王神愁位伝 第4章【葬華なる銀昏架】 第29話 目覚めの導火線
第29話 目覚めの導火線
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王神愁位伝 設定資料集【ココロのノート】

——ヒナギクの塔、最上階。
"ヒュン!ブスッ!"
"ガルルルルル・・・ガブッ!!!"
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・っ!」
小さな銀の狼——ワンコは巨獣へと姿を変え、琥樹と共に子供たちを守るべく必死に爪を振るっていた。
対する敵は、オルカの能力で生み出された、不気味な動物型のぬいぐるみたち。 倒しても倒しても、悪夢のように湧き出してくる。すでに激闘が始まってから、かれこれ一時間が経とうとしていた。琥樹の体力は限界を迎え、ワンコも全身から血を流し、その巨体を痛々しく震わせている。
その最中、琥樹はコウモリの翼の取手、残量メーターに目を落とし、血の気が引いた。
(どうしよう・・・!もう翼に溜めてたセカンドの力が尽きそう・・・。 ”影織” 一回やるだけで、すごい消費だもんな・・・。未だに俺、セカンド解放できないし、あと数分でつきちゃうよ・・・ワンコもそろそろ限界そうだし・・・)
息を切らし、焦燥に駆られる琥樹たちの様子を、少し離れた瓦礫の上からつまらなそうに見下ろすオルカ。
(よっわ。太陽族って、こんなザコしかいないの?僕の出る幕ないじゃん。つまんないの~。・・・爛たちの方が楽しそうだなぁ。幸十もいるし。そっち行こっかな。)
オルカが退屈そうに立ち上がったその時、ふと床を這いつくばるようにして移動する、小さな影に目が留まった。
「・・・ん?」
"ずり・・・ずり・・・ずり・・・"
「ぅう・・・か、かあちゃん・・・ぐすっ、だい・・・じょぶ。お、おれが・・・たすけるよ。」
ボロボロと涙を流しながら、意識のない拝理を懸命に引きずり移動する乖理。目指す先は、タイヤン軍隊長・玲王たちが閉じ込められている巨大な ”捕食植物” の元だ。
辿り着くと、乖理は拝理をそっと寝かせ、母親の背中に備え付けられていた弓矢を外す。そして、まだ小さな己の背に背負うと同時に、一本の矢を両手で掴んだ。
"ガッ!!"
軍隊長たちが捕らえられている ”捕食植物” の肉厚な皮膚に、矢の先端を突き立てた。
「・・・っ!」
だが、植物の表面は想像以上に硬く、5歳児の非力な腕では傷一つつけることができない。 乖理は再び溢れそうになる涙を必死に堪えながら、諦めるものかと何度も何度も矢を突き刺し始めた。
「・・・っ、ぐ、軍隊長。な、中にいるんでしょ?もう弱虫の兄貴たちが限界なんだ。気持ち悪いぬいぐるみが沢山沢山・・・やってもやってもいなくならないんだ・・・ぅう。」
"ブスッ・・・ブスッ!"
「か、母ちゃんも、もう限界なんだ。母ちゃんを助けて・・・いやだよ・・・やっと母ちゃんと会えたのに・・・やだ——」
「何してるの~?」
"サァァァァァア"
泣きじゃくりながら植物を刺し続けていた乖理の目の前に、突如、オルカが音もなく舞い降りた。 陽光を遮るようにして立つ、その不気味で圧倒的な死の気配。5歳の少年は、全身の骨が砕けるかのような凄まじい絶望感に襲われ、完全に硬直した。
「あ・・・ぁあ・・・」
恐怖に喉を潰され、言葉が出ない。 オルカは歪んだ笑みを浮かべ、矢を握りしめている乖理の小さな手元をじっと見つめると——
"グサッ!"
「ぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁああ!!!!」
"アオーーン!!!キャン!!キャン!!キャン!!"
最上階の空間に、乖理の引き裂かれるような悲鳴が響き渡る。咄嗟に気づいたワンコが、琥樹に知らせるかのように鳴き叫ぶ。
「え、な、何!!?」
驚いた琥樹が咄嗟に視線を向けると、オルカの手にした鮮紅の短剣が、乖理の手の甲を容赦なく貫通し、そのまま背後の ”捕食植物” にまで切り込んでいた。
「え、ど、どうしてああなってるの?!ちょっと待って!!」
あまりの凄惨な光景に、琥樹とワンコが血相を変えて駆けつけようとする。だが、それを阻むように有象無象のぬいぐるみたちが肉の壁となって立ち塞がった。
オルカは琥樹たちなど一瞥もせず、手の痛みに泣きじゃくる乖理の顔を覗き込み、狂気的な笑みを深めていく。
「いやぁ~、いいねえ。いいねえ!!痛い?痛いよねえ?その悲痛な表情、人間の本能的な表情でいいよ~。作り物じゃ無い、本物の苦痛。最っっっ高!!あははっ!!」
「ぁぁぁあぁぁあ!痛い!痛い!やめてぇぇえ!!!」
泣き叫ぶ乖理と、狂乱するオルカ。 ”捕食植物” の陰に隠れて震えていた子供たちは、恐怖のあまり顔を真っ青にして身をすくませる。 琥樹とワンコは、狂暴さを増したぬいぐるみたちの猛攻によって、ジリジリと乖理から遠ざけられていく。オルカは泣き叫ぶ幼子を見下ろし、さらに容赦なく言葉を浴びせかけた。
「いいよ!いいよお!!本能のまま怖がりなよ!!まったくさ・・・理性、理性、理性!!そんなことばっか言うやつらいるけどさ・・・はあ?!?人間もね、動物なんだよ?!なんで人間だけが、理性という首輪をつけられて、馬鹿みたいに、我慢しなきゃいけないんだあ?・・・ぁあ、その顔!そう!もっと、もっともっともっと!!ありのままの叫びと苦痛を僕に見せて!僕の生きがいはね、ありのまま苦しんでくれる奴らを沢山見ることなんだぁあ!!」
オルカから放たれる圧倒的な威圧感と、逃げ場のない死の恐怖。幼い乖理の意識が、ショックで今にも吹き飛びそうになった、その時——。
「・・・っ、ふ、ふざ・・・けるな・・・」
「?」
すぐ傍らの床から、息絶え絶えな、だが明確な拒絶を孕んだ声が響いた。 オルカが不快そうに眉を顰めて振り返ると——四肢を切り裂かれ、血の海に沈んでいたはずの拝理が、薄れゆく意識を凄まじい意志の力で繋ぎ止め、唇を噛み締めながら言葉を振り絞っていた。
「・・・くそが。理性は・・・首輪じゃない。人間・・・だけが・・・持てる特権だ。そんな事も・・・分からず、人間を・・・辞めてケダモノになろうとするお前は、理性を・・・持たない・・・動物以下だ。」
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『よく聞きなさい、雄瑠夏。いつも自分の感情を剥き出しにするのはいけない。人間には理性がある。理性で己をコントロールしてこそ、この世の優れた人間となれるのだ。理性は私たち人間にだけ与えられた、”特権” なのだから。』
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拝理のその言葉が引き金となり、オルカの脳裏に、いつの日か、誰かに押し付けられた忌々しい記憶の言葉が蘇った。 ——それと同時に、オルカの腹の底から、すべてをドス黒く焼き尽くすような破壊的憎悪が沸々と湧き上がる。
瞬間、顔から完全に笑みが消え、オルカの瞳が漆黒に染まった。
"シュン!グサッ!!"
「がっ!ぁぁあ!!」
「か、母ちゃん!!」
オルカの刃が、閃光のような速さで拝理の右肩を深く貫いた。
「うるさい・・・」
"グサッ!"
「ぁあ!!」
容赦なく右肩から刃をぶち抜き、今度は左肩へ。
「うるさい!!うるさい!うるさいんだよ!!お前のような奴らがいるから、この世界は歪んで、生きにくくなるんだよ!!!」
鳥仮面の奥から覗くオルカの瞳は、完全に正気を失い、真っ黒な殺意で満ち満ちている。 拝理に馬乗りになり、狂気そのままに短剣を逆手に握り直すと、拝理の心臓目掛けて、全力で刃を振り下ろす。
"シュンッ!!!グサッ!!"
肉を裂く、重い衝撃音が響いた。
しかし、その刃が拝理の胸に届くことはなかった。
"ポタッ・・・ポタッ・・・"
冷たく歪な植物の床に、鮮血が滴り落ちる。
「・・・っく、うぅっ。」
「よ、弱虫の・・・兄貴・・・」
拝理が薄く目を開けると、そこには自分の上に覆い被さるようにして、オルカの刃をその左腕で丸ごと受け止めた琥樹の姿があった。
(・・・こいつ。)
オルカは、予想外の乱入者に鳥仮面の奥の瞳を細める。
琥樹は激痛に顔を歪ませ、脂汗を流す。しかし、刃が突き刺さったままの左腕に鞭打って、拝理を必死に抱きかかえた。そのまま間髪入れずにコウモリの翼を強く羽ばたかせ、全力で後方へと飛び退く。
「・・・あーあ。」
獲物を逃したオルカは、不気味に身体をふらつかせながら、ゆっくりと立ち上がった。
「もう、本当さ。そう言うのいいから。理性なんかで偽善化してさ。みんな仲良しこよし。はぁぁあ?!?」
"ズゥゥゥゥウン!"
「!!」
「・・・っ!!」
その瞬間、ヒナギクの塔・最上階全体が、目に見えない強大な重圧に押し潰された。 空気が一瞬で希薄になり、まともな呼吸さえ拒絶されるほどの、圧倒的な狂気の威圧感。琥樹は震える腕で拝理を支えながら、辛うじて宙に浮いているのが精一杯だった。恐怖で歯の根が合わず、言葉を返すことすらできない。
「あーあーあーあー!!!もういい、もういいよぉぉお!!!」
"グサッ!!!グサッ!!!"
「な、」
「え?!!」
突如、オルカは無数の真っ赤な刃を出現させると、迷いなく自分の身体へと突き刺し始めた。 肉をえぐり、骨を削る、見るに堪えない自傷行為。狂気そのものの光景に、その場にいる全員が声を失い、ただただ恐怖に身体を硬直させる。
「な、なにを・・・して・・・」
琥樹が呆然と見つめる中、オルカの全身の傷口から噴き出した大量の血が、まるで生き物のように蠢き始めた。血液が意思を持ったように激しく渦を巻き、縦横無尽に回転する凶悪な ”血の円刃” へと姿を変えていく。そして、その中の一振りが、空間を引き裂く速度で琥樹たちに迫ってきた。
"ガガガガガガ、シュュュュン!!!"
(——っ!まずいまずいまずい!これ絶対あたっちゃダメなやつ!!)
本能的な死の予感に、琥樹はコウモリの翼を限界まで広げ、拝理を抱えたまま必死に逃げ惑う。しかし——
"シュュュン!"
「っ!」
迫り来る血の刃が、琥樹の翼の端をかすめた。 それだけで、まるで強酸を浴びたように、黒い翼の先がドロドロと溶けて欠け落ちる。翼の先を失った衝撃に、琥樹は空中で派手にバランスを崩した。
「嘘、噓、噓!!!溶けた?!どういうこと?!!!いや、もう、こ、これは絶対にくらっちゃだめだ!!本当に死んじゃう!!!」
必死に体勢を立て直そうとする琥樹の視線の先。オルカの血の刃は、狂暴化したぬいぐるみたちと共に、ついに逃げ場を失った子供たちへと牙を剥こうとしていた。ワンコは全身傷だらけになり、立っているのさえ奇跡の状態で、子供たちの前に這い出ようとしている。
"シュン!"
「う、わぁあっ!!もう、どうしろって言うの!!!!」
四方八方から迫り来る執念の血の刃に、琥樹の手は完全に塞がれていた。 この逃げ場のない地獄絵図の真ん中で、5歳の乖理は恐怖のあまり過呼吸を起こしかけていた。
「はぁ・・・はぁ、は、は・・・はぁ・・・」
(ど・・・どうし・・・)
手の甲を刺された激痛と、頭が真っ白になるほどの圧倒的な死。幼い少年のキャパシティはとうに限界を超えていた。 意識が暗闇に呑まれかけたその時、乖理の脳裏に、幸十の言葉が鮮烈に蘇る。
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『ここにいる皆は、瞳に光を失う。でも、乖理の瞳は輝き続けてる。それは凄いことだ。』
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いつの日か、幸十が自分を真っ直ぐ見て言ってくれた言葉。 その温かい光を思い出した瞬間、乖理は血が出るほどに唇を噛み締め、涙を振り払った。震える小さな手で、もう一度、母親の矢を強く握り直す。
「おれは・・・おれは、母ちゃんと・・・兄貴をぜったい守るんだ!!また、また会うって、約束したから!!!!おれは強いんだ!!!」
幼き少年の魂の叫びに呼応するように、力が弾けた。
"ブァァァァァァァァア!!!!"
「え・・・ぇえ?!あの子、セカンドなの?」
琥樹が目を見開く。乖理の手にした矢が、爆発的な ”紅蓮の炎” に包まれたのだ。それは神の祝福たる、純然たる能力の覚醒。 炎を纏った矢が、軍隊長たちを閉じ込めていた ”捕食植物” の分厚い皮膚へ、深く、深く突き刺さる。
だが、オルカはその奇跡すらも嘲笑うように、いつの間にか琥樹の真後ろに、音もなく立っていた。
「他人の心配をしてる余裕、あるの?」
「ひっ・・・!!」
背筋を完全に凍りつかせる、冷酷な声。
(し、死ぬ!!!)
琥樹が今度こそ死を覚悟した、その刹那——。
"ドォォォォォォン!!!!"
乖理の炎が起爆剤となったかのように、”捕食植物” が内側から大爆発を起こした。
猛烈な爆風と緑の破片が四散し、ヒナギクの塔・最上階が激しく揺れ動く。 吹き荒れる爆煙の中心から、冷徹で、圧倒的に洗練された強者の唱え声が響き渡った。
「第四血響 絶対演算・円環の牙」
"シュンシュンシュンシュンシュン!!!!"
空中を狂い咲いていたオルカの血の刃が、放たれたいくつもの歯車型の武器によって、精密に、かつ暴力的にことごとく弾き飛ばされていく。 すべてを消し飛ばす圧倒的な力の奔流。オルカは ”まさか” と鳥仮面の奥の瞳を揺らした。
煙の向こうから現れた、絶対的な強者の気配に、オルカは目を見開く。
「え・・・まじで?」
そこには、救い出した由空を片腕に抱き——もう片方の手で、拝理を抱え涙ぐむ琥樹の襟首をガッチリ掴んで浮かび上がる タイヤン軍隊長・玲王 の姿があった。
