ラオス北東部シェンクワン旅行記🇱🇦 | 見どころ・歴史・グルメ・街歩きまとめ
最後にラオスを旅したのは確か、7年前。21、22歳そこらだと思う。ラオスにバックパッカーとしてふらりと旅行に来たものの、若かった私は大した感想も印象も抱かず、数日間滞在した後、そそくさとタイに移動したのである。
今回、色んな縁がありラオス、主に東部シェンクワン県に1週間弱滞在した。7年ぶりのラオスはあの当時とあまり変わっていない様であった。
しかし、ようやく、ラオスの滋味、というか、目立った観光資源が一見ないようでも底流している文化の深さ、面白さを感じれるようになった自分がいた。
シェンクワン県のあれこれを観光案内も兼ねてノートに記そうと思う(かなりボリューミーになった)。
皆様の次の旅行のご参考になったら幸いである。
ラオス・シェンクワン県とは?

シェンクワン県は、ラオス東部に位置する県である。首都ビエンチャンから飛行機で30分、バスで12時間(ラオスは道が悪いのでやけに時間がかかる)。

高原の町、風のふるさと
シェンクワンは標高1100mの高原に位置するため冷涼であり、1年を通して過ごしやすい気候であるという。この「気候」が私がシェンクワン県に興味をもつきっかけとなった。
私が現在住んでいるベトナム・ゲアン省はシェンクワン県とアンナン山脈を境に国境を共にしている。ゲアン省はベトナムの中で最も暑く、それゆえに旱魃も度々起こるなどベトナム随一の過酷さで知られる。ゲアン省を過酷な気候たらしめる、ラオスから吹く熱風をラオス風(gió Lào)というのだが、このラオス風こそがシェンクワンから山脈を超えて吹き下ろす風なのである。
ゲアン省はベトナムにおいて古くより革命家(ベトナム建国の父、ホーチミンも含まれる)を生み出してきた土地なのであるが、それはその厳しい土地に育ったがゆえの忍耐強さ、逞しさ、反骨精神からだとベトナム人は言う。もしシェンクワンがなかったら(アンナン山脈がなかったら)、ゲアン省はもう少し豊かな省であっただろうし、革命家も生まれなかったかも知れない、そしてベトナムの歴史(ラオスの歴史も)は違ったものになっていたかも知れない。そんなロマンを感じる次第である。
余談が長くなった、話をシェンクワンに戻す。
壺が広がる謎の平原
シェンクワンの1番の観光名所といえば、鉄器時代(紀元前500年から紀元後500年の間)に作られたとされる巨大な壺がゴロゴロと転がるジャール平原である。


大小合わせて2000個以上にも及ぶ石でできた壺が高原の各所に点在している。実はその用途や起源は未だ解明されていないという。埋葬用の棺や酒壺・米壺など諸説あるが、正確な使い道は不明で「ラオス最大のミステリー」と称されている。
観光客がよく行くのは、サイト1、サイト2、サイト3。私はサイト1のみ訪問。サイト1にはビジターセンターがあり、そこでジャール平原についての展示もある。
国破れて山河あり、王国の跡
また14世紀ごろから18世紀ごろまでムアン・プアン王国(MUANG PHUAN)というシェンクワンのムアンクーン(旧県都)を拠点にした王国があった。当時、東南アジアには大陸部にも沿岸部にも大小の様々な王国があったのだが、プアン王国もその一つである。支配者たちは仏教と宗教芸術を保護し様々な仏塔や寺院が建設された。今となってはその多くは古びて一部崩壊、さらに草木に覆われ、当時の栄華の名残りをとどめるのみとなっている。



痛々しい戦争の跡
のんびりとした時間が流れ、平和そのものなシェンクワンであるが、1964年から始まるベトナム戦争におけるアメリカ軍による市民を巻き込んだ無差別爆撃の跡があまりにも生々しく残っている。

ラオスは、人口あたりで見ると世界で最も激しく爆撃された国であるという。ベトナム戦争が1975年に終結するまでにラオスには200万トン以上の爆弾が投下されたという(8分に1回、24時間、9年間、爆撃任務が行われた計算となる)。

そして、そんなラオスの中でもシェンクワン県は最も爆撃を受けた地域の一つである。
ベトナム戦争中、ベトナムでは、ホーチミンを指導者とするベトナム民主共和国(北ベトナム)とインドシナ半島の赤化(共産化)を食い止めたいアメリカが支援するベトナム共和国(南ベトナム)が内戦をしていた。
ラオスでは、ベトナム民主共和国(北ベトナム)と連携する共産主義勢力のパテート・ラオ(現政権につながる)と、ラオスの赤化を食い止めたいアメリカが支援する王政・親米勢力(右派)が内戦状態にあった。


シェンクワンには、共産主義勢力パテート・ラオの拠点があり、かつ、ベトナム・ゲアン省を経由で武器や物資がベトナムからシェンクワン側に流入していたため、アメリカ軍による容赦のない絨毯爆撃が行われた。

戦争が終わっても尚、ラオスの傷は癒えていない。
不発弾(UXO)問題はかなり深刻で、膨大な量の不発弾がラオスの至る所に眠っており、毎年事故がおこっている。不発弾全てを取り除くのにこの先100年かかるというから気が遠くなる。
シェンクワン県では冬は0度まで気温が下がることがあり、焚き火をした際に地面に埋められていた不発弾が爆発し人が亡くなる事故が多発している。
現在、イギリスを拠点とした地雷・不発弾処理を行うNGOであるMAG(Mines Advisory Group)がシェンクワンで不発弾除去作業を行っている。お時間があればMAGのビジターセンターにぜひ足を運んでいただきたい。

他にも、日本のNPOテラ・ルネッサンスの支部がシェンクワンにある。テラ・ルネッサンスは、「すべての生命が安心して生活できる社会(世界平和)の実現」を目指し、特に不発弾の多く残るラオスでは不発弾回避教育や不発弾の影響を受けた人々の生計向上支援を行っている。生計向上支援として、シェンクワンでは養蜂の技術指導を行っている。
テラルネッサンス事務所(Beekeeping centre)では、支援を行っている村で採れた蜂蜜の販売や不発弾回避教育の教材が展示されている。


シェンクワン県では戦争の負の遺産を平和のシンボルに変える取り組みとして、爆弾の破片や薬莢から日用品を作るリサイクル工芸品が生まれた。特に有名なのがアルミ製のスプーンで、これは村人たちが不発弾や弾丸の金属を集め、溶かして鋳造したものである。一見すると普通のスプーンだが、「過去の爆弾を未来の希望に」という願いが込められており、英語で“Peace Spoon”とも呼ばれている。ポーンサワン郊外のナピア村(通称スプーン村)で作られており、市場や土産物店で購入可能。

ざっくりとではあるが、シェンクワン県の特徴や歴史、メインの観光スポットについて解説させていただいた。次は、街ブラで様々面白いものをみつけたのでシェアさせていただく。
シェンクワン街ぶら
滞在中、様々なところに足を伸ばした。おすすめの箇所をご紹介する。
珍しいものを探しに市場に行ってみる
シェンクワンにはいくつか市場があるようだが、私のおすすめの市場は、生鮮食品系を扱うナムグムマーケット。珍しい動植物が食材として売られている。朝と夕方盛り上がるらしい。








今回は出会えなかったが、リスやテン、うさぎなどの小動物も食材として売られているらしい。
歴史好き必訪、シェンクワン県立博物館
我々が学校の世界史で学ぶのはもっぱら欧米視点であり、東南アジア史を学ぶ機会は少ない。加えて、参考書の類も少ない。
しかし、東南アジア史は民族の多様性というベースに加えて、インド文明・中国文明に挟まれつつ独自の文化を生み出しており、まるで宇宙の様な深みと広さを持つ。学べば学ぶほど面白い。
ラオスの歴史に興味がある方はシェンクワン県立博物館に訪問することを心からお勧めする。民族関連の展示物や、古代から現代にかけてのラオス・シェンクワンの歴史がわかりやすく、貴重な資料とともにまとまっている。



黄金の仏像、ワットハイヒーン
15年ほど前に地元有志により建立された比較的新しい仏像、ワットハイヒーン。シェンクワンを広く見渡せる高台に建てられているので風景を楽しみたい方もぜひ。
ラオスでは信心深い仏教徒が多いので、今でも新しいお寺や仏像が生まれているようだ。

闘鶏を観戦
現地のモン族にとって闘鶏は人気の娯楽の一つになっている。週末は闘鶏場に多くの人が集い、どの鶏が勝つか賭け事に躍起になっている。


私が観戦にいった闘鶏場は、こちらの寺院の道路を挟んだ向かいにある。毎週日曜の12時ごろから14時ごろまで開催されるとのこと。
ハーブで癒される、ラオス式薬草サウナ
サウナも非常に興味深かった。薬草の蒸気が充満する部屋に水着で乗り込む。



特に水着などを持参する必要はなく、レンタルできる。日本の様に水風呂は無くサウナで汗をかいたらシャワーを浴びたり、待合所でフルーツ(無料)を食べたりする。かなりローカル感が強いが、薬草サウナでスッキリしたい人にはおすすめ。
ラオスグルメ集🍜🍖🐟
ラオスにこんな美味しいご飯があるとは思わなかった、というのがラオス飯を食べた感想である。麺の種類も多く飽くことがないし、日本じゃお目にかかれない珍料理も楽しめる。私が実際に訪問した食堂のGoogle Mapも参考に添付する。
カオピヤックセン

カオピヤックセン・シェンクワン

フー

ミーカティー

カオソーイ

ミーキヤオ

パットペット

シンダート(ラオス式焼肉)

珍しい料理たち
勇気がある方、何か目新しいものを食べたい方はこちらのローカルレストランを訪問して欲しい。目から鱗のラオス飯を堪能できる。




面白いレストラン
他にも様々なレストランがあるが、コンセプチュアルなレストランといえば、Bombie's restaurantだろう。店内には不発弾(もちろん処理済み)が並べられている。不発弾に囲まれながら食すのは、なんとも言えない気持ちになるが、味は間違いない。


他にも、洋食を提供するCraters Restaurant & coffeeも同様に不発弾が展示してある。
シェンクワンのお祭り
今回はシェンクワンでお祭りに遭遇することはなかったが、現地の人によると様々なお祭りがあるらしい。
モン族フェスティバル
毎年12月または1月に開かれるモン族のお正月のお祭り。ラオス国内外からモン族が集まり、豪華絢爛な(?)伝統衣装に身を包みお祝いをする。会場では、屋台が並び、闘牛や牛の品評会、サッカー大会、コンサート、まり投げ(伝統的には男女の出会いの場)が行われる。


馬祭り
毎年8月から9月にかけてシェンクワン県パーサイ郡で行われる。地元民が愛馬を持ち寄りかけっこ大会をするお祭り。実はこのお祭り、シェンクワン内でもパーサイ郡内でしか知られていないお祭りらしく、もっと知名度が上がってくれることを地元民も願っているらしい。

闘牛
闘牛もモン族のお祭りなどに合わせて定期的に開催されているらしい。

旅の実用メモ
必訪3選: ジャール平原、ムアンクーン(旧県都)、シェンクワン県立博物館
気候:高原で過ごしやすいが、朝晩は冷える時期あり。薄手+羽織りが安心。
移動:遺跡・旧都・市場などが散らばるので、バイク/車チャーターがあると動きやすい。レンタバイクや現地旅行会社が提供するツアーに参加するのも一つの手。
不発弾注意:標識・遊歩道から外れない、不審物に触れない。
滞在日数の目安:最低2日、できれば3〜4日あると「遺跡+博物館+街歩き+食」が楽しめる。
陸路でベトナム🇻🇳⇔ラオス🇱🇦
ちなみに、私が活動しているお隣のベトナム・ゲアン省とシェンクワンを繋ぐバスがあります。
以下の写真のバスに記載されている電話番号に電話、もしくは、zalo(ベトナムのラインみたいなアプリ)で連絡をとり予約します。基本的にラオス語またはベトナム語しか使えないので、ホテルの受付や知り合いのラオス人(またはベトナム人)にお願いするとよいと思います🙆♀️🙆♂️。

まとめ
6000字を超す投稿となってしまった。
そのくらい書くことが山ほどあったし、私自身がこの土地に魅了されてしまった。
壮大な遺跡と戦争の記憶、美しい自然と豊かな食文化。冷涼な気候と素朴な人々。ここでしか味わえないラオスの穏やかさや歴史ロマンにぜひ触れてみてください。きっと忘れられない旅の経験となること間違いなし!
ではまた!
謝辞
最後に、シェンクワン内を様々案内いただき、かつ、本投稿にアドバイスまでいただいた京都大学PhDのRTさんに心より感謝申し上げます。
