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ネットに溢れる子育てや療育の情報に飲み込まれないで欲しい

こんにちは、sioです。

画像は釣り画像です。
大丈夫ですか?
私の信用落ちてないですか?笑

私は産後から、育児アカとしてTwitter(現X)にどっぷり浸かっていました。

産休育休中で孤独な中、同じ境遇のフォロワーさんと励ましあったり愚痴りあったり。
すごく助かりました。

今でも数人お友だち関係が続いています。

途中からInstagramも見るようになったんですが、私のおすすめ欄に
「愛情不足な子どもの特徴5つ」やら
「発達障害の原因は鉄分不足!」やら
刺激的なタイトルがどんどん表示されるようになり、カルチャーショックを受けました。

これ…根拠は?
この人は何者?
これを信じた人に不利益があったとき、この人は責任を取れるの…?

そう思いつつも、
自分が求めている答えがそこにある気がしてしまい、ついクリック。

今回はSNSやネットで子育てや療育の情報に触れるときに、私自身が注意していること、
そしてできれば多くの人に知っておいてほしいな、と思っていることを書こうと思います。

(これ自体も私の個人的な見解です🙇🏻‍♀️
ご自分の価値観や状況と照らし合わせてくださいね)

ちなみに私が想定している「専門家」の定義としては、

1.体系的な教育・訓練を受けている
2.専門知識・技能を実務で適用できる
3.継続的に学び、能力を更新する義務がある
4.倫理規範に従う
5.社会的責任を負う

です。


1. 「絶対」「必ず」はスルーする


試験問題の選択肢で、「絶対」「必ず」という言葉があったら疑え、というテクニックを聞いたことありませんか?

現実の子育てや医療、発達の業界で「絶対」「必ず」なんて言い切れる事象は、実際にはなかなか存在しません。
専門家だったら、使うのに慎重になるワードです。

これらの強い表現が多用された情報は、
「正しさ」よりも「バズり」を狙っている可能性が高いと感じます。

2. 発信者の立場を意識する


専門家が必ず正しいとは限りません。

寄り添ってくれない専門家よりも、寄り添ってくれる一般の方のほうが、
心を楽にしてくれることもありますよね。

ただ、その情報が根拠に基づくものなのか、それとも発信者の主観によるものなのかは意識してみてください。

データのほうが良いと言っているわけではなく、
「自分の周囲数人の話なのに、まるで一般的な事実であるかのように話す人」
には注意をしてほしいです。

なぜならバイアスのかかった情報である可能性があるからです。

3. 大きな主語や表現に振り回されない


これは私自身が陥っていました。

「母親」「子連れ」「ワーママ」などの大きめの主語は、全部自分に向かって言われているような気になって、
よく感情が揺さぶられていました。


子育てや療育の情報は、年齢や状況によって大きく意味が異なります

『縄跳びができない子はDCDかも?!』
それは「何歳で縄跳びができない子」ですか?

『読み書きが苦手な子、これやって!!』
「苦手」って何が基準ですか?

本来、診断やアプローチは、丁寧に且つ多角的にアセスメントを繰り返して行うものです。

簡単に言い切れるものではないんですね。

あたかもあなたに向けられたような表現でも、実際には関係のない情報がネットには溢れています。

時には距離を取る勇気も必要だと思います。

4. ビジネス目的ではないかを確認する


ビジネス自体が悪いわけではありません。

むしろ、保育や福祉や医療が「善意」や「自己犠牲」に依存するような構造は変えていった方がいいと思っています。

また、自治体や国の制度では限界があっても、
そこから踏み出せば選択肢はぐんと広げることができます。

それでも、子どもを想う親の気持ちや不安に漬け込むようなビジネスは個人的には反対です。

なぜなら相手はあなたを「いかに支援するか」という目ではなく「いかにお金を引き出すか」という目で見ているからです。

そんな目的であなたに近づいてくるような人が、あなたにとって有益な存在になるとは私には思えません。

5. 情報はあくまで「理想」を示すもの


「叱らずにこうしましょう」という言葉は決して
「叱ってはいけない」「今までのあなたは間違っていた」という意味ではありません。

正直、私も普通に「いい加減して!!」と怒鳴ります笑

・小学生のスクリーンタイムは1日2時間以内
・楽しみながら、お片付けを促しましょう♬
・毎日100マス計算をすれば学力が上がる
・朝食にもタンパク質をもう1品!

分かってる!
そりゃあそうでしょうとも。
でも完璧には無理!🤣

私はそれでいいと思います。
「知らなかった」と「知ってるけど、今の状況では無理」は違うと思っています。

知っていれば少しだけでも、行動が変わる可能性が残っていますから。

情報を「ルールが増えた」ではなく、「選択肢が増えた」と捉えられると良いんじゃないかと思います。



この記事を書いていて、私も立ち止まってよく考えてみました。

「自分の記事は紛らわしくないかな?」
「私はどんな情報を伝えたいと思っているんだろう」

私はやっぱり、専門書や文献の情報を
「分かりやすく、前向きに使える形」
にまとめていきたいなぁと思いました。

本来助けになるはずの専門的な知識が、
すでにいっぱいいっぱいの保護者をさらに追い詰めてしまうような状況に、私はしたくありません。

単純にそんなの、悲しすぎるし、もったいなさすぎますもんね。



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