「お金がすべてじゃない」は、最大の自己欺瞞だった
「お金なんてなくても幸せになれる」
15年前、重度のうつ病で会社を退職せざるを得なくなった時、私はこの言葉にすがりついていました。
それまでコツコツ貯めていた貯金は、高額な医療費と生活費で徐々に目減りし、ついにはゼロになってしまいました。両親からお金を借り、12年前から5年前までの7年間、実家でお世話になりながら生活することになったのです。
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■「お金より大切なもの」という甘い言葉の罠
その頃の私は、どうやってお金を使わないかばかり考えていました。
「お金がすべてじゃない」
「お金があっても不幸な人はたくさんいる」
そう自分に言い聞かせ、現実から目を背け続けていたのです。
5年前、少しずつうつ病の症状が改善してきて、やっと一人暮らしを再開することができました。今は就労継続支援A型事業所で、最低賃金での仕事に従事しています。
そんな私の価値観を大きく揺さぶる出来事がありました。先日届いたメルマガを読んだのです。
そこには「お金がすべてじゃない」という考え方の危うさが、克明に描かれていました。
特に心に刺さったのは「お金がないと、幸せを選ぶ自由すら失ってしまう」という一文です。良質な医療を受けること、栄養バランスの取れた食事を摂ること、快適な環境で暮らすこと。15年間の苦しい経験を経て、私は痛感していました。私たちの生活の土台には、否応なくお金という現実が横たわっているということを。
心理学では、現実と向き合うのが怖くて理想的な考えに逃げ込む心理状態を「認知的不協和」と呼ぶそうです。
まさに私は、長年その状態に陥っていたのかもしれません。
■静かに忍び寄る「お金」への偏見
メルマガを読んでいて、ハッとする場面がありました。
たとえば、日曜夜9時からのドラマでよく見かける光景。高級外車から降りてくる冷酷な社長が、部下を怒鳴りつける。「金のために魂を売った男」として描かれ、視聴者の反感を買う存在として配置されているのです。
その一方で、古びた自転車で下町の定食屋に通う主人公。家賃の安いアパートで質素に暮らしながらも、近所の人々から愛され、最後には「本当の幸せ」を手に入れる。
私は以前、こういったストーリーに心を癒されていました。「ほら、お金なんてなくても幸せになれるんだ」と。
でも、メルマガの著者が指摘するように、この構図自体が私たちの価値観を歪めているのかもしれません。
朝の情報番組でも同じです。「年収1000万円を目指す若者たちの拝金主義に警鐘」というニュースを流しながら、画面の端には高額な商品の広告が踊っている。まるで、お金を求めること自体を後ろめたく感じさせるような空気が、そこかしこに漂っているのです。
実際、私が両親に借金をして実家に戻った時、テレビで「シンプルライフの魅力」という特集を見て、妙に納得してしまったことがありました。
「物欲から解放された生活」
「心の豊かさこそが大切」
そんな言葉に救われる思いがしたのです。今思えば、それは現実逃避でしかありませんでした。家賃も払えず、病院にも通えず、明日の食事にも事欠く生活の中で、「心の豊かさ」だけを求めることがどれほど危険な考えだったか。
そして驚くべきことに、そういった「お金より大切なものがある」という価値観を発信しているメディア自体が、実は広告収入で膨大な利益を上げているのです。
一本のドラマの制作費用は数億円。情報番組のスポンサー収入は年間数十億円。私たちの「お金は大切じゃない」という価値観を形作っているのは、皮肉にも「お金」なのかもしれません。
■SNSが暴き出した「お金」の本質
メルマガの著者が指摘していた興味深い現象があります。それは、SNSの登場により、人々が「お金」について本音で語り始めたということです。
たとえば、何年か前にSNSで目にした20代の投稿。「正直に言います。お金があれば、両親を良い病院に入院させられたのに。安い病院では十分な治療を受けられず、後悔しかありません」。3万件以上の「いいね」がつき、同様の経験を持つ人々からの共感の声であふれていました。
また、匿名掲示板では「お金がないから、子どもに習い事をさせてあげられない。将来、子どもに『どうして僕だけ』と言われるのが怖い」という切実な悩みが書き込まれ、数百件のコメントが寄せられていました。
「保育園落ちた日本死ね!!!」というのもありましたね。
私自身、うつ病で苦しんでいた時期を思い出します。最低限の医療費を払うのが精一杯で、心理カウンセリングは諦めざるを得ませんでした。
メルマガでは、このような「お金の切実さ」を語る声がSNSで増えている理由として、匿名性を挙げています。テレビや新聞のように「お金より大切なものがある」というきれいごとを強要されない場所だからこそ、人々は本音を語れるのだと。
まさに、SNSは私たちの心の奥底に潜む「お金の本質」を、赤裸々に映し出しているのかもしれません。
■「幸せと交換できる券」としてのお金
メルマガでは、お金の本質について、とても明確な表現が使われていました。
「お金は、幸せと交換できる券である」と。
この言葉の意味を、私は身をもって理解しています。
うつ病が重症化していた頃、医師から「もっと頻繁に通院して、カウンセリングも併用した方がいい」と言われました。でも、お金がなかった。週1回の通院を月2回に減らし、カウンセリングは諦め、薬も安価な後発医薬品に切り替えました。
その結果、回復までに倍以上の時間がかかってしまったのです。
特に忘れられないのは、10年前の心不全での入院です。
激しい咳と息切れで医師から即日入院を強くすすめられ、うっ血性心不全、不整脈、高血圧の診断を受けました。
2週間の入院費用は30万円。当時の私には、とても払える金額ではありませんでした。両親に頭を下げて借金し、後で高額療養費制度や生命保険での給付金である程度まかなえましたが、あの時の無力感は今でも鮮明に覚えています。
メルマガの著者は言います。
「お金があれば、良質な医療を受けられる。快適な住環境で暮らせる。栄養バランスの取れた食事が摂れる。家族との大切な時間が持てる」
たしかに、最低賃金で働く今の私には、両親に会いに行く交通費すら、悩ましい出費です。
ある投資家の言葉が印象的でした。
「お金は、時間と選択肢を買える唯一の道具だ」と。
たとえば、通勤時間1時間の物件と、30分の物件。家賃は月3万円の差。1年で36万円、10年で360万円の差額は大きい。でも、その10年間で失われる往復1時間、年間500時間、10年で5000時間という時間。この時間があれば、どれだけ多くの可能性が広がるだろうか。
そう考えると、「お金がすべてじゃない」という言葉は、私たちの目を真実から逸らせているのかもしれません。
たしかにお金はすべてではありませんが、幸せを選ぶための大切な「交換券」なのです。私は、そのことを痛感させられました。
■お金と向き合う勇気が、人生を変える
メルマガの最後の一文が、私の心に深く刺さりました。「お金と正しく向き合うことは、自分の人生と正直に向き合うことだ」という言葉です。
たしかに、私は長年「お金なんて大切じゃない」と言い聞かせることで、自分の現実から目を背けてきました。うつ病で働けなくなり、貯金がゼロになり、両親に借金をして実家に戻った時も、「心が豊かならそれでいい」と自分を慰めていました。
でも、それは違ったのです。
心の豊かさももちろん大切です。でも、お金がないために選択肢を奪われ、可能性を狭められ、大切な人との時間さえ削らなければならない。そんな現実から目を背けることは、むしろ不誠実なのかもしれません。
今、私は就労継続支援A型事業所で最低賃金での仕事に従事しています。毎月の給料は決して多くありません。それでも、これからは「お金なんて関係ない」という甘い考えに逃げ込むのではなく、しっかりとお金と向き合っていこうと思います。
なぜなら、お金は「幸せを選ぶ自由」をくれるものだから。
良質な医療を受ける自由、健康的な食事を選ぶ自由、快適な環境で暮らす自由、大切な人との時間を持つ自由。これらの自由を手に入れるための「交換券」として、お金は確実に必要なのです。
メルマガの著者は最後にこう締めくくっていました。
お金がすべてじゃないのは確かです。でも、お金は私たちの選択肢を広げ、より良い人生を送るための大切な道具なのです。その事実から目を背けず、正直に向き合うことこそが、本当の意味での「心の豊かさ」なのかもしれません
この言葉に、私は深くうなずかずにはいられませんでした。
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