見出し画像

ケーキの切れない睡眠障害者たち

薬を飲んでも眠れなくなり、ようやく自分の不眠と向き合うことになった。
これまで通院していた病院では毎月薬を処方してもらっていたが、いつも簡単なカウンセリングだけで、検査らしい検査を受けたことがなかった。そのことを友達に相談したところ、親身になって話を聞いてくれる心療内科を紹介してくれた。

電話をかけると運良く当日空きがあり、そのまま病院に向かった。

予約していた斉藤です。受付での簡単な挨拶の後、こちらをご記入くださいとバインダーを渡された。はいはい、問診票ね。流れ作業のように手を伸ばすと、視界から受け取ったはずのバインダーが消えた。沈んだ左手の先を見ると、バインダーに問診票が15枚近く挟まっていた。

バカな。8度見した。
診察前に、書類で、何をそんなに確認することがあるのか。紙を止めているストッパーは、僕の心と同じように、今にも弾けてしまいそうだ。不眠で仕事が手につかないから病院に来ているのに、15枚も記入を要求されている。それが滞りなく出来るなら、僕は今日受診していない。
しかし、永らく悩み続けた睡眠障害の真相が解明するかもしれない。こういった煩雑な作業を後回しにし続けた結果、今こうして会社に、社会に迷惑をかけている。僕は覚悟を決めて待合室に進み、問診票を書き始めた。




ふう。
ようやく書き終えた。ふと時計を見ると来院から1時間弱が経っている。僕より後に来た患者も含めて、待合室には誰もいない。時間をかけすぎたのかもしれない。しかし、働かない頭を必死に使って書いたのだ。1枚4分なら上出来だ。

提出のために入口に向かうと、さっき会ったばかりの受付の方も、昔馴染みに見える。
お久しぶりです、覚えていますか。
1時間ぶりに受付にやって来た疲労困憊の僕に対して、彼女は怪訝な顔ひとつせず爽やかな笑顔を向けてくれた。好きだ。君に届け。僕の利き顔である右顔ができるだけ見えるように、左斜め26°の角度をつけて渾身の15枚を提出する。彼女は怪訝な顔で受け取った。

待合室に戻ってしばらくすると、別の女性に呼び出された。爽子ちゃんは照れて僕と話せないのかもしれない。自認・風早くんの僕があれこれ妄想していると、事務的な冷たい声で案内が進む。

「先生の診察の前に、一度こちらの部屋にお入りください」

ううん?診察の前に?
15枚の問診票を乗り越えたのに、まだ診察を受けれないのか。もう疲れた。早く寝たい。先ほどまでの立派な風早くんはもう見る影もなく、気怠げな態度で案内された部屋に入る。
中には、また別の女性が座っていた。

「こんにちは。お入りください」

保健室の先生を擬人化したような彼女は、恐らくカウンセラーの先生だ。心療内科には、ドクターと別にカウンセラーの先生がいるのかもしれない。問診票を元にした質疑応答がはじまる。受け答えが終わると、彼女は徐に一枚の白紙を取り出した。

「こちらに、"ミノナルキ"を描いてもらえますか」


ミノナルキ…?


実の…なる木…?


言葉の意味は少し遅れてやってきたが、指示された意味は全く理解できていなかった。白紙に実のなる木を描いたところで、僕の不眠の何がわかるのだろうか。
少しの逡巡のあと白紙を受け取り、一筆目を書き始めたのも束の間、脳裏に一つの書籍がよぎる。

これは『ケーキの切れない非行少年たち』か…?

犯罪者でありながらケーキを3等分できない非行少年たちの、思考上の困難を例に、彼らの背景にある知能や支援の欠如を描き、社会的な誤解と支援の必要性を問いた話題の書籍。
僕は今、実のなる木を描くことを通じて、認知能力の欠如や、知的発達の遅れを疑われているのかもしれない。

一体なぜ…?もしかして…




おれが問診票15枚に1時間もかけたから…?




画像出典:WEBザテレビジョン「Xで定期的万バズする…」より

ここでいま認知能力の欠如を指摘されたら心がもたない。睡眠障害者になんて過酷な試練を与えるんだ。十分な睡眠が取れていないのだから、認知能力も歪むに決まっている。

これまで数多くの睡眠障害者が挑んだに違いない"ミノナルキ"。眠気に負けて適当な木を描こうものなら、睡眠障害以外の何を診断されるか分からない。道半ば敗れた、"ケーキの切れない睡眠障害者たち"に思いを馳せ、静かな闘志をたぎらせる。睡眠障害者を代表して勝ってみせる。

僕らはただ、眠れないだけだ。

続き(自信作)↓

◯今月の渾身の記事↓

社会不適合日記

毎週木曜20:00更新+不定期
うつ病と怠惰の狭間で、自身の社会不適合性を茶化しています。
次回は「精密検査の診断結果」についてです。
よかったらフォローしてね。

いいなと思ったら応援しよう!

おともだちぱんち 検討していただきありがとうございます。 スキやコメント、フォローで十分嬉しいです。是非ご自身のためにお使いください。