【note過剰考察vol.11】15年間ずっと変わらないけど、滅多に言わない君への想いを伝えます(マイトンさん)
メンバーシップ版note過剰考察シリーズ第11弾です!
6月に入っての過剰考察です!
先週末は、人前で挨拶をする機会があり、それに必死で、あまり記事が書けませんでした。
そろそろ気分を入れ替えて、過剰考察記事を書いてみたいと思います。
今回は、マイトンさんです!
モノカキングダム過剰考察以来です。
モノカキングダムの記事は、グランプリでした。
もう一言で言ってしまえば、シンプルにすごく良い記事でした。
そして、この記事が「過剰考察」を始めてやった記事になります。この記事をきっかけに「過剰考察」をもっと読みたい、「過剰考察」をもっとしてほしいという声を聴くことができました。そんなわけで、最初にマイトンさんのこの記事のとりあげさせていただいたことは、本当に感謝です。
そして、今回過剰考察させていただくマイトンさんの記事。
遂に創作大賞のエントリー作品の考察になります。
とりあえず、ここで以下を読むのをやめて、もう一回本文を読んでほしいです。
というか、すべての記事に共通していますが、過剰考察記事を読むんだったら、本記事を読んでほしいです。はっきり言って、過剰考察は一歩間違えたら恥さらしだと思っているので。
でも、本当にいい作品は過剰考察なんかをしても、その良さは失われないと思いました。できれば、それを知ってほしい。その良さを知ってほしい。
もうここにつきます。
話を戻して今回のマイトンさんの記事。
正直、今までで一番考察記事を書くのが難しかった……
なぜかというと、どう書いても野暮だから。なので、この作品に関しては、過剰考察なんか読まなくてもいいかもしれない。
そんなふうにすら思わされました。
でも、それと相反して、この記事はここがこういうふうにいいんだということを知ってほしい。埋もれてしまうのであれば、騒いだほうがいいんじゃないか。
そんな願望がどうしてもあるわけで、失礼を承知で、今回も過剰考察に挑戦したいと思います。
それでは、今回の記事を見ていきましょう!
15年間ずっと変わらないけど、滅多に言わない君への想いを伝えます(マイトンさん)
改めて上げます。
書き出し
当たり前の日常が、当たり前じゃなくなるのはいつも一瞬だ。
目の前の世界が一変したとき、動けなくなるか、それとも一歩でも動くことができるのか。
振り返ると、その差はとても大きな違いだったと気が付く。
冒頭の「三行で撃つ」。
もう完全にきっちり三行で撃ってます(笑)
名言のような出だしですね。
名言って抽象化したことばが多いと思います。この出だしは、おそらく本文の内容を抽象化して、書かれたのだと思います。
小説なり、本の冒頭に他の文章からの引用が一文だけ書かれていることがあります。エピグラフっていうみたいです。それに近い。
ゆえに、この三文の何がすごいかというと、マイトンさんの抽象化力です。
ふだんふざけてるように見せて、やはりすごい方です。
最初に抽象化した言葉をいれることは、読者目線では視点の提示に役立ちます。
それはどういうことかというと、読み手をさらに読みやすくさせる効果があります。
それにしても、「当たり前の日常が当たり前じゃなくなるのはいつも一瞬」ほんとに視座の鋭さを感じます。
日常は、同じ日常を過ごしているように見えて、少しずつ変わっていくような気がします。しかし、そのような日々は、その日その日の当たり前を繰り返しているから、「当たり前が当たり前でなくなる」のは、突然の大きな変化だというのは、私たちがそのように感じるからなのだと。
もう一つだけ特筆したいのは、ココ
それは、「振り返ると」という部分。
この書き方はストーリーの語り手が、読み手を連れて行ってくれるんじゃないかなって思うんですけど、「振り返る」ことによって、読み手の共感を誘うことができる。読み手は、「一緒に振り返る」から。あるいは誰かに共感を求めることができる。
そして、その次の文です。
ねぇ、カナ。
君もそう思うよね?
上手い。
まだ、ストーリーは見ていないのに、もう空気が作られているんです。
これやっぱり過剰考察書くの難しいな……。
すごく言い方を気を付けないと思うのですが、この過剰考察を書いているときには、ストーリーを読んでいるわけで、エピソード自体がかなり「強い」んです。
誤解を恐れずに言いたいのは、私は、「エピソードが強い」だけで、良い文章になるわけではないと思っています。
文章の上手い下手もたしかにあるのかもしれないけれど、それ以上に、「そのエピソードを書き手がどのように受け止めているのか」が大事だと思っています。
大切なエピソードは、大切に書きたいじゃないですか。
だから、本当は「エピソードが強い」かどうかじゃなくて、「どんなふうに大事にしているか」が重要なんじゃないかという気がしています。
もう、この冒頭だけで、マイトンさんが、このエピソードをすごく大事にしていることが伝わるのです。
なんか、めっちゃここをわかってほしい(笑)
書くネタがない、強いエピソードがないって悩みを聞くことがありますが、それって実は逆なんだということをいいたい。
本当に重要なのは、エピソードが強いかどうか、ではなく、書き手が大切にしているかどうかなんじゃないかと思いました。
中盤①
ヴーヴーー、ヴーヴーー
紺色のローテーブルに置いた携帯電話が震える。
2010年8月のある日曜日、夜8時頃。
ここでマイトンさんらしさを感じます。
やっぱ一回、ちょっとだけ、肩の力を抜くんですよね。
「ヴーヴ――」の文字面で一瞬、ほんの少しだけ、肩の力が抜ける感じ。
そして、「2010年8月のある日曜日、夜8時頃。」という日時の挿入です。
ここは、冒頭の「一瞬」が効いている。私も結構、日時を入れてしまうことが多いんですけど、「一瞬」を切り取るには、とても効果的だと思います。
一人暮らしの部屋で、当時ハマっていたコウケンテツのレシピ本を片手に、ビールに合う炒め物か何かを作っていた。1Kの狭い部屋には、オイスターソースとごま油が肉に絡む香ばしいかおりがする。
バックミュージック代わりに垂れ流すテレビからは、お笑い番組のガヤガヤ音が聞こえている。
何でもない日常。いつもの休日の夜。
皆さん気がついているでしょうし、いうのも野暮なんですけど、ここはさらりと、しかし鮮やかに伏線を回収します。
そう、「当たり前の日常」です。
マイトンさんは、この「当たり前の日常が当たり前の日常でなくなる瞬間」を切り取った。
私が、言いたいのって、この描写が細かいこと、もっというと「こんなに細かくかけることからにじみ出てくる感じ」というのを感じ取りたい。
「当たり前の日常」って普通は覚えていないじゃないですか、当たり前だから、でも、当たり前が当たり前でなくなる瞬間には、そのときの当たり前だったことを鮮明に覚えているんじゃないかと思った。
だから、ここは、「細かく書いていてすごいな……」とか「構成がうまいな」で終わるのではなく、「にじみ出てくるもの」を感じ取りたい。
再び泣き崩れるカナの声だけが残った。
予想もしない方向からハンマーで頭を殴られて、テレビのガヤガヤも、炒め物の匂いも、世界の色も、全て一瞬で消えてしまった。
「世界の色も、全て一瞬で消えてしまった」まで到達することが前半の文章の目的のように見えます。構成も作りこまれているんですけど、うまく書いたというよりは、どうしてもこういうふうに伝えたかったという意図を強く感じました。
中盤②
ここでマイトンさんはペンタブを買います。そして絵を描き始める。これが「動くこと」。
私が、ここの部分で特に響いたのはこの部分です。
これは、彼女を守るためじゃなくて、「ひとからよくみられたい」という自分を守りたいんじゃないか。
ぐるぐるぐるぐる。
「ひとからよくみられたい」という自分を守りたいという悩みが、グサッときます。
「何とかしたい、でも、できることがあまりにも見当たらないとき」に、どうしたらいいのか。そんな部分の悩ましさ。
本当はこんなところでグルグルしている場合じゃない、でも、それができないもどかしさ。
それが、「ぐるぐるぐるぐる」という表現に表れているように思います。
答えのない思考の迷宮で、ひとりあてもなく歩き回って、最終的にたどり着いたのがペンタブだった。
彼女への思いを伝えるために絵を描こう。
やっぱり、感動展開なのに、構成はしっかりしているんですよね。大切に積み上げている。数式の論証みたいに。
でも、これは数式じゃなくて文章。
しかしそれでも、マイトンさんは抽象化がとても上手なのだと思います。
因数分解したみたいに、文が積みあがっている(因数分解の比喩があっているのかは知らないw)。
中盤③
それからしばらくはカナと会えなかった。
で始まる部分。
ここからのクライマックスまでは、やはりつらいです。
全文引用するか迷ったのですが、なんだろう。伝えたいのだけれども引用できなかった。
引用してしまったら、ここの部分でマイトンさんが伝えたい、本当のところがなくなってしまうような気がした。
noteなんで、画面上の文章なのに、そんなことがありうるのだろうか。そんな疑問があったのですが、それをやってしまったときに、何かが変わってしまうのも、本意ではないので、引用はしませんでした。
是非本文にとんで読んでいただきたい。
実はここまで書いて、ここから後を書くのに一日かかってしまいました……
ここは、一つだけテクニックを挙げようと思います。「行間」です。
noteの文章は意外と文字のお化粧のバリエーションが少ないです。その中で使える数少ないテクニックが「行間」です。
マイトンさんの文章の行間に着目していただくとわかるように、何行開けるかが、微妙に調整されています。たぶん、リズムや間を意識して調整をしています。
例えば、ココ
長い長い検査結果待ちの時間。
呼ばれた。結果は……。
現実は無情だった。
やはり間違いではなかった。
淡い期待もあっさり崩れてしまった。
長い長い待ち時間とあるので、長めの行間を開けたくなります。
そのあとの結果は……もためたくなります。
一方で、「現実は無常だった」と「やはり間違いではなかった」の間は空いていない。「やはり間違いでなかった」→「淡い期待もあっさり崩れてしまった。」の行間は少しだけ短い。
この微妙な調整です。
この文章は、余計な言葉をつかえない。
そこに入れられたさりげない工夫。
また、行間を使うことによって、映画を見るように文章を読むことができます。
区切りの一つひとつが映画のワンシーンのようになっている。
そして、クライマックスへ向かっていきます。
中盤④
あるところに男の子と女の子がいました。
作成した動画を流すシーン。ここからあとは本文に飛んでください。
正直読む前から感動することが目に見えている。
絵を入れてくるのも感動的だし、余計な言葉を使わない。
短文で、少しずつ、気持ちを込めながら刻む文。
ピークが、ここできました。
そして、誰もが確信するキラーワード。
一つひとつに意図を感じるのですが、その意図は、うまさではなくて奥様への温かい気持ちがあるからこそだと思います。
終わらせ方
出会ってから15年経った。
読んだ人全員が、あ~よかったとなる展開
この作品は、前回の記事のリライトで、改めてそちらも拝見させていただきました。
前回からリライトで一番変わっているのは、やっぱり抽象化なんじゃないかなと思います。
日常が突然崩れたとき、ひとは大切なものに気がつくのかもしれない。
これによって、圧倒的に世界に入りやすくなっているのではないかと思いました。
ここもそうなんじゃないかと思います。
一歩踏み出した結果、世界はこっちを向いてくれた。
葛藤があって、それでもできることが見当たらなくて、それでも何か一歩を踏み出すしかなくて、強い気持ちで取った行動、それがカナさんを振り向かせ、ハッピーエンドへ。
余計なことは入れないほうが好みという考えもあるかもしれませんが、この作品は、この要素をうまく入れることに成功していると思います。
それは、マイトンさんがしっかりと構成を考えられているから、練られた計算だとしても、それは打算ではなく、カナさんのための優しさがそうさせたものではないかと思います。
それは、最終盤の描写を見ると垣間見えます。
長男はあふれる個性で、今日も学校に行きたくないと朝から癇癪を起こしている。
次男はひょうきんで元気いっぱいで、「パパくさい!あっち行って」とわたしの心をジワジワいじめてくれる。
そして妻は、カナは今日も子供たちとわたしにカミナリを落としながらも、その笑顔が家族の士気を左右する。
これは必要だったんだろうなあと。
ココからラストまでのすごく感動的なんですけど、ちょっと感動的すぎるのを気にして、押さえた感じがするのです。
そのために、ちょっと感動を落とした。
どうしてそうしたのか、これはカナさんへの家族への配慮なのだと思いました。
それにしても、長男も次男もカナさんもあたりが強い(泣)。いつものマイトンさんのほほえましい一面です。
そして、騒がしい感じを出しつつクライマックスへ。
普段は照れ臭くなっちゃうから言わないけど、ここでこっそり言うよ。
大好きです。君と出会えて本当によかった。
いつもありがとう。
まだまだ末長くよろしくお願いします。
ココはもう完全に最後の一文のチョイスに、にじみ出ているなあと思いました。
感動的、終盤は全部感動的なんですけど、最後の一文だけ、本当にちょっとだけ冷ました。「末永く」なんて、ちょっと固いことばを使った。
ここには、「照れくささ」があるのかなって思いました。かなり感動的で美しいワードを多めにチョイスしていて、素敵なんですけど、これでもか!ってところまでは来ないんですよ。それが、最後の一文に込められているような気がします。
これは、最初から最後まで、この文をなんのために書いたのかというと、カナさんのため、愛と配慮が一番に優先されているからではないかと思います。「配慮」と「照れくささ」があるから、最後を押さえることができたんだと思います。
結局それが、「くどくない」印象を与えることに成功していると思います。
今回も、マイトンさんらしさと感動がつまった素晴らしい作品でした!!
過剰考察させていただきありがとうございました!
エンディング&次回予告
ということで、note過剰考察第11弾、無料の過剰考察編はここまで!
いや~今回は本当に難しかった!
この言葉を使ってしまうと、この作品の良さが減ってしまうのでは、そんなふうに思って、ことばを選ぶ瞬間が何度かありました。
私なりに大切に読ませていただいたつもりです。
今回の有料のメンバーシップ限定の深掘り考察ですが……
テーマはこれで行こうと思います。
リライトと推敲
ちょっと悩みましたが、本文でも触れたとおり、この作品は、リライトです。何が変わり、何が生かされたのか。
そして、私たちが文章を見直すとき、その時のことについて私なりのコメントをしてみたいと思います。
たぶん、書ききった後、どう見直したらいいのか、推敲ってどういう観点からやっているのか、それを踏まえることで、自身の文章のどこを見直したらいいのかそのポイントがわかるのではないかと思います。
ということで引きつづき、「noteの読み書きを楽しむ」旅へ、気になった方はお付き合いをいただければと思います。
そんなささやかな成果を覗いてみたいと思われた方は、よければメンバーシップ覗いてみてください~
上記のメンバーシップ限定の深堀考察記事は、明日18:00公開予定です!
そして、次回の過剰考察は空原ゆにさんのこの作品です!
ここにきて、なんとモノカキングダム1位、2位の作品を過剰考察させていただきます。
ますます、目が離せなく(?)なるかはわかりませんが、本作品もまずは、そのものをじっくりと読んでいただきたいなと思います!
ということで、次回もお楽しみに!
今回も、長文お付き合いありがとうございました!
ということで、それではまた!「今日一日を最高の一日に」
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