見出し画像

普通の自分のままじゃ人生を絶対動かせない。狂気を味方につけて飼いならせ

目が覚めたとき、少しだけ後悔していました。

また「普通」の日常が始まってしまう、と。


■そのままでいたら、何者にもなれない気がした朝


昨日、あるメルマガを読みました。

何者かになりたいなら、狂気を心に宿せ

と書かれていたんです。

その一文に、胸を鷲掴みにされたような感覚がありました。

あなたは、今の自分に満足していますか?

私は、うつ病を抱えながら、就労継続支援A型事業所で働いています。発信を始めたのは2024年の春、気づけばnoteの更新も毎日の習慣になりました。でも、心の奥にずっと引っかかっていたものがあります。

それは、

「このままでは、何者にもなれない」

という焦りでした。

昼は眠気と腰痛に耐えながらの勤務。夜は疲労感の中、noteの下書きを進める。そんな毎日を繰り返しながら、でもどこかで、「もう少しだけ挑戦できたら」と感じていました。けれど、何をどう変えたらいいのか、わからなかった。

そんなときに、昨日のメルマガを読んだのです。

そこには、こう書いてありました。

普通になった瞬間、すべてが終わる。人生を変えたいなら、心に「狂気」を宿せ

この言葉が、私の中の何かを、確実に揺らしました。

あなたはどうですか?

安全に、無難に、普通に生きてきた結果、何者かになれましたか?

■「普通」を選ぶことのほうが、よほどリスクだった


たしかに、狂気なんて怖い言葉かもしれません。

でもあのメルマガでは、狂気は「人生を変えるために必要な熱量」だと定義されていました。

たとえば、メルマガの著者の話です。

大学卒業と同時にフリーランスになり、初月から案件を獲得。睡眠3時間でも集中し続けた夜。冷や汗をかきながら、気がつけば6時間が過ぎていた日々。狂気と呼ぶにふさわしい熱意が、そこにあったのだそうです。

私には、そんな熱があるだろうか?

夜10時に寝て、朝4時に起きる。

眠る前はYouTubeを流して、少しだけnoteの構成を考えるふりをして。でも本気で人生を変えるつもりなら、それで十分だったとは思えません。

このまま、無難で、普通で、誰にも嫌われない投稿を続けていたら、私は誰からも覚えられないまま終わる気がしてしまいました。

あなたも、そんな感覚に覚えがありませんか?

あのメルマガを読んで、私は思いました。

「普通でいることが、いちばんのリスクだ」と。

狂気とは、何も壊すことじゃない。全身全霊で「ここから変える」と決めて、動き続けること。その覚悟だけが、人生の景色を変えるのだと。

私も、そこに向かいたいと思ったのです。

■あなたの狂気は、どこに眠っているのか


狂気なんて、自分には縁のない言葉だと思っていました。

メルマガの著者は、自分の狂気を引き出す方法として「映画の主人公になりきること」を挙げていました。

映画の主人公は、だれよりも苦しみ、だれよりも戦う存在。そして、ラストで逆転する。

それって、もしかして――いまの自分のことかもしれない。

気づいた瞬間、心の奥で何かが動きました。

あなたは、自分の人生を主人公として見たことがありますか?

私は、見たことがありませんでした。ただただ、誰かの物語の「脇役」として、そこにいるだけだった。

だけど、もし、いまが映画の序盤なら?
もし、いまの苦しみが「転」の入り口だとしたら?

そう考えたら、少しだけ、世界が違って見えてきたんです。

たとえば、就労継続支援A型事業所で働きながら、毎日noteを書いていること。これまでなら、「なにやってるんだろう」と思うこともありました。けれど今は、「これは物語の準備シーンだ」と思えるようになりました。

あなたの物語は、どんな展開を迎えようとしていますか?

■地味で報われない日々も、主題歌が流れる場面だった


昨日の夜、メルマガを読み終えたあと、私はパソコンに向かいました。

いつもなら、腰の痛みを言い訳にして、20分でやめていたnoteの執筆。

だけどそのときは、違いました。

「これは、主題歌が流れている場面だ」と思ってみたんです。すると、ふしぎなくらい、言葉が出てきたんですよね。

私は、すごく地味な人間です。SNSでバズったこともないし、実績もたいしてありません。でも、そんな自分にも、描きたい物語があると気づけたのです。

これって、すごく大きな一歩じゃないですか?

狂気は、ある日突然やってくるものじゃない。
意図的に、自分で呼び覚まさないといけない。

その方法が、「自分を主人公に見立てること」だったのだと思います。

あなたにも、心がざわつく瞬間がありませんか?

「このままじゃ終われない」と、静かに胸が熱くなる瞬間が。

それこそが、狂気の芽なのだと、私は信じています。

■正気はブレーキ、狂気はアクセル


昨日読んだメルマガの中で、著者はこんな言葉を残していました。

正気はブレーキで、狂気はアクセルだ

その一文が、ずっと頭から離れませんでした。

あなたにも経験があるのではないでしょうか?

やる気になっていたはずなのに、ふと我に返ってしまう瞬間。「こんなことやって意味あるのかな」とか、「もう無理だ」とか。せっかく火がついたはずの熱が、するすると冷めてしまう。

私もまさに、そういう場面に何度も立ち会ってきました。

SNSでフォロワーが増えず、noteに「スキ」がつかず、身体はだるくて、腰は痛くて、心の中では「どうせ……」という声ばかり。なにかひとつ歯車が狂えば、簡単に諦めそうになってしまう。

だからこそ、著者が教えてくれた「狂気を取り戻す方法」は、私にとって、とても大切なヒントでした。

あなたは、自分の火が消えかけたとき、どう立て直していますか?

■魂を震わせる音楽が、狂気を呼び覚ます


著者は、狂気を取り戻す手段として「魂の音楽」を挙げていました。中でも「MOROHA」というアーティストの曲『革命』が、何度も支えてくれたとのこと。

リンクも載っていて、私はすぐに聴いてみたんです。

聴き終えたとき、私の目に熱いものが。涙が出るようなことなんて、滅多にないのに。

荒々しい言葉、素直すぎる叫び、剥き出しの感情。私の中に眠っていた「やってやるんだ」という想いが、少しずつ起き上がってくるのを感じました。

あなたにも、心を突き動かす音楽や映像はありますか?

思えば、私はこれまで、何かに頼ることが苦手でした。人に頼るのも、ツールに頼るのも、自分を甘やかすようで怖かったんです。

でも、著者はこう言っていました。

自分だけの力で頑張らなくていい。人類の叡智を使えばいいんだ

この言葉に、私はすくわれた気がしました。

本や映画、音楽、誰かの言葉、過去の記録。

それら全部が、明日を生き抜く自分の味方になるのだとしたら、狂気を宿すことは、けっして孤独な戦いじゃない。そう思えたんです。

■「狂気」とは、自分で決めたことを守りきる力


熱意や行動力という言葉には、どこか遠いイメージがありました。

才能のある人、時間のある人、若い人。そういう人たちだけが手にできるもののように感じていたのです。

でも、この数日、自分の生活を振り返ってみて気づきました。

狂気というのは、必ずしも「圧倒的な努力」のことではないのかもしれません。

自分で決めたたった一つの小さなこと――たとえば

「10分だけでもnoteを書く」
「朝、ベッドでスマホを見る前に深呼吸する」

そんな「誰にも気づかれないような選択」を、守り抜くこと。それこそが、日常の中にある静かな狂気ではないかと。

あなたにも、そういう約束がありますか?

「普通でいることがリスクだ」と聞くと、何か大きな挑戦をしなければと焦りますよね。

でも、リスクとは、行動しないことで起こる「無風の退屈」のようなものかもしれません。確実に何かを失っていくのに、それに気づかないまま、日々が過ぎていく。それが、私にとっての「普通」でした。

狂気は、身の丈に合わなくていい。でも、自分だけには、背を向けない。それが、何者かへの第一歩だと今は思います。

■変わることを選びたい。でも「変わるための自分」を整えていこう


昨日読んだメルマガの中に、「人生を変えることに熱狂しよう」とありました。

その言葉の勢いに、思わず震えました。でも正直に言うと、私はまだ、熱狂というほどの情熱を持てていません。

毎日、時間が足りないと感じているし、糖尿病の通院、腰痛、疲労感……。自分を取り巻く現実は、熱狂とはほど遠い場所にあります。

それでも、何者かになりたい。このままでは終わりたくない。

だから私は、「熱狂できる自分」を育てていくことに決めました。

いきなり火はつかない。でも、薪をくべ続けることはできる。

昨日より10分早く机に向かう。
今日だけ、スマホに手を伸ばす前に1行noteを書く。

それだけで十分だと思えるようになったんです。

あなたにも、いまの自分に合った「狂気の入口」がありますか?

無理に燃え上がらなくていい。
でも、手を止めずに、静かに薪をくべていく。

それがあなたの物語の始まりになるかもしれません。

■最後に。等身大のまま、火を灯すということ


私は、成功者ではありません。
でも、昨日よりも自分を信じられるようになりました。

それは、狂気を「自分のサイズで扱う方法」を知ったからです。

毎日noteを書く。書けない日があっても、読み返す。読み返せない日があっても、明日をやめない。

そんな等身大の行動でも、自分の中にある「何者かになりたい気持ち」は、確かに息をしています。

あなたは、どこで足踏みしていますか?
どこからなら、一歩踏み出せそうですか?

このnoteを読み終えたあと、ほんの5分でもいいから、狂気の側に立ってみてください。誰にも見られない場所で、自分との約束を一つ、果たしてみてください。

普通であることは、安全に見えて、確実に「可能性」を削っていきます。だからこそ、常識を超えて、あえて一歩ずれてみる。そこからしか見えない景色が、きっとあるはずです。

私は明日もnoteを書きます。それが、私にとっての狂気だからです。

あなたも、今日ひとつ、自分だけの狂気を選んでみませんか?


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

もしよければ、あなたの感想を教えていただけませんか?

どの一節が心に残ったか、どんな気づきがあったか、あなたの声をぜひ聞かせてください。

また、スキやフォローをいただけると、この上ない励みになります。

これからも、皆さんの成長のお手伝いができれば幸いです。

共に成長していける仲間として、これからもよろしくお願いいたします。


いいなと思ったら応援しよう!

おっさー 夢を追う皆さまへ! あなたの応援が私の活動を支えています。サポートにより、より深い洞察や実践的なコンテンツをお届けできます。共に学び、成長しましょう。今すぐフォロー&サポートで、質の高い情報を逃さずキャッチ。一緒に夢への道を歩みましょう!