決戦は金曜日
イヤホン、から始まる♾️【青山くんの視点】
あの時、ほんとは偶然じゃなかった。
実は、ずっと気になってた。
ある日、井上さんと退勤時間が被った。
俺は来月退職する。行くしかないと思った。
「せっかくだからメシでも行きません?」
誘ってみたものの、井上さんが呼び出されてしまった。
「ごめん、食事はまたにしよう」
「すぐ終わるでしょ?待ってますよ」
ロビーで待っていたら、うっかり寝ていた。
気付いたら、井上さんがすぐそばに居て、俺のイヤホンで音楽を聴いていた。
驚いた。
そういうことする人だとは思わなかった。
どうしよう…と思っていたら「お待たせ」と肩をポンと叩いて起こされた。
心臓がバクバクと早鐘を打っている。
そのあと井上さんはぐちゃぐちゃの俺のイヤホンを丁寧に巻いてくれた。もうこれ使えないな。
大事にしまっとこ。
ケイジャンチキンの店に行くつもりが、なんと店が休みだった。
「あ、あら〜」
「他の店にしよう」
行ってくれるんだ…。
ガヤガヤうるさい普通の居酒屋に入った。
彼女います?と聞きたかったのに、ビールのせいで、つい口から出たのがこれだった。
「井上さんって、何考えてるか、分からないって言われません?」
ああ、俺のバカ。
「…よくそう言ってフラれるよ」
え、じゃあ今フリー?
アピールしておこう。俺には後がないのだ。
「へえ?分からないからいいのに」
「え?」
「だって、わかりやすかったら、もっと知りたいって思わないでしょ?」
本気なんです。伝わって。
そのあと、正直何話したか覚えてない。
とにかく必死だった。
空回りしてかっこ悪かった。
井上さんは、ハイボールを飲みながら静かに相槌を打って、たまに笑った。笑うんだ。俺の話で。
俺から声をかけたのに「年上だから」と井上さんは会計の時多めに出してくれた。スマートでカッコいい。
そうしたら、井上さんから「じゃあ次は青山くん出して」と言ってくれた。
「次も、あるの?」
顔に血が集まってくる。酔いのせいだけじゃない。
俺が来月辞めることを、井上さんは知らなかった。
それは仕方ない。
ヘラヘラ笑って誤魔化した。
酒の勢いで、握手してみた。
少し手が震えた。手汗をかいていたと思う。
店の前で連絡先を交換して、笑って別れた。
別れたが、実は同じ路線なのだ。
なぜなら近所だから。
でも、言えない。
どうしよう、と思っていたら、井上さんがホームのベンチに座っているのを見かけた。
見かけてしまったら、声をかけるしかない。
「また会えた」
思いがけず弾んだ声が出た。
井上さんは目を見開いて、驚いた顔で俺を見上げた。
これが、俺たちの始まり。
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