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ホロライブ運営カバー社 カスハラ基本方針制定に批判殺到 タレント失言との違いを考える

昨日、私はカバー社がカスタマーハラスメント(カスハラ)対策の基本方針を制定したニュースについて、所感を綴った記事を公開しました。誹謗中傷と正当な批判の境界線を中心に、私なりの考えを述べたものです。

一夜明け、SNS上ではさまざまな意見が飛び交っています。その中で特に目についた主張として、「カスハラ基本方針を制定する前にやるべきことがあるのではないか」「自社のタレントの失言や差別的発言、規約違反はどうするのか」といった声があります。
正直に申し上げますと、これらの指摘に対して改めて論じることにさえ、すでに疲れと馬鹿馬鹿しさを感じ始めています。わざと馬鹿を演じているネタなのか、それとも本気なのかも判断がつきません。いずれにせよレベルが低すぎて、真剣に反論する気力すら薄れてしまいます。振り返れば、私自身が今までこうした議論に付き合ってきたことを不思議に思うほどです。

それでも一応、整理して述べます。まず、カスハラとタレントの失言・問題行動は本質的に別問題です。タレントに関するものは社内規定に則って対処されるべき事項であり、対処されていないと感じる場合は、単に社内規定に抵触しなかっただけでしょう。もし「社内規定違反があったのに握り潰された」という具体的な事案があるのであれば、ぜひ挙げていただきたいものです。

批判者の方が独自の基準で「問題発言」としているケースも多いように思えます。例えば、さくらみこさんの競馬予想有料チャンネル内容の復唱に関する指摘などは典型的です。これはJRA(日本中央競馬会)とカバー社の間の問題であり、関係のない第三者が勝手に代弁者となって騒ぎ、謝罪を要求するのは筋違いです。あれから半年以上が経過していますが、何らかの動きがあったでしょうか。問題ない事案を無理に問題視し、関係のない人々が当事者の代わりに声を上げている状況は、むしろ当事者にとって迷惑でしかありません。

このような構図は、今回のカスハラ方針に対しても当てはまるのではないでしょうか。方針が出た途端に「あいつの方が悪いことをしている」と指摘する反応は、幼稚すぎると感じます。まるで責任転嫁のようで、建設的な議論とは程遠いものです。

仮に私がホロライブやVTuberの批判派の立場だったとしても、こうした人々と同類と思われるのは正直恥ずかしく、すぐにその立場を離れたくなるでしょう。SNSという公共の場で、自らこれほど間抜けな発言を堂々と繰り返し、しかもそれを「苛烈な攻撃」と自認している姿を見ると、共感性羞恥が募ります。

とはいえ、おそらくこの指摘自体が理解されない方も多いでしょう。その場合は、どうぞこれまで通り馬鹿を晒し続けてください。痛い目に遭うまで気づかないのであれば、それも一つの道です。

脱線してしまいましたが、結局のところ、企業がルールを明確化した今後は、個人の感情論ではなく事実と規定に基づいた対応が主流になっていくはずです。皆さんはこのニュースをどのように受け止められたでしょうか。建設的なご意見があれば、ぜひコメントでお聞かせください。