王神愁位伝 第4章【葬華なる銀昏架】 第30話 暗闇の底で、凡人は光を乞う
第30話 暗闇の底で、凡人は光を乞う
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王神愁位伝 設定資料集【ココロのノート】

——時は少し遡る。
タイヤン軍隊長・玲王と、その妻・由空が ”捕食植物” の中に囚われていた、その時。
"ググググググ・・・"
「はぁ・・・はぁ・・・っ、くそ!」
植物の内部は、太く頑丈で鋭い棘を持つ木々が蠢き、徐々に玲王と由空の身体を蝕んでいた。 さらに最悪なことに、内部の酸素が外に排出されているのか、時間が経つにつれ、じわじわと息苦しさが強まっていく。
(まずいな・・・)
大きなお腹を大事に抱え、苦しみに耐える由空。玲王はそんな彼女を強く抱きしめながら、冷や汗を流していた。
(早く出ねえと、由空と・・・)
玲王は由空の大きなお腹を見て、苦々しい表情をした。
(セカンドを解放したいが・・・由空と密着しすぎて、衝撃が心配だ。しかも、この棘・・・毒か?プライマルの由空に掠りでもしたら・・・っ!)
由空に棘を一本たりとも触れさせまいと、玲王は己の肉体を盾にして彼女を覆う。そのせいで、自身の背中や肩に刺さった棘から、ドス黒い痺れが広がっていくのが分かった。
「れ、玲王・・・」
「っ!由空。」
由空は青白い顔で、玲王の頬を優しく撫でた。
「ご、ごめんなさい。私がいるから・・・セカンドを解放・・・できないのですよね。」
「・・・っ、違う。この中が訳わからねえから、様子見してるだけだ。余計なこと、考えるな。」
強がる玲王に、由空は愛おしそうにクスッと微笑むと、彼の手を取って自分の大きなお腹に当てた。
「玲王、お願いです。・・・もしもの時は、この子だけは・・・」
"ググググググ!"
「・・・ぐっ!」
「ぁあ!!」
無慈悲にも木々の締め付けが激しさを増す。容赦なくお腹を圧迫され、由空が短い悲鳴をあげた。
「ゆ・・・由空!!」
なんとか腕の力でスペースをこじ開けようとするも、植物はびくともしない。由空は涙の浮かぶ瞳を玲王に向け、消え入りそうな声で、だが明確な ”母親の遺言” のように紡いだ。
「この子を・・・絶対この子を・・・守ってください・・・お願い・・・」
"プシューー!"
「!?」
突如、内部の酸素を完全に吸い出すような不気味な排気音が響く。 一瞬で空気が消え去り、玲王の視界が急激に暗転していく。朦朧とする意識の底へ、底へと沈んでいく中で・・・・玲王の脳裏に、己の半生が走馬灯のように駆け巡る。
(・・・・っ、くそ!!なんでこんな時に思い出すのが・・・最悪なガキの頃なん・・・だ・・・よ・・・・・)
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——そう。思い出すのは、”太陽の要塞” タイヤン地方で生まれた、あの最悪な子供時代。
俺の親父は、タイヤン軍隊長と軍部元帥を兼務する、誰よりも ”完璧な強さ” を求めた最強のセカンドだった。 身体は大きく頑丈で、誰からも英雄と称えられ、頼りにされる ”完璧” な男。事実、親父が軍隊長として君臨していた時は、どんな戦火でも、被害を最小限に抑えていた。
・・・だが、俺にとっては最悪の父親だった。
俺は生まれつき、目が見えづらい体質だった。世界に色はなく、周囲は常にぼやけ、物の識別すら難しい。 血錬をしても上達しない俺の目が、そんな状態だと親父が知った瞬間——あの冷徹で拒絶が滲んだ瞳を向けられたことを、今でも覚えている。 ”欠陥品” を見るような目で俺を一瞥し、それ以来、親父は一切家に帰ってこなくなった。
『ぼくの目が治れば、父ちゃんは帰ってきてくれるかな?』
そう何度も、母親に聞いていたが、母親は涙を流すだけだった。だから幼い俺は、自分なりに強くなろうと頭の中で想像しながら、血錬に励むことが増えた。それによって、頭の中で計算するのが得意になっていた。
それから数年後。俺が軍部に所属する年齢になった時、親父は一度だけ突然帰ってきた。 ——そして、地獄が始まった。
親父は嫌がる俺の首根っこを掴み、激しい嫌悪感を放つ "緑色に輝く石" のようなものを取り出すと、俺の叫び声もお構いなしに言い放った。
『お前みたいな、不完全な奴が息子がいると知られれば、軍部の恥だ!俺の息子だ、目さえ見えれば完璧になるのだろう?!!!』
『あなた、やめてあげ・・・』
『お前は黙ってろ!!!』
止める母親を突き飛ばし、親父は俺の目元から頬の肉を抉り、その "緑色に輝く石" をいくつも顔に埋め込んだ。
激痛で意識を失い、半年ほど寝込む羽目になったが・・・目が覚めた時、世界は色鮮やかに、くっきりと見えるようになっていた。何故治ったのか、あの石が何なのかは今も分からない。
しかも親父は、『見えるようになったなら、俺のような完璧なセカンドを目指せ!』と、死にかけの過酷な血錬を強いてきた。
いつも頭の中で血錬を想像していたせいか、計算だけは得意になった俺は、攻撃の軌道調整は誰にも負けなかった。だが、親父には関係ない。力だけが正義だから。
『あの軍隊長の息子なのに・・・なんか、ぱっとしないな。』
『軍隊長の息子だから、もっと凄いかと思っていたよ。』
『本当に君は、軍隊長の息子なのかい?そんなんで、生きているのが恥ずかしくないのか?』
軍部に入ってからは、親父だけではなく、周囲の期待に応えるのにも必死になった。何を言われたって、子供の頃は認められたかった。 必死に親父の背中を追い、周囲からの期待に応えようと努力し続け・・・だが、どんなに努力しても近づけない親父の背中に、15を過ぎて心が折れた。
——というか、グレた。
"シャキン!"
『おら、おらぁ!!くそマダムがぁぁぁあ!!!死にやがれ!!!』
グレてからの俺は、より酷いものだった。親父に認められない寂しさと、周囲からの冷ややかな視線から逃げるように、憂さ晴らしでマダムを切り刻む毎日。幼馴染の真鹿と布伎も遠ざけていた。
もう何が嫌なのか、よく分からない感情で全てが支配されていたんだ。・・・そう、俺はイヤイヤ期、真っ只中だった。
頬に埋め込まれた "緑色に輝く石" を見るたび、自分が ”完璧ではない欠陥品” だと烙印を押されているようで、そこら辺にあったオレンジ色のペンキで塗り潰した。 家族なんて、クソ喰らえだ。そう思っていた俺の前に、あいつが現れた。
『太陽のようなセカンドさん、私を妻にしてくださいな。』
この世の全てに嫌気をさしていた時、現れたのが由空だった。どこかで助けたらしいが覚えてない。 家庭を持つ気なんてない俺がどれだけ冷たくあしらっても、由空はひたすら真っ直ぐで純粋な好意を俺に与え続けた。
どんな時も笑みを絶やさないあいつに、いつしか俺は・・・惚れていたんだ。 そして、常に周りから親父と比較され貶され、長年、自分の存在価値に疑問を抱いていたことを、初めて由空に吐き出していた。話終えた後、たまらなく恥ずかしく後悔の念が襲ったが・・・由空はそんな俺を見捨てず、涙を溜めた真っ直ぐな瞳で言ったんだ。
『あなたは、ここにいる・・・生きているだけでいいのです。例え誰かが、否定しようとも、貶そうとも、関係ありません。あなたが、生きて息をし、ここにいる。それが重要なのです。それ以上に大切なことなど、どこにあるのでしょう?』
俺の代わりに涙を流し、言い張る由空。俺もつられて涙を流してしまったが・・・初めて、自分の存在そのものを肯定された気分だった。家庭は持ちたく無いと言うつもりが、いつのまにか、由空となら、温かい家庭を作れるんじゃないかとさえ、思っていた。
それから19になり、由空と結婚した。幸せになろう、幸せにしよう。そう浮足立っていた時、母親が死んだ。
休戦間近の激戦が続いた頃、実家にマダムと月族が襲いかかり、呆気なく死んだ。初めて、親父の元に急いで駆け込んだが、言われたのはたった一言。
『そんなことより、お前は天神になったのか?お前の血には、弱者の感情など一滴も混ざってはならない。我々は、”完璧”でいなければならないからな。』
そのあとは正直覚えてない。幼い頃は、寂しさから俺に手を上げるような母親だったが、それでも育ててくれた恩はある。
怒りに支配され、セカンドを解放し襲いかかったのを、真鹿と布伎、あと数人が押さえつけたそうだ。
親父とは絶縁することを決意した数か月後、今度はその親父が戦闘の上、重症になり搬送された。そして、あの最強の親父が、セカンドとして再起不能になった。
月族の ”鳥仮面をつけた子供” に全身の血を抜かれたらしい。
——最強の親父を倒したその子供を倒せば、俺は親父を超えて ”完璧” になれるのか。
タイヤン軍隊長の後任の話が出ていたが、たまったもんじゃねえ。また親父と比較され、欠陥品だと揶揄されるだけだ。それより当時の俺は、鳥仮面の子供を倒して、親父を超えたい気持ちがどうしようもなく膨れ上がっていた。それだけが生き甲斐かのように、また荒んでしまった。
——が、捕まった。
太陽城への招集を無視し続けていたが、由空の策略と、加担した真鹿・布伎により、気づいたら太陽城の ”光の宮殿” にいた。
大層ご丁寧に縄で縛られ、ムカついたが、今となっては感謝している。
なんと言っても、そこで出会えたのが、太陽のように輝くあのお方・・・太陽王だったからだ。
本当にこんな人がいるのだろうか。人々の暗闇を全て取り払うように輝く王に目を奪われていた時、王は腐っていた俺に話しかけて下さったんだ。
『君が、次期タイヤン軍隊長かい?はっはっはっ、これは愉快だね!初めてだよ。軍隊長任命式に、主役が縄で縛られているなんて。あっはっはっはっは!!!フロルも見ているかい?なんとも面白いね!ははっ!』
『ちげえ・・・違い、ます。』
『おい!王の御前だぞ!!』
参謀本部にぐちぐち言われたが、当時の俺の腹の虫は悪かった。そんな俺に王は、眩しく微笑みかけた。
『何だ、なりたく無いのかい?』
『あたりまえ・・・はい。』
『ふむ、なんでなりたく無いんだい?』
『・・・俺は、親父のように完璧なセカンドにはなれね・・・ません。タイヤンのためだけに生きるような、あんな人にはなりたくもありません。そんな奴と、比較されるのもごめん・・・です。』
そう悪態つく俺を、王は不思議そうに見つめて言った。
『——?何言ってるんだ。完璧な人間など、この世に僕以外いないけれど。』
『・・・・・は?』
『だから、僕以外の人間はみんな凡人だ。何をどうしたって、完璧にはこなせないのだよ。この世に完璧と言う言葉を使えるのは僕だけだ。君は凡人の1人。』
きっと周りはヒヤヒヤしたと思う。俺が暴れ出さないか。でもその時俺は、長年力が入っていた肩から、何故かスッと力が抜けていったんだ。
『なぜ完璧でいようとする?なぜ迷惑をかけちゃいけないと考える?君たちは僕と違って凡人なんだ。完璧なんて、なれっこない。だから、周りと補いあっていけばいいじゃないか。そのために、副隊長たちがいるのだろう?何でも拳で解決しようとする夕貴と隊員を繋ぐ猛。優柔不断な多聞の背中を押す拝理。面倒くさがり屋な劉亜を引っ張る戒炎。君も、君を補える副隊長を見つければいい。君が君の道を歩まず、誰が君の道を歩むというのだ。君としての軍隊長の道を歩み、隊員全員で一緒に、君のタイヤン軍を築いていけばいいじゃないか。』
その言葉にどれだけ救われたか。
俺にだって、俺を肯定してくれる由空や真鹿・布伎たちがいる。だが、はじめて、セカンドとしての自分を肯定された気がしたんだ。
俺の強さを、親父になれと言われてきた俺を、俺のままで、いや俺として生きていけと言われた感覚に、身体全身に電気が走るような衝撃を感じた。
当時は漠然としていたが、今なら分かる。親父を追っていた俺から離れる、第一歩を王はくれたんだ。
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(・・・そう・・・だ。そうだ、そうだよ。どうして、今まで気づかず忘れてたんだ、こんな大切なことを。俺は・・・親父とは違う。俺のタイヤン軍を作り、タイヤン地方を守る。そして・・・)
完全に酸素が途絶え、消えかける意識の中、玲王は腕の中の温もりに、魂の底から誓った。
「俺は・・・俺の家族も・・・必ず守る。」
由空の大きなお腹にそっと手を当てると、玲王は弱々しくも笑みを浮かべる。
(こんな俺の元に生まれてくるお前は、人生退屈しねえぞ。必ず、みんなで笑いあって、安心しあえる家族になろう。だから・・・っ!)
"ザクッ!ブワァァァァァァァア!!"
「!!!」
その瞬間、外側から肉を貫く衝撃音と共に、爆発的な ”紅蓮の炎” が植物の内部を焼き尽くした。外からの破壊によって、一気に植物の締め付けが緩み、新鮮な酸素が流れ込んでくる。
(今だ・・・っ!!!)
玲王は隙間から入ってくる空気を一気に吸い込み、限界を超えた力で木の枝を押し上げた。そして——
「セカンド、風の解放!!!」
ぐったりとした由空を左腕で大事に抱きかかえ、右腕を天高く突き上げる。その先から飛び出した巨大な歯車型の武器が、分裂するや否や、超高速で回転を始めた。
「第四血響 絶対演算・円環の牙」
"ダーーーーーン!!!!"
猛烈な風の圧力により、”捕食植物” は内側から粉々に砕け散った。 それと同時に、視界に飛び込んできたのは、空中を縦横無尽に狂い咲く "血の円刃" と、それに追い詰められ死を覚悟している琥樹たちの姿。
歯車型の武器は牙へと変化し、精密な数式を描くようにオルカの刃をことごとく力ずくで弾き飛ばす。 そのままの勢いで、拝理を抱え涙ぐむ琥樹の襟首を寸分の狂いもなくガッチリと掴み、素早く後方へ退避した。
爆煙が晴れ、玲王の視界に、あの忌々しい ”鳥仮面” が映る。
因縁の敵を目の前にし、玲王の瞳に、覚悟と怒りの炎が宿る。 だが、今の彼は ”父親を超えるため” に戦うわけじゃない。守るべきもののために、太陽王に任命されたタイヤン軍隊長・玲王として戦う。
(由空も、ここにいる太陽族も、絶対に俺が守る!だから、元気に生まれてきてくれ!我が子よ!!!)
玲王は純粋に輝く瞳を、戸惑うオルカに真っ直ぐに向けた。
