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映画シナリオ「限界タクシー~首落村奇譚」(4/4終)

(3/4からのつづきです。
祭りを復活させようというYouTuberトミナガの提案に、
なぜ橋上はあれほど怒ったのか。
時効の日、彼女の家に上がった白井は、水門の鍵があるのを見た。
真相は、彼女が語る。)


〇橋上の家、リビング

   紅茶を頂く二人。
橋上 「あのそば農家たちはね、村の秩序を
 乱す言動が多かったんです。私は村のため
 に対価を払って頂きたかった。廃業して出
 て行ったのは、彼らの意志よ」
白井 「……村長は、あなたが刺したんです
 か?」
橋上 「……どこから話しましょうかね」
   遠くを見る橋上。
橋上 「橋上家、保坂家、そして下田家。こ
 の三家は代々、明神家の巫女の家系なんで
 す。かつては村祭りが毎年十二月一日にあ
 って」
白井 「明神村長が、死んだ日」
   橋上、うなづく。
橋上 「椿油の豊作を祝う日。早咲きの椿で、
 巫女が花を添えるの。あの日は、雪がもう
 ちらついていたわね」
   ×   ×   ×
   イメージ。
   雪の中、椿が乗せられた両手。
   ×   ×   ×
橋上 「かつては火祭りも盛んで、村中が参
 加して、その日だけは無礼講。つまり誰と
 まぐわっても許される日。多くの子供が祭
 りで生まれるという、本当の豊作祭りなん
 です。そうして小さな村は、人口を維持し
 てきたのでしょう。ところが過疎になり、
 祭りもなくなる。だけど『豊作の儀式』だ
 けは細々と伝承されていたんです」
白井 「……豊作の儀式」
橋上 「村長の夜のお世話を、巫女たちが行
 います。そこで種付けが行われて、村は増
 えるのです」
白井 「……それって……」
   ×   ×   ×
   フラッシュ。25年前。
   村長の家の中。村長(70)の前で、
   橋上(60)、保坂(58)、下田
   (55)が、服を脱ぐ。
村長 「今年一番搾りの、椿油」
   壺から黄金の油を掬い、彼女たちの体
   にかける。
   月明りに照らされた、布団の中でまぐ
   わう4人の肉体。油にまみれている。
   ×   ×   ×
橋上 「濡れもしないババア三人を、村長は
 毎年毎年抱き続ける。いい加減この風習を
 辞めましょうと我々が言うのは、自然な流
 れでしょう?」
   キリを構える格好をする橋上。
橋上 「こんな儀式、何の意味もないわ。も
 うやめにしませんか。──私たち三人は、
 ミノカサ用のキリで、村長を脅したんです」
   ×   ×   ×
   フラッシュ。
   キリを持ち、村長に迫る三人。
   ×   ×   ×
橋上 「村長を脅して終わりの予定でした。
 でも彼は抵抗した。だから三人で押さえつ
 けて、何度も何度も手を刺したんです。私
 を触った憎いその手を」
   ×   ×   ×
   フラッシュ。
   押さえつけられ、手を刺される村長。
   逃げる。庭に停めてあった車に飛び乗
   る。
   キリをもって追いかけてくる三人。
   ×   ×   ×
橋上 「そのあと事故を起こすかどうかまで、
 私たちは予想しなかった。仮に殺意ある行
 動だったとしても、もう時効なんでしょ
 う? ……殺意。……ありましたとも。
 死んで欲しいと、何度も何度も突き刺しな
 がら願いましたよ」
白井 「……」
橋上 「暗闇の中で誰に種付けしたか分らな
 くする為に、三人の巫女は事前に服を交換
 するならわしでした。誰でもない、三人
 の巫女になるために」
   ×   ×   ×
   フラッシュ。
   雪の中で椿を持った両手。
   それは、保坂の服を着た橋上。
   ×   ×   ×
橋上 「これで全てです」
   一息つき、紅茶を飲む橋上。
白井 「……あの……なんというか、……そ
 の……」
橋上 「墓場まで持っていけばいいこの話を、
 何故白井さんにしたのか、不思議に思われ
 ます?」
白井 「……はい」
橋上 「あなたはこの村のドライバーとして
 よくしてくれたからよ。私の一万円を断っ
 たでしょう? だから信用できると思った
 の」
白井 「信用?」
橋上 「この物語を知ることで、あなたはこ
 の村の一員として認められたの」
白井 「えっ」
橋上 「この真相は、村の皆は全員知ってる
 のよ?(微笑む)」
白井 「……」

〇橋上の家、外

   扉を閉め、放心状態で出てくる白井。
   車の前に、勝村が立っている。
白井 「……」
勝村 「……どうしたんです?」
白井 「……あなたには、話すべき話だと思
 います」

〇走るタクシーの車内

   真相を話し終えた白井。
白井 「……」
勝村 「……(ため息)」
白井 「……一件、落着ですかね」
勝村 「……もう一度、この村に来る必要は
 なくなったなあ。……今日の最終便の予定
 は変わらず、で」
白井 「駅までお送りしますよ」
勝村 「……」
白井 「……」
   突然、スマホが鳴る。二人、びくっと
   する。
白井 「(画面を見て)ああ。下田さんのピ
 ックアップ」

〇走るタクシーの車内、街道沿い

   下田、勝村。
   白井、ウインカーを出して脇道に入ろ
   うとする。
下田 「またパン屋さんに寄れないの?」
白井 「……あの、まだ道路工事中で」
下田 「何か隠していない? そんな工事ど
 こでやってるの? ねえ、パン屋さんに寄
 ってよ! 刑事さんにもあのパン食べても
 らいたいわ!」
白井 「……」

〇潰れたパン屋の前

   閉店の張り紙を見る下田。
下田 「形あるものは皆壊れる、だから田畑
 は毎日形を整えて、次の代に渡すのだ、そ
 う父に教わりました」
白井 「……実は、そば屋さんに行ったあと、
 探したんです」
下田 「何を?」
白井 「ここと同じくらい古いお店なら、ダ
 ンナさんと行ったことのある店なんじゃな
 いかって。走りながら色々見て」
下田 「?」
白井 「あのラーメン屋くらい古ければ、多
 分そうじゃないかと」

〇ぼろぼろのラーメン屋の前

下田 「ああ……あああ……。白井さん凄い
 わ! どうしてここを知ってたの? ここ
 よ! ここ! うわあ懐かしいわ!」
   古い立て看板を触る下田。
下田 「ここのラーメン屋、ものすごく不味
 いの!」
白井 「えっ」
下田 「あのパン屋さんはダンナの初給料で
 行ったパン屋じゃない? ここは二度目の
 給料日に来た店なの。主人はあまりの不味
 さに、『二度と来るか!』って啖呵を切っ
 て……なんと、それ以来よ! 潰れてなか
 ったのね!」
白井 「は、はあ。それは良かったのか、悪
 かったのか」
下田 「ありがとう! 何十年も前の記憶を
 取り戻してくれて! 入りましょう! 不
 味いからお二人は付き合わなくていいわ
 よ! 私は食べたい!」

〇同、店内

   他に誰も客はいないひなびた店。
   スープまで飲み干した下田、両手を合
   わせる。下田、長い時間の黙祷。
   白井と勝村は残し気味。
白井 「あの……先ほど橋上さんに呼ばれて、
 全部聞いたんです」
下田 「……何を?」
白井 「全部です。『豊作の儀式』の全部。
 あったこと全部」
下田 「そう。……あの女もおしゃべり」
   口元をぬぐう。
下田 「もう今日で時効だし、私、誰にも黙
 っていたことを話しますね」
白井 「……なんでしょう」
下田 「私、ダンナを愛してたんじゃないの」
白井 「えっ」
下田 「私が本当に愛していたのは、村長な
 のよ」
白井 「……は?」
   ×   ×   ×
   フラッシュ。
   暗闇の中で、村長に抱かれる橋上、保
   坂、下田。下田だけ喜びの表情。
   ×   ×   ×
下田 「勿論ダンナは人並みに愛してはいた
 わよ。でも本当に心の底から喜びや悲しみ
 が沸き上がるのは、村長だったの。もちろ
 ん奥さんもいらっしゃるし、こっちは巫女
 の家系だしで、大っぴらに想いを打ち明け
 るわけにもいかない」
白井 「……」
下田 「だから年に一度の『豊作の儀式』、
 彼に抱かれることは無上の喜びだったの」
白井 「……」
下田 「橋上さんも保坂さんもそれを知らな
 い。つまり私は達成したの。私はあの人を
 愛していた。抜け駆けの許されない村で、
 私だけが抜け駆けをしていたのよ?」
白井 「……」
下田 「あの人の手を刺したのはね、他の女
 を触った手だったから」
   ×   ×   ×
   フラッシュ。
   村長の手を刺し続ける下田。
   血に染まってゆく現場。
   ×   ×   ×
下田 「私はこの物語を、ようやく手放せる」

〇松風荘前、夕

   荷物を抱えてやってきたエロいギャル
   たち。
   歓迎するトミナガと引きこもり住民。
   派手な音楽がかかり、薪の矢倉に火が
   つけられる。
   皆葉巻状の大麻を吸う。
トミナガ「さあ、祭りの始まりだ!」
   瞳に炎が反射している。

〇ビジネスホテル、勝村の部屋、夜

   トランクを閉めた勝村。

〇ビジネスホテルの外、夜

   白井のタクシーが停まっている。
   トランクを持って現れる勝村。
白井 「最後があのラーメンじゃなんですか
 ら、駅の美味しいそば屋に寄りましょう」

〇走るタクシーの車内、夜

   消防車のサイレンが鳴っている。
白井 「火事?」
   白井、無線をオンにすると、消防車の
   無線が飛び込んでくる。
無線 「全車窪内村へ急行せよ。繰り返す。
 窪内村で猛烈な火事」
白井 「村で?」
   窓の外の遠くを見る。山に赤い光。
無線 「廃屋が燃えている模様。大きな家で、
 神社ごと燃えている」
   目の前を、消防車が通りすぎる。
勝村 「白井さん。あの道なら、村に早く行
 けます?」
白井 「例のバイパス。はい」
勝村 「この車で消防車を先導しましょう。
 出来ます?」
白井 「……ダッシュボードを開けてもらっ
 てもいいですか?」
   勝村、ダッシュボードを開ける。
   革の手袋。 

〇夜の道を走る消防車

   に追いつく白井のタクシー。
   並走して、窓を開けて消防車に声をか
   ける白井。
   消防車のドライバー、うなづく。

〇バイパスの入口、夜

   立ち入り禁止の看板を吹っ飛ばす白井
   のタクシー。

〇村長の家、夜

   猛烈に燃えている村長の家。
   マッチを持ったままの下田。
   蔵の中の椿油が引火し、さらに燃え上
   がる。

〇バイパスを飛ばす車の中

白井 「しっかり掴まっとけよ! なんせ街
 灯がねえんだ! いつぶつかるか分んねえ
 ぞ!」
   と、ガードレールに左前をぶつけて、
   左のライトが死ぬ。
白井 「くっそ!」
勝村 「大丈夫! 後ろ、ついてきてる!」
   消防車は三台に増えている。
   月明りしかない山道。
   ワインディングは勘で行くしかない。
   右前もぶつけ、右のライトも死ぬ。
白井 「くっそううう!」
   勝村、ダッシュボードを開けて、懐中
   電灯を出す。
   助手席から身を乗り出し、前を照らす。
勝村 「私が目になる! 左!」
白井 「左!(ウィンカーを出して、ハンド
 ルを切る)」
勝村 「右!」
白井 「右!(ウィンカーを出して、ハンド
 ルを切る)」
勝村 「道なり、まっすぐ!」
白井 「オッケー! (バックミラーを見て、
 消防車たちがついてきていることを確認)」
勝村 「次、左!」
白井 「左!」
    木の枝に当たる勝村。払う。
勝村 「右!」
白井 「右!」

〇松風荘、乱交パーティー

   火を見ながら乱交する若者たち。
   けたたましく消防車が通り過ぎる。
トミナガ「ビビったー! この火じゃねえよ
 な?」

〇炎上する村長の家

   駆け付けた消防隊員たち、井戸や水を
   探す。
   下田、白井に気づく。
下田 「私は私の思い出とともに消えるわ」
   火の中に飛び込もうと。
白井 「いかん!」
   体を張って止める白井。
下田 「死なせてよ! これ以上生きてて何
 になるのよ! じっと隠れるように生きて
 来て! それが終わったからって、これか
 ら何して生きればいいのよ!」
   平手打ちをする白井。
白井 「俺は正義が何かわからんけどさ! 
 アンタが死んだらここの人たちが悲しむだ
 ろ! 保坂さんが死んだときみたいに! 
 少なくとも俺は悲しいよ!」
下田 「……」
   消防隊、放水開始。
   下田、膝から崩れ落ちる。
白井 「……」
勝村 「立派な人助けでした」
白井 「あ……いえ……ただ夢中で……」
   消防隊、火を消してゆく。
白井 「私、集団とか、組織とかもうこりご
 りだと思っていましたが」
   勝村の、まだ持ったままの懐中電灯。
白井 「息が合う人がいるのは、嬉しいもの
 だと思いました」
勝村 「……(ふ、と笑う)」
白井 「あれ?」
勝村 「?」
   白井、手袋がない。
白井 「あれ、いつ? どこでなくしたの?
 ……」
   探すが、見つからない。
   崩れる明神家。両面宿儺が消し炭にな
   ってゆく。

〇松風荘、乱交パーティー

トミナガ「ヌルヌルイェー!」
   椿油を投入。嬌声はひときわ高くなる。
トミナガ「これで人口増えるんじゃね? セ
 ックス村大豊作! そしたら俺村長だ
 ー!」
タイトル【時効、成立】

   暗転。

〇後日、長野駅

   大荷物を抱えた勝村、駅に降り立つ。
   敬礼で出迎える長野県警の刑事。
刑事 「長野県警へようこそ。辺鄙なところ
 で退屈だと思いますが」
勝村 「こないだ大事件があったじゃないで
 すか」
刑事 「そうでした。そのご担当でした」
   敬礼で返す勝村。
勝村 「正義は、どこででも出来ます」
   勝村、山のほうを見つめる。

〇よく晴れた海

   海辺に停められた白井のタクシー。
   タクシーの表示は「自家用」となって
   いる。
   妻のサヤカの写真と共に、白井は海を
   見ている。
   犬のサヤカ、白井の隣に。白井はその
   頭をずっと撫でている。

〇早朝、椿が満開の、霧の窪内村

〇下田の家、中

   朝目覚めて、布団をきれいに畳む下田。
   トランク一つだけ持ち、家を出る。

〇村の入口、霧

   トランクを引いてきた下田。
   大鳥居の切り株の前で立ち止まる。
   車がこすった塗料の跡を見て、愛おし
   そうに触る。
   大鳥居の外に出るか、村に残るか、迷
   う。

                  (終)





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