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【連載小説】 何を知る #100 甘い顔で笑うから ②

 帰りのホームルームが終わると、クラスメイトが集まってきた。
 「歌穂ちゃんによろしくね」
 「うん」
 寮には寮生以外立ち入ることができないので、みんなはもう会うことができない。一日で急いで用意した、歌穂ちゃんへの感謝で埋め尽くされた寄せ書きの色紙を持って、寮生の矢口やぐち天音あまねと一緒に教室を出た。
 「今から歌穂ちゃんに会って、頑張って説得して、学校辞めるのを考え直してもらえたりしないかなあ」
 わたしが天音に言うと、
 「……どうかな。辞める理由にもよると思うけど、訊いていいものなのか、わからないよね」
 と言われ、むやみやたらに訊いてはいけないか、と思う。
 寮に戻ると寮母さんが玄関で待っていて、
 「10分後に行きますので」
 と言った。
 「はい」
 時計を見て時刻を把握し、部屋に上がって鍵を開け、電気をつけた。
 「めちゃめちゃ綺麗な部屋……」
 ついてきた天音が、わたしと歌穂ちゃんの部屋を見て声を上げた。天音は高島女子中学校に通う中学2年生の妹と同じ部屋に住んでいて、そこはまるで二人の実家みたいに生活感の溢れる部屋になっている。
 そういえば……。
 先週ずっと歌穂ちゃんは机回りを整理していた。「もうすぐ大掃除だから」と言って。「早いね。別に散らかってなんかないのに」なんてわたしは笑っていたけれど、歌穂ちゃんはそのときからもう決めていたのだろうか。
 「そのとき気づいていれば、止められたかもしれないのにな……」
 みんなからの色紙を握りしめたまま、大きな声で独り言を呟いた。
 ドアが3回ノックされて、「美衣羽、入りますよ」という寮母さんの声が聞こえた。ドアを開けると、立っていたのは寮母さんと谷町先生、空の段ボールを載せた台車を引いた家永先生の3人だった。
 「歌穂ちゃんは……?」
 私が訊ねると、寮母さんと谷町先生がお互いの顔を見た。
 「歌穂は、先ほど退学手続きを終えて実家に帰りました」
 答えたのは谷町先生だった。その事務的な口調に頭に血が上りそうになって、思わず両手をぎゅっと握りしめた。
 「じゃあもう歌穂ちゃんには、会えないんですか」
 「はい」
 『はい』って……。
 敬語になんだか腹が立つし、それに……。
 歌穂ちゃんにもう会えないことを、先に教えてくれればよかったのに……。なんで隠してたんだろう。
 谷町先生への不信感が募るけれど、寮母さんがなんだか面倒そうな顔をしたので、追及することを諦めたわたしは「どうぞ」と3人を部屋の中に通した。
 「こっちが、歌穂ちゃんのです」
 入って右側の壁に面したベッドとデスク、クローゼットを歌穂ちゃんは使っていた。
 寮母さんがクローゼットを開けて中を確認し、谷町先生がデスク周りにそっと近づいた。家永先生が台車から空の段ボールを持ってきて、部屋の中に置いて回っている。
 「(美衣羽、私、戻るね)」
 「うん……」
 歌穂ちゃんに会えないとわかったので、天音はそう言って部屋から出て行ってしまった。
 人間が4人もいるのに誰も一言も発さず、黙々と片づけていく。あまりにも静かで、怖くて叫びたいくらいだ。
 一旦色紙を置いて、ドアの裏に貼られたポスターに手をかけた。歌穂ちゃんが好きだったタイの3人組男性アイドルのそれを、また貼れるように、破らないように気をつけて剥がし、丁寧に丸めた。
 ……消えちゃった……。
 結局誰が誰なのかわからなかったアイドルなのに、いなくなるとこんなにも寂しいんだ……。
 家永先生が、大きな荷物から段ボールに詰めていっている。少しずつ、この部屋から歌穂ちゃんの持ち物がなくなっていく。
 まるで、歌穂ちゃんとの思い出まで、消えていくみたいで……。
 ……そんなの、耐えられないよ……。
 「……あの」
 デスクの棚を片付けていた谷町先生を見て言った。
 「……出かけてきます。わたしのか歌穂ちゃんのかわからない荷物はないと思います。もし判断に迷うものがあったら、歌穂ちゃんに送る荷物に入れておいてください。……あと、これもお願いします」
 みんなで書いた寄せ書きの色紙を谷町先生に渡した。そして寮母さんに向かって、
 「片付けが終わったら、鍵をかけておいてください。では、失礼します」
 と言って、ドアノブを掴んだ。『美衣羽』と呼ぶ声を無視して部屋を出た。
 ……教室に行ってみんなと、歌穂ちゃんとの思い出を語ろう。
 思い出が、消えてしまわないように……。
 涙が溢れてきてほとんど何も見えないけど、1年9か月も通えば何も見えなくても学校までたどり着ける。
 昇降口から入り、右に行けば教室棟だ。
 「ごめんなさい、今、撮影やってて……」
 目元を肘の内側で拭いていたので反応が遅れたが、『生徒会』という腕章をつけた人から止められてしまった。目が合うとその人は、少し心配そうな顔を見せた。
 「あ、すみません……」
 学校紹介の動画撮影中で通れないと言われたので、教室には職員室横の階段を上がって行くしかないようだ。階段の振動で鼻水が滑り落ちてこないように、鼻に力を入れながら、顔を上げて歩く。
 ……わっ。
 ピンクのシャツが視界に入り、わたしはまるでポスターみたいに、背中を壁に貼り付けた。


#101

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桜串 あや │ 『何を知る』完結しました! 頂いたサポートは、執筆のお供のコーヒー代に当てさせていただきます!