【連載小説】 何を知る #099 甘い顔で笑うから ①
第2章 第1節 甘い顔で笑うから
……歌穂ちゃん、遅いなあ……。
20時15分。日曜日の寮の門限は20時。歌穂ちゃんはまだ帰ってきていない。部屋に上がってくる前にトイレに行ったのかな、と思って見に行ったけど電気はついていなかった。
20時半から自習時間なので、勉強道具を持って部屋を出る。
……そうだ。自習室に行く前に、寮母さんの部屋に寄っていこうっと。
「歌穂ちゃん、帰ってきてますか?」
と訊くと、寮母さんは「ちょっと待ってね」と言って電話器のほうに行った。
「親御さんから連絡が入ってますね。明日そのまま学校に行く、って」
「あ、そうですか……。それなら、よかったです」
と返事をして自習室に行きながら、本当に間に合うのかな? と訝しく思う。H県の出身である歌穂ちゃんは、実家までは新幹線と特急を乗り継いで2時間かかると言っていた。
だけど、朝は8時20分までに教室に着かなければならない。
……うーん、なんか計算が合わない……。
と思いながら、自習室のいつもの席に座り、勉強道具を広げた。
歌穂ちゃんのいない朝、一人で起きて、みんなで食堂で朝ご飯を食べて、部屋に戻って支度をして、一人で部屋を出た。一人で上がった2年8組の教室に、歌穂ちゃんはいなかった。
「美衣羽、おはよ」
と声をかけてきた西森翠が、
「谷町先生が職員室に来てって言ってた」
と言ってきた。
「え、わたし? なんの件?」
「なんの件かは知らないけど、美衣羽が来たら職員室に来るように伝えて、って言われた」
心当たりは全くないが、
「そっか。ありがとう。行ってくる」
とお礼を言って教室を出た。
職員室に入ると谷町先生が誰かと話しているのが見えて、少しためらいながら近づいて声をかけた。
「おはようございます。あの、お呼びだと聞いて……」
声をかけると谷町先生がこちらを向き、谷町先生と話していた人もこちらを向いた。
……え。
寮母さんが、なんでここに……?
「おはよう」
まるでノンフィクション番組のナレーションのような言い方で、谷町先生が言った。
「美衣羽、落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
……そう言われると逆にそわそわするが、「はい」と言って青いアイシャドウの目を見つめた。
「歌穂がね、学校を辞めることになったの」
……え?
歌穂ちゃんが、学校を辞める?
「え、歌穂ちゃん、辞めるんですか、学校」
首を縦に振った谷町先生が、
「普通科へ転科しないか、って言ったんだけどね。……辞めるって」
と言った。
「……その、辞めるっていうのは……」
突然のことに、頭がついていかない。
「決定なんですか」
と訊ねると、「うん。残念だけど」と谷町先生は答えた。
「それでね、美衣羽」
寮母さんから呼ばれ、状況が飲み込めないまま「はい」と返事をする。
「放課後、一緒に部屋の片づけをしたいと思っているのですが、いいですか?」
「……はい、それは、別にいいですけど……」
谷町先生の顔を一瞬見た寮母さんが、
「では、放課後はすぐ戻ってきてください」
とわたしに言った。
「はい、わかりました……」
朝のホームルームで谷町先生からみんなに、歌穂ちゃんが学校を辞めることが知らされた。谷町先生のことを信じていないのではないけれど、歌穂ちゃんの口から直接聞くまで信じられないな、と思った。
#100≫
≪#098
いいなと思ったら応援しよう!
頂いたサポートは、執筆のお供のコーヒー代に当てさせていただきます!