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(1) 海亀の記憶|フィリピンの島で出会った味

🌏酒井先生のまっすぐ手記|旅で出会った、人と知恵とユーモア

1947年 新潟県長岡市(栃尾)生まれ。
青年海外協力隊員として2年半フィリピンに派遣され、理数科教師を務める。
長崎大学熱帯医学研究所での研修を経て、1997年に酒井歯科医院を開院。
長年にわたり歯科医師として地域医療に携わってきた。

そんな酒井さんが、旅先で出会った人々との交流や、異文化に触れて感じた驚きや学び――
すべてを“まっすぐ”に綴った、ちょっとユーモラスで深みのある旅の手記です。

📘Kindle書籍では掲載しきれなかった魅力的なエピソードを、note限定でお届けします。
たとえば…
・異文化とのギャップに笑った出来事
・現地の人との心あたたまる交流
・歴史や社会制度へのちょっとした気づき など

旅の中で酒井さんが見つけた「人のあたたかさ」と「小さな学び」を、どうぞお楽しみください。

※1995年。酒井先生のフィリピン手記より

🐢海亀の記憶|フィリピンの島で出会った味

 今から36年前の4月、青年海外協力隊の隊員としてフィリピンに赴任して半年ほどが経った頃のことである。
 私の赴任先の大学は、新学期前の長期休暇に入っていた。

 ある日、同じ協力隊員のS君から誘いを受けた。
 「今、指導している島に遊びに来ませんか」

 彼はJICAの支援を受けて、無人島に漁業基地を作り、現地の人々を雇って漁の技術を教えていた。

 2人はマニラから5人乗りのセスナ機に乗り込み、コロン島へと向かった。
 そこはマニラと南シナ海に浮かぶパラワン島のちょうど中間に位置する、いくつかの群島のうちの1つである。

 空港には建物がなく、滑走路は舗装もされていない。
 セスナ機はガタガタと激しく揺れながら着陸した。空港はジャングルのど真ん中にあり、港町からはかなり離れている。
 迎えのジープに乗って、赤茶けた轍道を進む。途中、橋のない小川をじゃぶじゃぶと渡り、ようやく港町にたどり着いた。

 港ではS君が雇っている漁師たちが出迎えてくれた。
 モーターボートに乗って、彼らが自力で建てた漁業基地へと向かう。そこにはS君と漁師たち、その家族しかおらず、建物もすべて手作りである。
 暮らしは質素だが、島全体に静かで穏やかな空気が流れていた。

 S君は海に定置網を仕掛け、早朝・昼・夕方と、1日3回、網を上げていた。
 獲れた魚は町の市場で売り、その収益を基地の運営費と漁師たちの生活費にあてている。

 ある日、その定置網に大きな海亀がかかっていた。
 漁師たちは慣れた手つきで海亀をさばき、大人の掌ほどの大きさに切り分けていく。
 「今日はうまい肉が食べられる」
 男たちは久しぶりのごちそうに、どこかはしゃいだ様子で炭火を起こし、じっくりと焼き始めた。

 やがて香ばしい匂いがあたりに漂い始める。
 手作りのタレとともに焼かれた肉が並べられると、漁師の1人が笑顔で言った。
 「酒井さんも、どうぞ」

 ナイフで切った肉をタレにつけて口に運ぶ。
 柔らかく、癖のない味わいである。驚いたのはそのタレだった。現地の素材でつくったものだというが、妙にこの肉に合っている。

 サンミゲールビールを片手に、この海亀の肉を頬張る。
 グラスの表面にはびっしりと水滴がつき、手に取ると指先がひやりとするほどの冷たさだ。
 黄金色の液体をひと口流し込むと、軽やかな苦味とほんのり甘いモルトの香りが広がり、喉の奥までスッと染みわたる。
 常夏の強い日差しの下で飲む、この「キンキンに冷えた」感覚は格別だった。

夏の日差しの下でテーブルに置かれた、泡が立つ冷たいビールジョッキ。グラスの表面には水滴がつき、爽快感を伝えている。

 火で炙った皮の歯ごたえ、噛むごとにあふれる脂、そしてタレの風味――三拍子そろったこの味わいは、生涯忘れることができない。

 「あのとき、キッコーマンの醤油があれば、もっと完璧だったかもしれないな……」

 そんな思いがふと頭をよぎった。もっとも、島では手に入るはずもない。

 それから35年の月日が流れた。
 松阪牛や神戸牛といった名の知れた高級肉も食べたが、あの日の海亀の味を超えたものには、いまだ出会っていない。

 もう1度だけ、あの島で――あの漁師たちと、あのタレで――そしてキッコーマン醤油を添えて、もう1度海亀の肉を味わってみたいと思う。

 ちなみに、フィリピンにも地元の醤油はあるが、あれはキッコーマンの足元にも及ばない。
 特に刺身や生野菜を食べると、その違いは歴然である。

 もう一度でいい。あの海亀の肉を、あの場所で――そう思うのだ。

海亀の肉を焼いて笑顔で切り分ける、麦わら帽子の男性たち。南国の青空と海を背景にした屋外での調理風景。

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