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大犬空港物語(27)「君がいなければ」

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俺の名前は大谷浩平。

竹野内さんが顔を上げない。
朝、小さな声で「おはようございます。」と言ったきり、
ずっとパソコンを見ている。

もう10時になった。
2週間分のホウレンソウ、あるでしょって言いたい。

怒ってるの?
俺が休みを取ったから?
オーストラリアで楽しかったから?
茶髪のまま出社したから?

あっ、わかったぞ。おみやげを渡していなかったから、か。

「竹野内さん、これ、おみやげです」

俺はオーストラリアで買ってきた小さな箱を彼女の机に置いた。
ラズベリーやブルーベリーの模様を散らしたおいしそうなパッケージ。
でも食べものじゃない。現地のリップクリームだ。

ほら、海外のお菓子っておいしくないでしょ。
俺のチョイス、ナイスでしょ。

竹野内さんは、机に置かれた箱を見て少しだけほほえんだ。

「あ、かわいい」

やっぱり!おみやげを渡していなかったから怒っていたんだね!
これでやっといつもの君に戻るよね!

「でも、あの、すみません、あの。わたし、肌が弱くて、
 口紅とか、塗るとごそっと皮がむけてしまうので。
 せっかく買ってきていただいたのに、申し訳ないです。」

な、な、な、なんだって!?
2週間ぶりの会話が、これ?
さすがの俺も、キレるぜ?

と思ったけど、さすがにそのまま言うわけにはいかない。

俺は、
「ひどい人ですね。使わないなら返してくださいよ」と、軽く言った。
俺の声も、俺の顔も、笑っていたと思う。完全に、冗談のつもりだった。

そのとき、竹野内さんの目から、ぽろん、と涙がこぼれた。

やばい。

「すみません」
声が重なった。
ふたり同時に「すみません」と言っていた。

「大谷取締役がいないあいだ、誰とも会話していなかったので。すみません。
ひさしぶりに声を出したので……涙も出てしまいました。」

しばらく沈黙が続いた。
俺は、なにも言わずに待った。竹野内さんが話し始めるのを。

「じつは、任命式の話が、まったく進んでいないんです。
私なりに動こうとしたんですけど、進めようとしても『大谷さんはいないのか』『竹野内さんには話せない』『決裁権のない人と話しても意味がない』と言われまして。2週間前からまったく進んでいません。」

「そんな・・・秋田犬大好きCAは? あいつはそんなこと言わないだろ?」

「はい。CAちゃんは、私の味方でした。
一緒にいると、いろんなアイディアがどんどん出て、楽しくて。

でも、CAちゃんがこの事務所にいると、私が電話に出ても『CAさんと話す。電話を代わって』と言われるんです。彼女は社員じゃないのに、この会社に、彼女宛ての外線が入るんです。

わたし、もうほんとうに、自信をなくしていて。

明るく電話に出るじゃないですか、面識のある方だと、『あ、竹野内です。こんにちは。』って言うじゃないですか、その私に対してなんの会話もなく『大谷さんは?いない?じゃあCAさんに代わって』ですよ。自分が消えたって誰も困らないんだって、この2週間、ずっと」

涙声で、早口で、一気にそこまでしゃべったあと、
彼女は箱ティッシュをひっつかみ、鼻をかんだ。

ぶぃぃん、ぶぃぃん、

と、すっごく大きな音が出た。

俺がなにか話そうと口を開くと、
もう一度「すみません」と彼女は言って、ふたたびティッシュを引き出し、鼻をかんだ。

ぶぃぃん、ぶぃぃん、

ぶぉぶぉぶぉ、

と音が変わって、
すべての鼻水がティッシュに納まったようだ。

「はぁ~、すみません、泣いたりして。私らしくないですよね。大谷取締役は何も悪くないんです。八つ当たりですね、すみませんでした。」

「きみとは話さないって、誰が言ったんだ?
 そんなことを言うのは、誰なんだ。」

「言ったら、殴り込みに行っちゃいそうだから」

「うん、わかった。冷静になろう。」

「……全員ではないですけどね。女に話しても無駄だ、男を出せという人は、たくさんいます。ずっと、ずっと、そんなもんですよ、わたしなんて。ずっとそうやって、ここにいたんです。」

「そんな……」

君がいなければ、俺は、なにもできなかった。

俺みたいに突然見知らぬ土地にやってきた人間が、ある日突然スーパーマンのように次々と地域の問題を解決するなんてことは、ありえないんだよ。ありえないんだ。

旅行業も、弘前シャトルも、電子決裁も、俺がこれまで、やってきたように見えていることは、すべて、君が、君たちプロパー社員が、ずっと水面下で温めてきた土台があるから実現したことじゃないか。

俺は宣言しただけだ。俺がやったように見えているだけなんだ。

旅行業を始めるための、株主総会への議案提出も、定款変更の手続きも、資格試験の手配も、旅行業協会とのやり取りも、供託金の支払いも、やったのは全部君じゃないか。

電子決裁だって、4年前から情報収集してきて、7種類の電子決裁をすべて自分で試して、使い勝手やコスト、メリット、デメリットを一覧表にまとめたのは、君じゃないか。

君がいない世界なんて、いったい、どんな世界なんだ。

どんな世界なんだ——。


※この物語はフィクションです。
大犬(おおいぬ)空港は架空の空港です。東北の小さな空港をヒントにしています。そして私の“本業”は、そのモデルとなっている空港のファンクラブ会員を増やすこと。この小説を通して、少しでもこの地域や空港に親しみを感じていただけたら、うれしいです。

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