なりたくないものに、なる【中年の危機】
こんにちは、発達凸凹の40代、高齢出産母さんのパキムラと申します。
これまでADHDをはじめとする凸凹物語について記述してきましたが、前回から、最近の私の中で熱いトピックで書いております!
それは「中年の危機」。
前回の記事はこちらです。
まだまだどっぷりと浸かってはおりますが、とりあえず第一の沼を渡った状態と思うので、「第一の沼=謎の体調不良と肌荒れの巻」を書いてみたいと思います。
それは、この日に始まりこの日に終わったとでもいうような、ハッキリしたものでした。
体調不良のはじまり
〜優しすぎて沼〜
体調不良が始まったきっかけは2人目育休から復帰して半年ほど経った頃。
子どもの風邪がうつり、発熱してお仕事を休んだのですが、その後3日間ほど立ち上がれず、熱が下がったのに寝てばかりいました。
3日も休んですいません!と出社したのですが、出社してみてハタ、と気づきました。
私が休んでも何の影響もないことに。
みんな優しすぎたんです。
休んでいる間止まってる仕事なんて一つもなかったし、数少ない私の仕事は代わりの人が全部やってくれていて、上司にも「子育て中だけど、遅刻も欠席もだいぶ少ない方だから、まあがんばってるよー」と言われたんです。
何かと気張って空回りしがちなタイプの私はそこで、むしろ肩の力が抜けて、その優しさに甘えてればよかったのかもしれません。
こんな恵まれた職場で、いわゆる「子持ち様」と揶揄されて針のむしろで苦しい思いをしている方々には、羨ましがられてしまうかもしれません。
でも私は、「あっそうなんだ、今まで頑張ってたのは空回りで何の役にも立ってなかったんだ」って思いました。それで踏みとどまれなくなってしまいました。
ゾンビのような身体
熱はないけど、身体が重すぎる。
会社に行っても頭がぼーっとして仕事は手につかない。
午前中は多少元気なのですが、11時前くらいから疲弊してきて腰が痛い。座ってるだけでも疲れる。
座ってるのも疲れるのですが、トイレに立つのも面倒でトイレに行く回数も激減しました。
肌荒れがひどく、顔ががガサガサして黒っぽくなり、とてもじゃないけどメイクなんてできず、大きめのマスクと出来る日は眉毛だけ描いて通勤していました。
毎日11時くらいからは「帰りたい寝たい」ばっかり考えてましたが、帰っても即子供のお迎えと寝かしつけまで息つく間もない怒涛の3~4時間となります。
2ヶ月に1度ほど、風邪をひくとその後3日間ほど起き上がれなくて仕事を休む嫌なルーティンも出来てしまいました。
自分が他人の身体を借りて生存しているような、ゾンビのような感覚でした。
ここで、その時の私の状況(前提)を書いてみます。
子どもたち
〜こだわりとイヤイヤのミルフィーユ〜
ここでは簡単にしか書かないのですが、我が家の子供たちは年中自己主張の真っ盛り。
長男マシュ丸(当時3〜4歳)は不安感が強く、屁理屈とこだわりの塊だし、次男のアフ郎(当時1〜2歳)は、感情の表現が激しく、ほぼ毎日怪我をしてしまうため全く気が抜けません。
他にも、兄弟喧嘩、毎日の送迎での脱走と大暴れ、偏食ともちょっと違う、マシュ丸(長男)の食事をめぐるストレスもかなり大きかったです。
アフ郎(次男)の夜泣きと頻回起き、場所を問わない抗議の這いつくばり、あと自業自得ではあるが以前書いた子育て日誌強迫で寝る時間がだいぶ削れていました。
子育ては思い通りにはならないけど、それを見越してある程度段取り組んでおかないと本当に間に合わないと思うのですが、予想のさらにさらに上をいく段取り崩壊と、あちらこちらで上がる毎日の金切り声で精神的に余裕ゼロ、常にイライラしていました。
子育て本は結構読んでたので、なんとなく分かってはいるんです。
「頭ごなしに叱っても子どもが傷つくだけだな」
「こういう時こそ受け止めなきゃな」
「子どもの感情に飲み込まれて自分も声を荒げちゃダメだな」
それでも、理性で自分を落ち着かせた次の瞬間に全部吹き飛ぶくらいの猛烈なイライラで怒鳴ってしまい、間違った対応をしている自分への自己嫌悪も積もり積もっていました。
私の突沸状態の怒りを向けてしまった子どもたちと夫のパキ夫には、申し訳ないことをしたと今でも思っています。
お仕事
〜窓際の古文書解読係〜
出産後に移った間接部門の部署は、仲は良いのですが、以前からその人数で成立していた部署で、メインの業務に関しては、私のやることはほとんどありませんでした。少しでも周りの負担が減れば、新しい部署の仕事も覚えたい、と色々申し出てみたのですが、「座ってていいよ!」と優しく断られ空回り。
体調不良になった頃は、自分から仕事を買って出て断られ続ける毎日に心が折れて、むしろ何も言わないのが部署のためと、ようやく気付いた頃でした。
じゃあ完全に何もない状態なのかというと、実は仕事はあります。
季節仕事のように夏〜秋だけ多少忙しくなる特定の業務と、長年緊急性がないため宙に浮いていた創業以来のデータをまとめる資料作成です。
すでに辞めた前任の方が途中まで作った大量のバラバラのExcelと毎日格闘しながらチェック表を作成するという、ADHDの私にとっては途方もない難事業です・・・。
Excelが何個あるかも分からず、内容も誰も把握してないので、古文書の解読作業のようです。
とはいえ、完全にわがままですよね。
メインの仕事は間に合ってるからやらせてもらえないけど、自分のやるべきことは一応ある。特性的にかなりの苦手作業だが締切はゆるく、お給料は出る。人間関係良好。子育てへの理解あり。
普通に考えて何の問題が?
空回りエネルギーの矛先
このような状態で、夏秋の季節仕事もひと段落した段階で、空回りしているエネルギーの矛先が自分に向かってきてしまいました。
正直家にいる間は子どもの世話でめちゃくちゃ忙しいので、会社がむしろ息抜きの時間のようになってしまい、暇が苦手な特性も手伝って、どんどん自分を攻撃するような思考が猛烈に湧いてきたわけです。
そもそも入社した時は「あそこにだけは行かないぞ」と思ってた間接部門。寝食する間もないくらい仕事していた現場部門から見ると、のんびりと仕事をして定時でニコニコ帰っていく中年社員の皆さんを「はいはい。現場にいられなくなってリタイアして、会社にしがみついてる皆さんですね〜」と冷めた目で見ていました。
それなのに、今自分はそこにいる。しかも毎日座ってるだけ。与えられた唯一の仕事は自分には途方もなくて、やる気が湧かない。
わがままなやつ。自分は給料泥棒。
胸がギューっと潰れて息がしづらいような気持ちになりながら(実際息が浅くなってたのでよくトイレで深呼吸していました・・・)、たまに猛烈に悲しくなってトイレで泣いたりしていました。
泥沼の中年お荷物社員
肌荒れしてすっぴんマスクで通勤してたのもあり、正直に言って、元気があまりないことは周りに気付かれていたと思うのですが、余計に気遣われてメインの仕事からは遠ざかっていきます。
元気なところを見せようとたまに発言すると、変なギャグを言って場がしらけたり、タイミングを間違えたりして、見事に上滑りし、その後の自己嫌悪でまた立ち上がれません。
そうかと思うと、「みんながやりたくない仕事だけ私に押し付けて、メインの業務の情報共有を何もしてくれないなんて、ひどすぎる!」と、急に周囲へイライラし出して態度に出てしまったりしました。
多分、自己嫌悪からくる自分への攻撃エネルギーが高すぎて、突発的にエネルギーが反転して被害妄想的になったんだと思います。
…という、完全に面倒くさいおばさま社員と化して、若い人も同僚も上司さえも触れにくい、正真正銘のお荷物社員となっていました。
私が一番分かってるんですよ、なんの役にも立ってないし、文句ばかりで精神不安定、こんな自分になりたかったわけじゃないんだ。
ちょっとジメっとした回になってしまいましたが、有り余った自己嫌悪のエネルギーで、泥沼の熱暴走機械と化した私が、そこからどんな数々の悪あがきを取ったかを書いてみたいと思います!

