計貯蓄率」は世界でもかなり高く、将来不安から消費が抑えられる傾向が続いた

「金を使わない→経済が回らない→不安が続く→さらに使わない」
縮み志向が日本のデフォルトになってしまった


・制度が“時代遅れ”のまま

もう一つの問題は、制度の“硬直”
1990年代以降、雇用制度、年金、教育、税制など、社会の基盤を支える制度が変わらなかった
あるいは「変えられなかった」んやね
色々対策は考えてたんやろうけど、合意形成に手間取って時間をかけすぎたんやと思う

時間の流れ=進む少子高齢化

これに尽きるんやけど、この制度のズレが、若年層へのしわ寄せとして現れるようになった
「正社員になれない」「結婚も出産も難しい」──これが構造化したのが2000年代以降の日本社会やと思う

制度が硬直し、人々のマインドが縮み志向になれば、政策で金を刷っても、税を減らしても、もう効かない

消費せずに貯金するのが“正解”になってしまって、制度の前提がズレて、変えることすら難しくなる
そしてこの状態が、次の時代の当たり前になってしまった


「なぜここまで長く、停滞が続いたのか?」

単純に景気が悪かっただけじゃない
財政や金融の失敗だけでもない
社会構造や制度の変化の遅れだけでもない

それぞれの要因がかみ合わず、互いに足を引っ張りあったからこそ、長期停滞に陥ったんやないかな?

この30年を構造的に整理すると、「政策(政府の方針)」「制度(社会のルール)」「社会(人々の意識)」の三層がうまく連動していなかったことがわかる

本来、社会や経済が変化すれば、それにあわせて制度や政策を調整する力が働くはず
たとえば、人口が減れば社会保障の設計を変える
働き方が変われば雇用制度を見直す

でも日本はそれが前回のnoteでまとめた社会の構造の変化によってことごとく後手に回った結果「変化できない社会」が固定化してしまった


このnoteの目的は、「だから○○が悪かった」と犯人探しをすることやない
むしろ、どこで歯車がずれたのかを俯瞰して見ることが大事やと思ってる

当時は当時の国の経験値というものがあって、今過去を見ればあれはおかしい、これはおかしいと言えるんやけど、当時は当事者が必死で対応してきたんやと思ってる
だから、それを批判の材料とするんじゃなくて教訓として今後に活かすことが重要やと思うし、今の政治にはそれができると思ってるんよね😙

ということで前向きに頑張っていきましょう笑
失われた30年のワイなりのまとめ終わり🥳


と思わせつつ


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