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ひと夏のきみ(第4話)

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そうめんを手早く食べ終え、すぐに外のとうもろこし売り場へ向かう。売り場には三人のお客さんがとうもろこしを買いに来ていた。青森にとうもろこしのイメージは全然なかったけれど、やはり名物のようだ。

売り場に近づくと、女将さんに声をかけられる。

「ご飯、食べました?それじゃあ、教えていくから、ちょっとこっちに入ってきてください」

そう言われて、テントの下に置かれたテーブルの内側へ入る。テントの中には他に、女将さんと同じくらいの世代の女性が二人で店番をしていた。早速、女将さんが口早に説明を始める。

「ここに立って、きみを売る店番をしてもらいます。生のきみが二百円。茹でたのが三百円。生の方は、十本とか二十本とかまとめて買っていく人が多いから」

「は、はい」

メモ帳を持ってくるべきだった、と後悔した。しかし女将さんがどんどん話を進めるので、たとえメモがあっても書く暇がなかったかもしれない。

「注意しないといけないのが、発送するお客さんね。ご親戚とか、お得意先にきみを送りたいっていう人がたくさん来ますから。宛先の都道府県によって送料が変わるから、ここにある送料の表を毎回チェックして。本数によって箱の大きさと金額も変わるので、それも注意してね。お客さんに発送伝票を渡して、書いてもらった内容を見て計算して、お代をもらうの。ここまで大丈夫?」

一気に言い終えて、女将さんが僕の方に視線をよこす。正直な気持ちとしては、全く大丈夫ではない。やるべきことは何となく分かるけれど、実際にできる気はしない。

不安そうな僕の顔を見て、女将さんが続ける。

「まあ、今から夕方まで、私たちと一緒にやれば大丈夫。今日来ているパートさんの一人が、明日は来られなくて。この土日は混むと思うから、頼りにしてますね。何とかよろしくお願いします」

そう言って、ポンと僕の肩を叩いた。

僕は理解できなかったことを確認しようと思ったけれど、そこにお客さんがとうもろこしを買いに来た。女将さんはお客さんの顔を見て、笑顔で話しかけにいってしまう。

一人の対応が終わっても、また続けて次のお客さんが来る。女将さんは雑談をしながら鮮やかに対応を進め、いつの間にか会計まで完了している。その様子を見て仕事を覚えようとしても、スピードについていけない。

その後、お客さんがいないタイミングを見計らって質問をしようとしても、途中でお客さんが来て中断されることが続いた。結局この日は、とうもろこしを言われるがままの本数ビニール袋に詰めて、お客さんに渡すことしかできなかった。

四時になると大体とうもろこしが無くなり、店じまいとなった。二人のパートさんは手慣れた様子で片付けをして、さっさと帰っていく。女将さんは僕の方を見て

「大体分かりました?そんな難しいことはなかったでしょ。まあ、明日も分からないことは聞いてくればいいので。今日はとりあえず終わりにしましょう」

と言い残し、旅館へ戻っていった。明日のことを思うと不安しかなかったが、後をついていくしかなかった。

「もう少ししたら晩ご飯にするから、その前にお風呂に入ったら?汗もかいたでしょう」

確かに、気温は涼しいとはいえしばらく外にいたので、Tシャツに汗がにじんでいた。せっかくなので、ありがたく温泉に入らせてもらおう。

大学に通っていた頃、車を持っている友人と近くのスーパー銭湯へ行くことはあったけれど、本格的な旅館の温泉は初めてだ。ワクワクしながら部屋で着替えを準備し、浴場へ向かう。

階段を下りて廊下の奥へ進むと、「浴場はこちら」と横書きで書かれた案内板が、天井からぶら下がっている。数段下がる階段があり、その先で男湯と女湯の扉に分かれていた。

のれんをくぐって扉を開けると、中には誰もいない。プンとした温泉の香りが漂っている。テレビの温泉番組で「卵が腐ったような香り」と表現しているのを見たことがあるが、こういう感じのことを言うのだろうか。

棚に並んだプラスチックのかごに着替えを入れて、浴場の中を覗いてみる。

中には洗い場が四つと、浴槽が一つだけ。淡いブルーの色で長方形の浴槽に、塩ビ管のパイプがむき出しの湯口から、温泉が途切れることなく注がれている。お湯の色は透明に近い感じだけど、よく見ると白いものがお湯の中で舞っているようだ。

洗い場で身体を洗い、早速温泉に入る。足の先をつけると少し熱く感じたけど、足から腰、そして肩まで身体をゆっくりと沈めていくと、だんだんと平気になってきた。思わず「ああ~」と声が出る。

仙台で入ったスーパー銭湯と比べると、お湯の感触がまるで違う。なんだかジンジンと、肌に温泉が染みてくるみたいだ。顔のすぐ近くで温泉のふわっとした香りがして心地よい。口に入ると、少し苦いような酸っぱいような、複雑な味がした。

いつものお風呂よりあっという間に身体が温まるようで、少しの時間しか入ってないのに、少し頭がふらっとしてきた。のぼせる前に洗い場の椅子へ避難する。

浴室の窓は少し開いていて、網戸から風が入り込んでくる。窓の外はまだ明るいけれど、少しずつ日の光が赤くなろうとしている。たまに窓から入ってくる涼しい風が気持ちいい。

しばらく椅子に座って涼んだ後、頭を洗おうとシャンプーに手を伸ばす。その時、浴場のドアがガチャっと開いて、誰かが入って来た。洗い場にいる僕の方を見て、少し驚いたような表情をする。

「おお、先客だが。こんばんは」

「あ…どうも」

声をかけられるとは思っていなかったので、短めに挨拶を返した。その人は短髪に少し白髪が混じった、体格のがっちりした人だった。肌は日に焼けて黒い。慣れた様子で洗面器と椅子をカランの前に置き、隣で頭を洗い始めた。

僕も頭を洗って、また温泉に戻る。しばらくするとその人も浴槽に入ってきた。少しの間無言で入った後に、話しかけられる。

「どごから来たんだ?」

「あ、えっと。仙台からです」

「仙台か。いい所だなあ。若い時は仕事でいだこともあったなあ」

そう言って、目を細めた。言葉の訛りはそれなりに強いけど、何とか話していることは分かる。

「仕事は何をされていたんですか?」

「大工の一人親方だ。大きいものから小さいものまで、何でもやる」

「そうなんですね。近所なんですか?」

「いや、家はもっと街中の方で、こごまで車で三十分くらいかがる。でも、こごの湯っこがよぐ身体さ効ぐんで、よぐ来てるんだ。いい湯だべ?」

そう言うと、その人はニコっと笑って、また洗い場へ戻っていった。

僕はもう少し入ろうと思ったけれど、もうかなり身体が温まっているようで、少し頭がふらふらしてきた。

「あの、お先に失礼します」

大工の人にそう声をかけて、脱衣所に出る。身体を拭いて、ベンチに座ってしばらくぼーっとしていた。温泉に入っていたのはそれほど長い時間ではなかったけど、いつもより何倍も身体が温まって、心臓がバクバクしていた。

しばらく休んで、少し落ち着いたところで浴室を出て部屋へ戻ろうとすると、途中にある台所の中にいた女将さんが声をかけてきた。

「あ、お風呂あがった?晩ご飯、もう食べられるから、よかったらそのまま食堂へどうぞ」

案内されるがままに、台所の隣にある食堂へ向かう。六つほどテーブルが並んでいて、その内の一つに食事が並んでいた。皿の上に三本まるごと置かれている茹でたとうもろこしが、つやつやと輝いていて目立っている。

そこに女将さんが、ご飯と味噌汁を持ってきてくれた。

「きみを入れた炊き込みご飯と、お味噌汁ね。何だか家庭のご飯みたいな感じだけど、ごめんなさいね」

「いえいえ、十分豪華です。ありがとうございます」

テーブルの上には、茹でたとうもろこし、炊き込みご飯、味噌汁の他に、大皿に乗った唐揚げと、キャベツ・きゅうり・トマトのサラダがあった。昼もそうだったけど、とても一人では食べきれない量だ。

もう一品、少し大きめの小鉢の中に、初めて見る食べ物が入っている。緑色で細長い茎のようなものと、オレンジ色の貝みたいなものが一緒に盛り付けられている。

「これは何ですか?」

「ん?ああ、これはミズっていう山菜と、ホヤを和えたもの。シャキシャキしておいしいよ」

ミズ、という山菜があることを初めて知った。ホヤは仙台の居酒屋などでも見かけるので知っているが、こうやって食べるのは初めてだ。

「じゃあ、ゆっくり食べてくださいね」

女将さんはそう言うと食堂にあるテレビの電源をつけて、台所の方に戻っていった。

改めてテーブルの上を見渡す。やっぱり、最初はとうころこしを食べてみたい。あれだけ多くの人たちが買いにくる「きみ」の味を、まずは確かめてみよう。

まだ熱いとうもろこしを気をつけながら手に取り、かぶりつく。すると、かじった部分から実の汁がぴゅっと出て、テーブルの上に飛び散った。こんなに実が詰まったとうもろこしは初めてだ。

実を噛むと、口の中で甘味がどんどん湧き出してくる。これまで食べたことのあるとうもろこしとは全く違う。こんなに甘いとうもろこしがあることに驚いた。

あっという間に、一本食べてしまう。そのまま、更にもう一本いきたくなる美味しさだったけれど、せっかくなので別の料理も食べてみたい。

女将さんがおすすめしていた、ミズも一口食べてみた。シャキシャキとした食感が、名前の通りすごく瑞々しい。和えてあるホヤ独特の臭みも、不思議にぴったり合っている。味付けは薄めのだし汁の味がするくらいだけれど、いくらでも食べられそうだ。

炊き込みご飯はとうもろこしの甘味が染みていて優しい味わいだし、唐揚げはにんにくが効いていて、ついどんどん食べて進めてしまう。

最近の食事といえば、バイト先でファミレスのメニューをまかないとして食べることが多かった。バイトしていると安く食べられてありがたいのだが、長年食べているので正直少し飽きてきていた。

それに比べると、今食べているものはどれも素材の味がそのまま新鮮でおいしい。うまく言えないけど、身体にすっと入ってくるみたいだ。

一通り、ご飯とおかずを食べ終えて、二本目のとうもろこしに手を伸ばしたところで、また女将さんが顔を出す。

「どう、ご飯足りた?おかわり、持ってこようか?」

「いえいえ、もう、お腹いっぱいです。とうもろこし、すごく甘いですね。びっくりしました」

「そうでしょう。この辺は標高が高くて朝晩は寒いから、きみが甘く育つんだよ。気に入ってくれてよかった」

とうもろこしを食べながら、女将さんとそのまま少し話をする。

「仙台から来てもらったばかりで、そのまま働くことになってごめんなさいね。疲れたでしょう」

「いえ、大丈夫です。温泉、すごく気持ちよかったです。大工の常連さんとも、一緒になりました」

「ああ、藤井さんね。もうずっと前から、通ってくれているの。神さんとも温泉でよく一緒になっていたよ」

神さんの名前を聞いて、自分がここに来た目的を思い出した。すっかり忘れかけていたが、自分は調査実習の打ち合わせで来たんだった。

「そういえば、神さんはその内ここに来るんでしょうか?岩渕さんが迎えに来た時、神さんと話はついてる、みたいに言っていましたけど」

「ああ…うん。そうだね。どうなってるのか、旦那に確認しておきますね。まずは、明日からの店番、すみませんがお願いしますね」

「はい、何とかやってみます」

明日の店番に向けて女将さんにもう一度不安なことを聞こうと思ったけれど、満腹になった途端に頭の回転が鈍くなってきた。温泉に浸かって、たっぷり夕食を食べたことで、もう身体が限界を迎えたようだ。初めての場所に来て、気も張っていたらしい。

女将さんも僕の様子を見て、部屋へ行くように促す。

「明日も早いですから、今日はゆっくり寝てください。皿はそのままで大丈夫」

女将さんにお礼を言って、そのまま自分の部屋へ戻った。眠気に耐えられず、そのまま布団にダイブする。歯を磨いてから寝なければ、と頭では分かっているのに、強力な眠気に打ち勝てない。結局、そのまま眠りに落ちていった。

(第4話終わり)


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