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胡乱な男 #2 スイートルームとブタ野郎

#1 スマホを盗んだだけなのに

※BL/犯罪コメディ/軽い性的表現あり



俺は現代に生きるトレジャーハンター。

泥棒だろって?
うん、まあ、そうとも言う。
ちょっとカッコつけたかっただけ。

知らない天井だ。
いや、昨日見た天井だ。最悪だ。

昨日、死にものぐるいで逃げた末に連れ込まれた、高級ホテルのスイートルーム。

シックで落ち着くであろうインテリアに囲まれているが、生活水準が違いすぎて俺は全く落ち着かない。

でかいベッド。ふかふかの枕。
馬鹿みたいに広い部屋。

俺はシーツにくるまったまま動けずにいた。
身体が重い。特に腰が。クソッ!

さらに腹も減っている。
そうだよね、いっぱい運動したもんね、
ってアホか!!

「おはよう。よく眠れたかな?」

元凶が現れた。
男はシャワーを浴びたらしく、黒髪が少し濡れている。バスローブが腹立つほど似合っていた。
まるでハリウッドスターみたいだ。
ハリウッドスター、見たことないけど。

「誰かさんのせいで全く」
「あ、僕かな」
「嬉しそうな顔すんな」

声がガサガサだった。最悪だ。
男はにこにこしながら、電話で何か注文していた。

しばらくして、ワゴンが運ばれてきた。
焼きたてのクロワッサン。
サラダ、ベーコン、オムレツ。
コーヒー、オレンジジュース。
香ばしいバターの匂いが、部屋いっぱいに広がった。どれもがキラキラ輝いて見える。

「さあ、食べよう」
「……結構です」
ぐう、と腹が鳴った。

男は嬉しそうに笑った。
「お腹は正直だね」

しぶしぶ椅子に座って、オレンジジュースを一口飲んだ。何これ、すごい。オレンジが液体になってるって感じ。当たり前か。
「……う、うまぁ」

クロワッサンを一口かじる。
サックサク!
バターの香りが口いっぱいに広がる。
こんな美味いパン初めて食べた。

夢中で皿に載った二つを食べた。
サクサクすぎて、テーブルがカケラだらけになった。カケラを摘んで食べていたら、男が声をかけてきた。

「気に入った? 僕の分もお食べ」
「クロワッサンは、気に入った」

男は楽しそうに笑って、自分の皿からクロワッサンを一つ取った。
「あーん」
「あ、置いといてください」
「じゃあ僕が」
「……クソッ」
「ほら、あーん」
「……あーん」

負けた。だってこんなの、きっと二度と食べられない。
俺は男を睨みながら、口の中のクロワッサンを噛みしめた。はあ、美味い。
男は優雅にコーヒーを飲んでいる。

「あんたのこと聞いたら、俺、消される?」
「僕に興味を持ってくれたの?」
男はカップを置くと、少し身を乗り出した。

「うーん。違うけど、面倒くさいからいいや」
「なんでも聞いて。答えられる範囲で答えるよ」
「じゃあ、名前は?」
「君が呼びたい名前で呼んで」
「ブタ野郎でも?」

男は長いまつ毛を少し伏せた。
「ちょっと心が痛いけど、君が呼びたいというなら甘んじて受けるよ」
「いちいち面倒くさいな」

「じゃあ、職業……は、やめとく」
「それがいい」

「歳は?」
「0歳と一日。君に出会ってからが僕の人生の始まりだ」
「……何言ってんのかわかんねー」

「名前も職業も不明って、何を信じろっていうんだよ」
「君への愛は本物だよ」
「やめろ! 全身鳥肌なんだけど!」
「そんなに感動した?」
「してないわ! するわけねーだろ! 一回寝たからって彼氏ヅラしやがって!」

男の目がぱっと輝いた。
「え、彼氏? ほんとに?」
「いやだー、もう。話にならん。お家に帰りたい」
「送るよ」
「あんたと一緒じゃ意味ないだろ!」

男は機嫌良く笑いながら、ポットから俺のカップにコーヒーを注いだ。熱々だ。

コーヒーを啜りながら聞いてみた。
「で、あのスマホは何だったわけ?」
「発信機兼、起爆装置。上手くいってよかったよ」
「グフッ!」
俺はコーヒーを吹き出した。

「大丈夫?」
男が心配そうにナフキンを差し出した。

「俺、消される?」
「ぎりぎり大丈夫」
「……怖い」
「安心して。君のことは僕が守る」
「あんたが怖いって言ってんの!」

男は慈悲深い眼差しで見つめてくる。
鬱陶しいな。
「フレンチトーストも美味しいよ。食べる?」
「食べる」
「いくらでもお食べ。美味しそうに食べる君はとても可愛い」
「……やっぱりやめます」
「なぜ? 遠慮はいらないよ」
「お腹いっぱい。胸焼け気味」

男は時計を見ると、メニュー表を手渡してきた。
「もっと一緒にいたいけど、僕はもう行かなくちゃ。お昼までいていいよ。ルームサービスも好きに頼んで」
「怖いからいいです」

男は着替えて戻ってくると、ポケットからスマホを一台差し出してきた。
誰のかと思ったら、俺のスマホだった。
いつの間に。怖い。

男がスマホを指差すと、ウィンクして言った。
「いつでも電話して」
「番号知らないし」
「もちろん入れておいた」

スマホを開いた瞬間、待ち受けが目に飛び込んできた。
死んだように眠る俺と、その隣で満足そうに笑う男のツーショット。

「ぎゃあ!」
思わずスマホを落とした。

「おっと」
男はスマホをサッと取った。どういう反射神経してるんだ。

「まだ替えたばかりだろ? 気をつけて」
「なんで、知ってる……」

震える手でスマホを受け取る。
開くと連絡先に、見覚えのない名前が一件増えている。登録名は、ブタ野郎。

「……何これ」
「僕の番号」
「いや、名前」
「君が呼びたいって言ったから」
「冗談通じないやつ嫌い」
「冗談か。よかった。好きに呼んでくれていいよ。イーサンでもジェームズでも、黄昏でも」
「なんかどっかで聞いたことある」

男は満足そうに笑うと、俺の額に軽くキスをした。

「楽しかったよ。またね。ジュリアン」
「お、俺の名前…!」

固まる俺を置いて、男は部屋を出ていった。

俺は、しばらく呆然とドアを見つめた。
何で。いつから。
もしかして、調べられてた?
俺がギルドに出入りしてたから?

テレビを付けたら、昨日の爆発は「ガス漏れによる事故」と報道されていた。

ダメだ。わからん。こうなったら、ヤケだ。
明日くたばるかも知れない。
せめて美味いもの食ってから死のう。

テーブルの上のメニューを手に取った。
なんでも頼んでいいって、言った。

部屋の電話から、シャンパンと生ハムメロン、キャビア、エッグベネディクトを頼んだ。

それから、写真は心の底から気持ち悪かったが、念のため非表示にして残しておくことにした。
スマホの待ち受けを元に戻して、ブタ野郎を着信拒否にした。

こんなこと意味ないんだろうなぁ。
これも起爆装置だったりして。

男が恐ろしいことに変わりはないが、シャンパンも料理も美味く、キャビアはしょっぱかった。

猫足バスタブの泡風呂は極楽だった。
昼近く、そわそわしながら、ラグジュアリーなフロントを抜けてホテルを出た。

街中のゴミ箱の前で、スマホを捨てようか散々迷った。けど、機種変したばっかりだから、やめた。

頭からは高級シャンプーが香ってくる。
ホテルのアメニティは、しっかり持ち帰ってきてしまった。

でも、あの男には、もう二度と会いたくない。



つづく

→#3 ブタ野郎とお喋りクソ野郎



※スミスのヤバすぎるカメラフォルダも公開中
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