ルノワール展という非日常――母になってからの、私の自由時間と、令和の今の技術
息子が書いてくれているので
私の視点で、振り返ってみたいと思います
ルノワール展という非日常
第二子が生まれた頃、神奈川で子育てをしており
独身時代は西洋美術館に気軽に通えたけれど
30代後半の私に、上野はとても遠く感じられました
新宿のデパートの催事でルノワール展があり
離乳食が終わった頃の第二子と
幼稚園児のトラガラを夫に預けて出かけたことが
おそらく唯一の自由な時間かもしれません
ほどなくして夫の鬱の療養が始まるからです
だからグリム童話は特別な思い出があります
留守番をしているトラガラに
この本ではありませんが(装丁が美しいので選びました)
箱入りの子どもが自分で読める大型本を
シリーズの中から一冊選び土産にしました
暗記するほど繰り返し読み
おそらく今も彼が持っています
穏やかな日々の象徴として
座って食事出来ない日々
実母は結核で他界し、義理の母は寝たきりになっています
母の手を借りられない
これは現代の育児される方も
共通するかもしれません
トラガラが新生児の頃は彼だけ見れば済みます
対して、第二子の時点では
トラガラが幼稚園児に成長しており
持ち物を用意し名前を書き
園に提出する書類も揃え
送り迎えをしました
第二子の授乳をしますから
栄養の摂取は意識しました
しかし
第二子を産んで1年程度
第二子が座って一人遊びが出来るようになると
トラガラが第二子と遊ぶなど
子どもに助けてもらえることも出ます
また私も家事から手を抜く塩梅が分かります
それまでは座って食事するのではなく
例えば夫とトラガラの弁当を
作った際のおかずをつまみながら
背中に第二子をおぶって洗濯をし
ビスケットやバナナや牛乳を
口にしやすいよう意識しました
そんな人生の季節がありましたから
ワンオペで子育てに取り組まれる方のご苦労に共感します
ネットが無い時代の知的な機会
TVとラジオ、そして本でなければ
講演会などに出向いて体験する必要がありました
学生時代も社会人になってからも
そうした時間を持てました
本を読む余裕は、第二子が幼稚園に上がるまで
持ちにくかったです
当時の我が家から図書館まで自転車や車で
子どもを連れて移動する必要があるからです
当時の友人は音楽が好きで有線放送を
楽しむ方はいましたが、Audibleのように
朗読の選択肢は豊かではありませんでした
本にしろTVにしろ子どもは興味を持ちます
「あれなあに」と質問攻めにあい
嬉しい悲鳴を上げた方もおられるかもしれません
子どもの興味や世界を無理なく自然に広げる際に
お台所などで家事をなさる時に
朗読や講演を流しておくことは
私の時代にあったなら、取り入れたい習慣です
まとめ
足が悪く、健康な友人達と比べて、走れませんし
急な動きは出来ないことは自覚していました
家事の仕事が遅いわけではないですが
第二子をおんぶして
自転車で買い物に行き
あるいはチャイルドシートに乗せて
車で買い出しに行って
荷物を運んだりする際は
どうしても制約が生まれます
さらに夫の療養なども重なります
座る時間が持てない、自由時間が持てない、といったことは
自分のこをを後回しにしないと
家庭が回らない現実がありました
ネットはここがありがたくて
朗読や講演会や図書館が
家まで来てくれるかのようです
ご夫婦やご家族ご親族で協力することも
社会が理解を持つことは大事です
それに加えて
技術があるのだから
体だけでなく心の栄養も
私が1年座れなかった時期のバナナやビスケットのように
家事や育児で忙殺される方こそ
試して欲しいと思うのです
少しの余裕が、より良い選択に繋がりますから
もしお試しになられるなら、こちらのリンクからどうぞ
