見出し画像

(8) 天国と地獄のあいだで。メイドさんの日々

🌏酒井先生のまっすぐ手記|旅で出会った、人と知恵とユーモア

1947年 新潟県長岡市(栃尾)生まれ。
青年海外協力隊員として2年半フィリピンに派遣され、理数科教師を務める。
長崎大学熱帯医学研究所での研修を経て、1997年に酒井歯科医院を開院。
長年にわたり歯科医師として地域医療に携わってきた。

そんな酒井さんが、旅先で出会った人々との交流や、異文化に触れて感じた驚きや学び――
すべてを“まっすぐ”に綴った、ちょっとユーモラスで深みのある旅の手記です。

📘Kindle書籍では掲載しきれなかった魅力的なエピソードを、note限定でお届けします。
たとえば…
・異文化とのギャップに笑った出来事
・現地の人との心あたたまる交流
・歴史や社会制度へのちょっとした気づき など

旅の中で酒井さんが見つけた「人のあたたかさ」と「小さな学び」を、どうぞお楽しみください。

※1995年。酒井先生のフィリピン手記より

赴任先での生活では、毎日のように新しい出会いがある。
学内で顔を合わせる人、街で声をかけてくれる人、そして家の中で働く人――。

そのなかでも私の目に強く焼きついたのは、家に仕える「メイドさん」たちだった。
彼女たちの笑顔や働きぶりの裏に、足跡のように刻まれた生活の痕跡が見えてきたとき、私は思わず立ち止まり、考え込んでしまった。


👣 少女たちの足が語る過酷な日々

メイドとして働く娘たちの多くは、貧しい家庭の出身だった。
親が子沢山で、学校に通う余裕もなく、やがて「奉公(親元を離れて他人の家で働くこと)」に出される。

ある日、掃き掃除をしていた娘の足元に目をやった。
薄いサンダルからのぞく素足には、古い傷跡がいくつも散らばっていた。10円玉ほどの白い痕、深くえぐれた怪我の跡、虫に刺された痕…。

「この子は、どんな場所で育ってきたのだろう」
その足に刻まれた痕を見て、私は彼女たちの過去を想像せずにはいられなかった。


🏚 住まいが映す貧しさの現実

多くのメイドは、住み込みで働いている。
豪邸では専用の部屋を与えられることもあるが、ほとんどは家の外の小屋のような場所で寝起きしていた。

地方に行けばなおさらで、「これが人の住むところか」と思うほど粗末な小屋に暮らす娘もいる。
私は何度か、豚小屋と見間違えてしまったことさえある。

食事もまた厳しい。多くのメイドは、家人(その家に暮らす人たち) が食べたあとの残り物を口にしていた。
残飯を口に運ぶ姿を見るたびに、
「まるで奴隷扱いではないか」
と胸の奥がしめつけられる思いがした。

夕暮れの小さな小屋の前に立つ母娘のシルエット。質素な暮らしを象徴する光景。

⏰夜明けから夜まで続く労働

彼女たちの一日は長い。
家人よりも早く起き、そして最後に眠りにつく。

掃除、洗濯、料理、子守――。
家人がこなすはずの家事を、すべて任されていた。

「これでは、自由なんてどこにもない」
そう口に出しそうになったが、彼女たちには不思議と悲壮感がなかった。

教育を受けていないために、社会の仕組みや“搾取”という概念そのものを知らないのかもしれない。
それよりも、食と住が保障され、誕生日にはシャツの一枚でももらえることに、むしろ安心を感じているのだろう。

庶民家庭で働くメイドをイメージした若い女性。普段着にエプロン姿で、素朴な台所に立っている。

💸 上級メイドが得る“別世界”

メイドの収入は月に50〜60ペソ(約1,500円前後)。
英語が話せて ピン(上位のメイド) と呼ばれる存在になれば、200ペソ(単純換算なら約5,000〜6,000円)ほどになる。
そうした娘は、外国人の家庭などに雇われることが多い。

私が滞在した JOCV(青年海外協力隊)のドミトリー=隊員宿舎 には、常に2人のメイドがいた。
掃除やベッドメイキングだけで、1ヶ月200ペソ。
しかも、朝はゆっくり起きてもよく、昼寝もできる。

「ここで働くのは天国だ」
そう思った。
実際、彼女たちはふっくらと太っていて、働くメイドが痩せ細っている姿しか知らなかった私には衝撃だった。

かつてここで働いていた元メイドが、お金をためて サリサリストアー(町角の小さな雑貨店) を開いた、という話も聞いた。
誰でも“ピン”のメイドになれるわけではない。
育った環境や受けた教育によって、すでに道が分かれてしまうのだろう。

上級メイドを思わせる女性が、清潔な制服姿で立っている。落ち着いた表情で、豪邸のリビングに佇む。

🎶 笑顔を絶やさない母娘のメイド

大学の先生の家に住み込みで働く母娘のメイドは、実に陽気だった。
母親は学内で私を見つけると「サカー!(酒井)」と大きな声で呼びかけてくる。
そして食事をすると「ありがとう」と笑顔で挨拶してくれる。

娘は高校生で、母親を手伝いながら勉強を続けていた。
衣食住が保障され、娘に教育の機会があることが、2人の明るさを支えていたのだろう。


🍳 料理に見える文化の壁

どの家でも、メイドの作る料理は単純だった。
油で揚げるか、ただ煮るだけ。見た目も味も素っ気なく、食欲をそそらないものばかり。

これは、彼女たちが幼い頃から料理に触れることなく育ったためかもしれない。
そして、家人も同じ環境で育っているから、それを当たり前と思ってしまうのだろう。

私は「料理は家人が自ら腕を振るってこそ文化として育つ」と思った。
メイドに任せきりの文化が、家庭料理の発展を妨げているのではないか――そんな気がした。

木のテーブルに置かれた鍋から湯気が立ち上る。シンプルな食卓の様子。

結び

メイドたちの姿には、過酷さと明るさが同居していた。
傷だらけの足もあれば、陽気に笑う母娘もいる。

「与えられた環境の中で、彼女たちは懸命に生きている」
そう感じたとき、私の中にも小さな学びが残った。


👀 こんな記事も読まれています

(2) 水と人の物語|フィリピンで気づいたこと【有料100円】

(1) 海亀の記憶|フィリピンの島で出会った味【無料】

✉️ スキ・コメント・フォロー大歓迎です!
酒井先生はネットをご覧になれないので、いただいたコメントはペン吉が責任をもってお伝えします。感想や気づきを書いていただけると、先生の大きな励みになります😊

👉 シリーズをまとめて読みたい方はこちら

✏️ 出版経験ゼロからの挑戦録
このエッセイを書いた酒井さんの本を、Kindleで出版するまでの舞台裏を綴ったマガジンです。
原稿づくりの苦労や、小さな発見、思わぬハプニングまで――制作の裏側をのぞいてみませんか?👇

📚 酒井さんのまっすぐ手記
旅先で出会った人や出来事、異文化に触れて感じた驚きや学びを“まっすぐ”に綴ったエッセイマガジン。
笑いあり、発見ありの旅の物語を、ぜひお楽しみください👇

いいなと思ったら応援しよう!

ペン吉@やさしさ伝えるKindle作家🐥 ペン吉さんに力をわけてください🐣