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【プロ7戦目】小林優戦の裏話

3月末の前田戦で完敗し、4月からプロ練が開始。5月〜6月には沖縄修行を決行。
※前田戦は下記の記事より

仕上がった状態でパンクラスからの試合のオファーを待っていたが一向に来ない。
前戦でショボい試合をして負けてしまったので仕方ないとは言え、この先どうやって上に上がっていこうかという思いだった。

試合決定

そんな中、8月6日に名古屋DEEPが開催されるとのことで、7月の初めに運営側にお願いし、試合までの期間も残り3週間というところで急遽カードを組んで頂いた。
対戦相手は当時7勝10敗、パラエストラ吉祥寺所属の小林優選手。
自分に勝った佐々木選手と過去に引き分けている経歴を持ち、キックボクシングのバックボーンがある。その割に寝技主体で試合をすることもあるオールラウンダーで、負けられない相手ではあるがそこそこ嫌な感じの実力者だった。
ただひとつだけ初めに言っておくと、この試合は自分の中であまり印象に残っておらず、小林選手が今どこで何をしてるかもよく分からない。

対戦カード写真。久々の5分2ラウンド

とはいえ、デビューした頃からとても良くしてくれる名古屋DEEP関係者の皆様と、急遽の試合を受けてくれた小林選手に感謝したい。
ちなみに小林選手に決まった経緯は全く分からず、試合をしたいと伝えた数日後には小林選手で確定していたため、自分が選んだわけではない。
そんな経緯で無理やりのようにねじ込んで貰ったので、試合が決まった時には既にポスターも完成しており、残念ながら自分はポスターにすら載せてもらっていない。笑
そのくせ、生意気にもセミファイナルにねじ込んでもらい試合をさせて頂くことになった。

名古屋DEEPは半分くらい知り合い。

5月〜6月にかけての沖縄での練習で少し痩せてしまったため、確かこの試合では減量がかなり楽だった記憶がある。


追い込み練習とケガ

試合までの期間が全然無かったが、とりあえずやれる事をやろうとスタミナ面をかなり追い込んだ。
パンクラスで5分×3Rの試合を経験してきたため、5分×2Rの試合は少し気楽だったが、会場が地元に近い上に相手の戦績も負け越しだったので、ここで負けたらヤバイというプレッシャーがいつもより強かった気がする。

そんな思いを抱えつつ、試合から約2週間前の金曜日、MMAのスパー中に床に手をついた際、右手指の靭帯を損傷してしまった。
アマチュア時代に左手指の靭帯を切り手術をしたことがあるけれど、ケガをした瞬間がその時と全く同じ感覚だったのでめちゃくちゃ焦った。
指がパカパカしてたので、やっちまったと思いつつその日は練習を切り上げ、そこから試合まではミットやサーキット、打ち込みなどを中心に調整することとなった。
思い返してみても、試合前怪我しすぎだろ。。
そんなハプニングもありあまり激しいスパーリングなどはできなかった覚えがあるが、そのほかの怪我などはなく試合1週間前に追い込みは終了した。
※小林戦は特に気合が入っていたという訳ではないが、追い込みは謎にめちゃくちゃキツかった。特に土曜昼練のミット。


前日計量

いつも通りGSB大須で前日計量。
特にトラブルなどはなく面白いことは何もなかったが、計量会場が練習仲間だらけだったのでホームのような感覚でかなり気楽だった。
あと、メインに出場する小崎連選手がめちゃくちゃ強そうで、階級は違うながらも絶対こいつとは戦いたくないなと思った。自分の後輩が戦わされてたけど。笑
帰りは確か丸亀でうどんを食べて、弁才天のフルーツ大福を買って帰った。高いけどめちゃくちゃうまい。

試合当日

試合当日は昼前に会場入り。
何のトラブルもなかった前日計量とは違い、試合当日はちょっとしたトラブルが重なった。
まず、事前にSサイズのグローブを着けたいと申請していたが、グローブを受け取る際にSサイズが無くなってしまったとのことで急遽少し大きいMサイズになった。
デビュー戦だったらこういう小さなことで心を乱されたりしていたと思うけど、これに関しては流石に7戦目ともなると特に何とも思わなかった。

2つ目は靭帯を損傷した右指にテーピングができなかったこと。
アマチュア時代にDEEP浜松大会の前座に出場した際、靭帯が切れていた指をテーピングでガチガチに固定して出場した記憶があったので、今回もガチガチに固定して出場しようと思っていた。
というか、しないと絶対試合できないと思った。
直前でテーピングしたいんですけど、、と関係者に話をしたら、
「指のテーピング禁止になったんだよね」
とサラッと言われてしまい、ガチガチに固定してもまともにスパーリングができないくらいとにかく指が痛かった自分は試合当日にめちゃくちゃ絶望した。笑
その後、指がパカパカしてるんですけど、、、とドクターに言ったら、
「あー、そんな状態だとすぐ折れちゃう可能性ありますね、どうしよう」
みたいなことをこれまたサラッと言われ、まじかよ、そんな状態で試合したくねえなあなんて思いながらビビり散らかしていた。
グローブからテーピングが出なければOKと言われたので、グローブギリギリまでテーピングを巻いたが、靭帯が緩んでいる関節はほぼほぼグローブから出ていたので、ぶっちゃけただの気休めだよなと思いながらとりあえず試合に向けてアップなどを始めた。

リングチェックや前座の試合が終わり自分の番が回ってきたので、相手の入場後に自分もいつも通り入場。
なんだかんだで入場曲がかかった瞬間くらいから指の不安は完全に忘れ去っており、試合に影響はなかった。


試合開始直後、自爆で肋骨折れる

入場も終わり試合開始。
指を怪我した瞬間から打撃はできないから寝技でいこうと作戦を決めていたので、とりあえず適当に打撃を振りながら速攻でタックルし無事にテイクダウン。
相手の寝技が結構上手かったこともあり下になったり一度立ち組みの状態に戻ったりしつつ、相手に足をかけるような形で再度テイクダウンを奪った。
その際に相手に体重をかける形で倒れたのと、倒れた時の相手の体勢が横になっていたこともあり、肋骨に変な違和感が走った。
試合中なのでもちろんスルーだが、アドレナリンが出まくっている試合中でも明らかに痛かったので、絶対やらかしたと思った。
ちなみにここまで試合開始1分半。
そんなトラブルもありつつ、2Rを通してレスリングと寝技の展開で上を取り続けてジャッジ3者とも全てのラウンドを支持しての完封勝利。ちなみに心配していた指は試合が始まった瞬間から忘れていたが、特になんともなく無事だった。

勝利。ひっそりとDEEPでは4戦全勝。

落とせない復帰戦を塩勝利で飾り、ここまでのプロ戦績は5勝2敗とそこそこ整ったものになった。ただ、2試合連続で塩試合をしてしまったというモヤモヤを抱えつつ試合は終了した。
ちなみに開始早々痛めた肋骨は診断はしていないが確実に骨折していたと思う。※次戦の柴山戦でも肋骨を折られる(診断済)が、柴山戦の骨折より明らかに酷く、2ヶ月くらい壁レスが地獄だった。

確かこの試合の2ヶ月後に名古屋RIZINが開催されるという情報があり、今回の試合で良いアピールをしてオープニングファイトにでも出場出来ればと思っていたが、かすりもしなかった。笑
そもそも試合があまりにもつまらなさ過ぎて、マイクで喋ることを用意していたにも関わらずマイクを貰えず、まるで敗者のようにリングを降りたと思う。
結局この日メインで試合をしていた後輩に声がかかり、初めてRIZINのセコンドに入ったのが良い思い出。

無事勝利


後日談

試合の翌日は愛知県瀬戸市にあるイシツナMMA様で当時のRIZINチャンピオンのアーチュレッタセミナーがあり参加させて頂いた。
アーチュレッタがあまりにもデカく、これが世界レベルのバンタム級なら俺は出れる階級ないなと思った。(最近計量オーバー多くて悲しい)
ベルトを触るとベルトを獲れなくなるみたいな話があるらしいが、全く知らなかったので我が物顔で触りまくってしまった。
今のところベルトは1本も獲れていないので、もしかしてベルトを触ってしまったせいかと思いちょっと危機感。多分、関係ない。

RIZINとベラトールのベルト。重い

そんな色々と面白い経験もありつつ、RIZINのくだりを入れたことで少し時系列が分かりづらくなってしまったが、試合が終わって1ヶ月後の9月初旬にパンクラスからオファーが来る。
11月3日の大会で柴山鷹成選手と試合してほしい
とのオファーで、更には
相手は物足りないかもしれないがしっかりフィニッシュして貰えれば
みたいな感じの話だった。
当時の柴山選手はデビューしたばかりの選手で、デビュー戦を圧倒的な実力で勝利し無敗の選手だった。また、アマチュア時代にアウトサイダーなどにも出場しており、映像が見つかった全ての試合で相手を圧倒していたため、キャリアの差がある自分からすると結構やりたくない相手だった。
とは言え、パンクラスからのオファーを断るという選択肢もないのですぐに了承。
よく考えずに試合を受けたが、蓋を開けてみるとこの柴山選手がめちゃくちゃ強く、試合ではぶん投げられまくり、かなり苦戦することになる。

プロ8戦目 柴山鷹成戦の裏話へ続く。


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