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ひと夏のきみ(第5話)

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目を覚ますと、外はもう明るかった。スマホを見ると、七時少し前。昨晩、夕食を食べた後そのまま眠りに落ちて、目覚めることなく朝を迎えたらしい。初めて泊まる部屋、いつもと違う布団なのに、ぐっすりと眠って頭はすっきりしていた。

一階に降りて、台所にいる女将さんに声をかけた。

「おはようございます」

「あ、おはよう。よく眠れた?」

「はい、ぐっすりでした。旦那さんは、もう出ていったんですか?」

「おとうさんは、とっくに畑にいってるよ。夜明け前の暗い時間からするからね。準備できたら、朝ごはん食べて、店に出てきてちょうだい。私も、もう少ししたら今日は用事で出かけるから」

分かりましたと答えて二階に戻り、歯磨きと洗顔、着替えを済ませる。それから食堂で焼いた鮭と目玉焼き、納豆など用意されていた朝食を食べて、外へ向かった。

売り場の奥には既に、とうもろこしが大量に積まれていた。岩渕さんが、朝から畑で収穫してきたものだろう。その周りに四人ほどの女性が座って、話しながらしながらとうもろこしの皮を向いている。

そこへ、昨日もお店に出ていたパートさんが一人と、初めて見る女の人が、二人で談笑しながら近づいてきた。

「おはようございます。初めまして。今日はよろしくお願いします」

若い女性が、明るい声で声をかけてきた。

「おはようございます。吉田といいます」

「私、岩渕詩織です。ここの旅館の娘です。岩渕だとややこしいので、下の名前で呼んでください。今日と明日は、一緒に店番しますから」

言われてみれば、女将さんの面影があるように思える。目がくりっとしていて、黒い髪の毛は肩くらいの長さで少しウェーブがかかっている。見た目は、僕と同世代くらいに見える。

「ちなみに、大学生です。吉田さんもだよね?」

「あ、はい。そうです」

大学を休学していることは、説明が長くなるので一旦黙っておいた。

その後、もう一人のパートの山内さんとも、昨日はできなかった挨拶をした。

「私も慣れているわけじゃないけど、分からないことがあったら聞いてくださいね」

詩織さんは明るく言いながら、テキパキと準備に取り掛かっている。山内さんも店先にとうもろこしを並べて、お金の準備を始めていた。

僕は役割分担などを確認したいと思っていたけれど、時刻が八時を過ぎると、お客さんの車が早くもやって来た。年配の男性が車から降りてくる。

「生のきみ、十本ください」

「はい、ありがとうございます。」

詩織さんは不慣れだと自分で言っていたが、手早くとうもろこしを袋に詰めていく。普段から手伝いをしているのだろう。その間にパートの山内さんがお客さんにお釣りを渡して、あっという間に一人目の対応が終了する。

それを皮切りにどんどんお客さんの車がやって来て、売り場の前に列が出来ていく。基本的には詩織さんと山内さんで事足りるので、二人でどんどんお客さんをさばいている。僕ができることといえば、大量の購入があった時に袋に詰めるのをちょっと手伝うくらいだ。

やがてお客さんの数も増えだし、段々と人が溜まるようになってきた。現物のとうもろこしを買う人もいれば、発送を希望する人もいる。

その時、眼鏡をかけた四十代くらいの男性が来て、とうもろこしの発送をしたいと言ってきた。

「吉田さん、今来られた発送のお客さん、あっちのテーブルで対応お願いできますか?ちょっと手が離せなくて」

詩織さんが振り返って、僕に声をかける。確かに、詩織さんとパートの山内さんの二人で売り場を回している状況なので、自分が対応するのがいいだろう。しかし、発送について細かいところはまだ分からず、正直不安だ。

「ゆっくりやってくれたら大丈夫ですから。分からないところがあれば聞いてくださいね」

困っている様子の僕に、詩織さんがそう言ってくれる。これ以上待たせる訳にもいかず、お客さんをテーブルに促した。

発送用の伝票に、送り主と宛先の住所を書いてもらうように案内する。男性はスマホを確認しながら、全部で三件分の伝票を書いていく。

僕はその間に、都道府県別の送料と、本数ごとの箱の料金が書いてある一覧を確認する。伝票をもらったら、とうもろこしの本数と箱と送料を合算して、お金をもらえばいい。多分大丈夫だ。

数分後、男性から書き終わった伝票を受け取る。送り先は東京、山梨、京都に一軒ずつ。

「とうもろこしの本数は、それぞれ何本ですか?」

「えっと、東京と山梨が二十、京都が三十で」

「分かりました。少々お待ちください」

電卓で、三件分の料金を計算する。最初はとうもろこしが200×20、それに箱代と、送り先別の送料を追加する。

計算の途中で、メモ用の紙とペンが必要なことに気づいた。詩織さん達からもらおうと後ろを振り返ったが、二人とも次々来るお客さんの対応に忙しそうで、声をかける暇がない。

諦めて電卓だけで済ませようと思ったけれど、簡単な計算のはずなのに、足し算とかけ算を繰り返すと、途中で数字がおかしくなって何度もやり直すことになった。普段ならすぐにできるはずの計算なのに、目の前にお客さんがいてじっと見られていると、どんどん焦って、頭が動かなくなってくる。

やがて、財布からお金を出そうとしていた眼鏡の男性がしびれをきらした。

「いつまでやってんの?いくら?」

男性のいらいらした声に、一瞬その場の空気が固まる。買いに来ていたお客さんたちも何かあったことを察して、静かになった。

詩織さんがすぐにこっちに寄って来て、僕の顔を見る。

「大丈夫?」

僕が持っている三件の伝票と電卓を見て、すぐに状況を理解した詩織さんが眼鏡の男性に向き合う。

「お客様、お待たせして申し訳ありません。こちら、書き終わった発送分の伝票ですね」

詩織さんがテキパキと計算をして、男性に金額を伝えて会計を済ませた。最後に詩織さんから改めて謝罪をする。僕は、隣で頭を下げることしかできなかった。

男性が見えなくなった後に、詩織さんが僕の方を見る。

「三件も送るお客さんの対応をいきなり任せて、すみませんでした。気にしないでくださいね」

詩織さんはそう言ってくれたけれど、優しい言葉をかけてもらうことで余計に気恥ずかしい。こんな簡単なこともできないのか、と自分が情けなくなる。

そうしている内にも、とうもろこしを買いにくるお客さんは次々とやって来る。

落ち込む暇もないので、詩織さんにお願いしてメモ用紙とペンを分けてもらい、その後のお客さんも何とか対応する。

発送が一件であれば計算はそれほど難しくないけど、何件か発送があると、送り先やとうもろこしの本数がそれぞれ違うので、計算に手間取ってしまう。お客さんも「さっきの二十本のやつ、やっぱり三十にしようかな」「時間指定はできますか」などと途中に話しかけてくるので、よく分からなくなってしまう。

どうしても分からない場合は詩織さんたちに助けを求めるしかないが、二人も接客しているので、その度に手を止めてもらうのも申し訳なかった。

結局その後も途切れることなく、ずっとお客さんが来ていた。午後は少しお客さんの勢いが落ち着いたけれど、三時には予定分のとうもろこしが終了して、店じまいとなった。

「おつかれさまでした、今日は混みましたね。吉田さん、大変な時に来てもらって申し訳ない。助かりました」

詩織さんが片づけをしながら僕に笑いかける。一番忙しくしていたのは詩織さんなのに、全く疲れた様子もなく、元気そうだ。一方の僕は、今日ほとんど役に立てていないのに、不安と焦りからすっかり疲れ切っていた。

先に片づけを終えたパートの山内さんが、詩織さんに笑顔で挨拶をしていった。帰ろうとした時、振り返って僕の方を見る。

「あんた、吉田さんだっけ。明日はもう少しテキパキやってちょうだいよ。あんまり詩織ちゃんの手が止まると、こっちも困るんだから」

僕に向かってそう言い放ち、背中を向けて帰っていった。自分でも分かっていたが、改めて人に言われるとやっぱり傷つく。

「すみません…」

遠ざかっていく山内さんの背中を見ながら、小声でつぶやくのが精いっぱいだった。

すっかり落ち込みながら旅館の中に戻ると、女将さんもちょうど用事から戻ってきたらしい。僕の顔を見て「お疲れさま」と声をかける。

「今日はそっちの手伝いにあまり行けなくてごめんなさいね。頑張ってくれたみたいで、ありがとうございました。お風呂に入って、夕飯まで少し休んでいてください」

汗だくだったので、言われた通り温泉で汗を流すことにした。浴室へ入ると、今日もまた先客はおらず一人だった。

身体を洗い、温泉に身体を沈めて、一息つく。ろくな働きができなくて気分は最悪だったけれど、温泉で身体を温めていると少し気持ちが晴れてきた。目を瞑って、今日の失態を振り返ってみる。

そもそも、始まる前から何となく不安な気持ちがあった。元々、臨機応変に対応することは苦手な方だと思う。自分の役割も把握できず、手順も分からず、全くスピードについていけなくて、申し訳なく思う。

これが明日も続くと思うと、憂鬱な気分になる。そんなことを考えていると、浴場のドアが開いて誰かが入って来た。

顔を見ると、昨日も一緒になった大工の藤井さんだ。

「どうも、毎度さま。今日は、きみ売るの手伝ってらんだって?さっき詩織ちゃんに聞いだよ」

藤井さんはそう言うと、洗い場に座って身体を洗い始めた。僕も一度上がって頭を洗い、再び浴槽に戻るタイミングで、藤井さんと一緒にお湯に入る。

「今日は、買いに来る人たくさんいだべ。どうも、お疲れ様でした」

「いやあ、確かにたくさん来ていましたけど、僕はあまり役に立てなくて」

僕は藤井さんに、今日やってしまった計算の間違いや、詩織さんたちに迷惑をかけてしまったこと、それで落ち込んでいるということを話した。藤井さんとは出会ったばかりなのに、なぜかスルスルと言葉が出てくる。

藤井さんは黙って僕の話を聞いた後、穏やかに話し始めた。

「んだったのがあ。それは、大変だったな。でも、別に落ち込む必要はないと思うけどな」

「でも、一応仕事としてやっていることなので。役に立てなくて申し訳ないし、情けないです。詩織さんたちを助けるどころか、負担になってるし」

「そりゃ、詩織ちゃんとかパートのおばちゃんはもう何年も前からやってるんだから。昨日今日来たばかりで、すぐにできるわけないべ」

「それは、そうかもしれませんけど…」

「もちろん仕事の手伝いだから、貢献することは大事だけど。経験がなくても、あなただからできることも、あるんでないかな」

「僕だからできること…」

藤井さんの言葉は不思議と説得力があって、なぜだか素直に胸に入ってくる。

「まあ、わざわざ仙台から来て、こうやって手伝っていることだけでも、偉いと思うや。だがら、仕事とはいえ、貴重な経験だと思ってほしいな」

藤井さんはそう言って、にこっと笑う。その笑顔を見て、何だか気持ちが大分楽になったような気がした。

「ありがとうございます。楽しめるように、考えてみます」

「おう、へばなあ」

別れの挨拶を交わし、着替えをして、部屋に戻る。布団に横になって天井を見つめながら、藤井さんから言われたことを考えてみた。

―自分だからできること。

しばらく考えて、明日に向けての対策が思いついた。できれば、今日の内から準備をしてきたい。

誰かに相談しようと思って階段を降りると、ちょうど詩織さんが廊下を歩いているところだった。

「詩織さん、ちょうどよかった。あの、ちょっとお願いがあるんですけど」

詩織さんは急に話しかけられて少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んで僕の顔を見た。

「うん、何でしょう?」

「あの、パソコンがあったら、貸してほしいんです」

(第5話終わり)


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