胡乱な男 #2 スイートルームとブタ野郎
→#1 スマホを盗んだだけなのに
※BL/犯罪コメディ/軽い性的表現あり
俺は現代に生きるトレジャーハンター。
泥棒だろって?
うん、まあ、そうとも言う。
ちょっとカッコつけたかっただけ。
◇
知らない天井だ。
いや、昨日見た天井だ。最悪だ。
昨日、死にものぐるいで逃げた末に連れ込まれた、高級ホテルのスイートルーム。
シックで落ち着くであろうインテリアに囲まれているが、生活水準が違いすぎて俺は全く落ち着かない。
でかいベッド。ふかふかの枕。
馬鹿みたいに広い部屋。
俺はシーツにくるまったまま動けずにいた。
身体が重い。特に腰が。クソッ!
さらに腹も減っている。
そうだよね、いっぱい運動したもんね、
ってアホか!!
「おはよう。よく眠れたかな?」
元凶が現れた。
男はシャワーを浴びたらしく、黒髪が少し濡れている。バスローブが腹立つほど似合っていた。
まるでハリウッドスターみたいだ。
ハリウッドスター、見たことないけど。
「誰かさんのせいで全く」
「あ、僕かな」
「嬉しそうな顔すんな」
声がガサガサだった。最悪だ。
男はにこにこしながら、電話で何か注文していた。
しばらくして、ワゴンが運ばれてきた。
焼きたてのクロワッサン。
サラダ、ベーコン、オムレツ。
コーヒー、オレンジジュース。
香ばしいバターの匂いが、部屋いっぱいに広がった。どれもがキラキラ輝いて見える。
「さあ、食べよう」
「……結構です」
ぐう、と腹が鳴った。
男は嬉しそうに笑った。
「お腹は正直だね」
しぶしぶ椅子に座って、オレンジジュースを一口飲んだ。何これ、すごい。オレンジが液体になってるって感じ。当たり前か。
「……う、うまぁ」
クロワッサンを一口かじる。
サックサク!
バターの香りが口いっぱいに広がる。
こんな美味いパン初めて食べた。
夢中で皿に載った二つを食べた。
サクサクすぎて、テーブルがカケラだらけになった。カケラを摘んで食べていたら、男が声をかけてきた。
「気に入った? 僕の分もお食べ」
「クロワッサンは、気に入った」
男は楽しそうに笑って、自分の皿からクロワッサンを一つ取った。
「あーん」
「あ、置いといてください」
「じゃあ僕が」
「……クソッ」
「ほら、あーん」
「……あーん」
負けた。だってこんなの、きっと二度と食べられない。
俺は男を睨みながら、口の中のクロワッサンを噛みしめた。はあ、美味い。
男は優雅にコーヒーを飲んでいる。
「あんたのこと聞いたら、俺、消される?」
「僕に興味を持ってくれたの?」
男はカップを置くと、少し身を乗り出した。
「うーん。違うけど、面倒くさいからいいや」
「なんでも聞いて。答えられる範囲で答えるよ」
「じゃあ、名前は?」
「君が呼びたい名前で呼んで」
「ブタ野郎でも?」
男は長いまつ毛を少し伏せた。
「ちょっと心が痛いけど、君が呼びたいというなら甘んじて受けるよ」
「いちいち面倒くさいな」
「じゃあ、職業……は、やめとく」
「それがいい」
「歳は?」
「0歳と一日。君に出会ってからが僕の人生の始まりだ」
「……何言ってんのかわかんねー」
「名前も職業も不明って、何を信じろっていうんだよ」
「君への愛は本物だよ」
「やめろ! 全身鳥肌なんだけど!」
「そんなに感動した?」
「してないわ! するわけねーだろ! 一回寝たからって彼氏ヅラしやがって!」
男の目がぱっと輝いた。
「え、彼氏? ほんとに?」
「いやだー、もう。話にならん。お家に帰りたい」
「送るよ」
「あんたと一緒じゃ意味ないだろ!」
男は機嫌良く笑いながら、ポットから俺のカップにコーヒーを注いだ。熱々だ。
コーヒーを啜りながら聞いてみた。
「で、あのスマホは何だったわけ?」
「発信機兼、起爆装置。上手くいってよかったよ」
「グフッ!」
俺はコーヒーを吹き出した。
「大丈夫?」
男が心配そうにナフキンを差し出した。
「俺、消される?」
「ぎりぎり大丈夫」
「……怖い」
「安心して。君のことは僕が守る」
「あんたが怖いって言ってんの!」
男は慈悲深い眼差しで見つめてくる。
鬱陶しいな。
「フレンチトーストも美味しいよ。食べる?」
「食べる」
「いくらでもお食べ。美味しそうに食べる君はとても可愛い」
「……やっぱりやめます」
「なぜ? 遠慮はいらないよ」
「お腹いっぱい。胸焼け気味」
男は時計を見ると、メニュー表を手渡してきた。
「もっと一緒にいたいけど、僕はもう行かなくちゃ。お昼までいていいよ。ルームサービスも好きに頼んで」
「怖いからいいです」
男は着替えて戻ってくると、ポケットからスマホを一台差し出してきた。
誰のかと思ったら、俺のスマホだった。
いつの間に。怖い。
男がスマホを指差すと、ウィンクして言った。
「いつでも電話して」
「番号知らないし」
「もちろん入れておいた」
スマホを開いた瞬間、待ち受けが目に飛び込んできた。
死んだように眠る俺と、その隣で満足そうに笑う男のツーショット。
「ぎゃあ!」
思わずスマホを落とした。
「おっと」
男はスマホをサッと取った。どういう反射神経してるんだ。
「まだ替えたばかりだろ? 気をつけて」
「なんで、知ってる……」
震える手でスマホを受け取る。
開くと連絡先に、見覚えのない名前が一件増えている。登録名は、ブタ野郎。
「……何これ」
「僕の番号」
「いや、名前」
「君が呼びたいって言ったから」
「冗談通じないやつ嫌い」
「冗談か。よかった。好きに呼んでくれていいよ。イーサンでもジェームズでも、黄昏でも」
「なんかどっかで聞いたことある」
男は満足そうに笑うと、俺の額に軽くキスをした。
「楽しかったよ。またね。ジュリアン」
「お、俺の名前…!」
固まる俺を置いて、男は部屋を出ていった。
俺は、しばらく呆然とドアを見つめた。
何で。いつから。
もしかして、調べられてた?
俺がギルドに出入りしてたから?
テレビを付けたら、昨日の爆発は「ガス漏れによる事故」と報道されていた。
ダメだ。わからん。こうなったら、ヤケだ。
明日くたばるかも知れない。
せめて美味いもの食ってから死のう。
テーブルの上のメニューを手に取った。
なんでも頼んでいいって、言った。
部屋の電話から、シャンパンと生ハムメロン、キャビア、エッグベネディクトを頼んだ。
それから、写真は心の底から気持ち悪かったが、念のため非表示にして残しておくことにした。
スマホの待ち受けを元に戻して、ブタ野郎を着信拒否にした。
こんなこと意味ないんだろうなぁ。
これも起爆装置だったりして。
男が恐ろしいことに変わりはないが、シャンパンも料理も美味く、キャビアはしょっぱかった。
猫足バスタブの泡風呂は極楽だった。
昼近く、そわそわしながら、ラグジュアリーなフロントを抜けてホテルを出た。
街中のゴミ箱の前で、スマホを捨てようか散々迷った。けど、機種変したばっかりだから、やめた。
頭からは高級シャンプーが香ってくる。
ホテルのアメニティは、しっかり持ち帰ってきてしまった。
でも、あの男には、もう二度と会いたくない。
つづく
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