「おっさんパンツ」第1話【漫画原作部門】


【あらすじ】
基本的におっさんがパンツの上で寛いでます。


【本編】
落ち着け。
落ち着くんだ俺。
こういう時は平常心……

「おん?お前、俺のこと見えてんのか?」

やっぱり喋った。
どうすればいい……?
こういう時はどうすればいい⁉︎
ねぇ‼︎
どうしたらいいのぉぉぉぉ‼︎

「そんなおったまげないで、とりあえず穿けよ」

何で……何で……
俺が穿こうとしたパンツの上で小さいおっさんが寛いでんだよぉぉぉ‼︎


ひとまずこの状況を説明するために
時を数分ほど戻そう。
2024年1月1日午後9時56分。
お風呂上がり。

『ふぃぃぃ……』

お風呂場での単独歌唱を終え、次の単独ステージ(脱衣所)へ。
素っ裸でリズムカルに髪を乾かす。
粗野なドライヤー音はステージを邪魔されないための威嚇音。(=誰も入ってくんなよ)
見事機能し、妨害されることなくフィニッシュ。
気分高揚 俺最高。

「やかましいクソガキだな」

え?

「とんでもねえとこに来ちまった」

今誰かの声が……

「あの野郎……やってくれたぜ」

今まさに穿こうとしているパンツの上でおっさんは文句を垂れていた。


現在。
2024年1月1日午後10時ちょうど。

「おかしいな。話では俺達は見えないはずなんだけどな」

俺のパンツの上で小さいおっさんが横になって寛いでる。
そして早くパンツを穿けよと促してくる。
何も言葉が出てこない。
どうやら俺はパニック状態になると声が出なくなるタイプらしい。

「……まぁいいか。実際にお前さんは俺のこと見えてんだもんな」

見えてる……?
幽霊的なやつ?
霊感はないと思ってたのに……

「おい!見えてんなら喋れよ!」

『はいっ!』

思わず返事をしてしまった。
幽霊に………今後ずっと憑かれる人生か……

「とりあえず……こんなとこじゃ落ち着いて話もできねえわな。どこか部屋言って話そうや」

『部屋……ですか』

「おう。早くパンツ穿け。みっともねえもんぶら下げてねえでよ」

……幽霊にしてはグイグイくるな。
とりあえず穿いた方がいいのか……

『わぁぁぁぁぁぁぁ‼︎』

情けない悲鳴を聞き、駆け付けてくる母親。
何事もなかったかのように装い、ぶっきらぼうな対応で追い返す俺。
心臓のバクバクが止まらない。

「何を騒いでんだ」

どう考えてもその原因はお前だ。
さっきまでパンツの上で寛いでいたのに、俺がパンツを穿いた瞬間、姿が消え、穿いてるパンツに滲み出てきやがった。

『あの……これは一体……』

「とりあえず部屋で話すわ」

この状態でも喋れんのかよ。
一種のホラーだわ。
小さいおっさんが俺の穿いてるパンツの模様みたいになってる。

「お前の1人部屋か?」

『はい……そうです』

「へぇ……羨ましいぜ」

気味が悪い。
やっぱり一旦脱ぐ。

「おうおう……脱ぐんかい。まぁいいか。そっちの方が話しやすい」

パンツを脱ぐとおっさんは模様ではなくなり、再びパンツから体が出てくる。
どういう仕組み?
2Dから3D……この場合は嬉しくないぞ。

「まぁ聞きたいことは色々とあるわな。何でも聞けや。何でも答えるぞ」

一切狼狽える様子のないおっさんはまだパニック状態である俺の杜撰な質問に全て答えてくれた。
そんなおっさんには失礼だが、話している最中、これは夢なんじゃないと思い、ほっぺたをつねったりもした。
こんな漫画でしか見たことのない行動をとってることに驚きだ。
いやそれよりも驚きなのは、話してくれているおっさんに失礼だとか、そういう感情が生まれていることにびっくりだ。
そう思うあたり、俺はこのおっさんのことを悪い霊だとは感じてないらしい。

「霊?俺が?俺は幽霊じゃねえぞ」

ひとまず安心だ。
俺は霊に憑かれたわけではないらしい。
まぁ……俺はというかパンツが……

「俺の魂が宿ったんだよ」

本気でこいつは何を言ってるんだと思ったが、とりあえず、おっさんに言われたことを整理しよう。


おっさんは死んで魂があの世へ行った


あの世へ行くと閻魔大王によって次の一生を  決められる規則。次の一生を決められた瞬間、そいつの自我は失われ、新たな自我を形成して生まれ変わる


しかしつい最近、その規定が変わる


[次の一生に行く]か、[1回だけ自我を保ったまま別の物に宿る]かの2択になったとのこと


おっさんは[1回だけ自我を保ったまま別の物に宿る]を選んだ


そして新しい規則が2024年1月1日午後10時にに施行される


おっさんの魂が俺のパンツに宿った

「まぁ細かいルールはもっとあるけど、ざっくり言うとこんなもんだ」

誰がこんなこと信じられる?
魂が物に宿る?
は?

「要は次の一生に行く前に、1度だけ物に宿って過ごせるよってわけだ」

『はぁ……』

「物に魂が宿ることを《魂宿》っつうんだ。俺はお前のこのボロボロペラペラパンツに魂宿したのさ」

一言余計だ……
ボロボロだけど……

「こうなっちまった以上はしょうがねえな。何に宿るかはこっちで選べねえし。またあの世に行った時にあいつを懲らしめてやるとするか。そんなこんなでよろしくなペラペラパンツボーイ。俺はもう寝るわ。おやすみさん」

寝やがった……
眠いとかいう概念あるんだ……
変なあだ名もつけられてるし……

翌日。
1月2日。
こんな日でも俺はバイトだ。
何でこんな日に……って?
そりゃサービス業で三が日も営業してるからしょうがねえだろ。
最初の面接でこういう時にシフト入ることを明言してるからな。
当たり前のことをしているだけだ。
………まぁ他にも理由はあるけど。

バイト終わり。即帰宅。
俺が今朝バイトに向かう時は寝てたけど……

「よう」

……当たり前のように話しかけてくるけど、俺からしたら、まだまだ得体の知れない妖怪みたいなもんだからな。

「朝起きたらいないからびっくりしたぜ。どっか遊びに行ってたのか?」

『いや……バイトです』

「バイト⁉︎こんな日にか?つまんねえ野郎だな!お前!」

だから一言多いっての‼︎

「若いうちはもっと遊べっての⁉︎歳とるなんてあっちゅうまだからな‼︎」

………うざいな。

『おじさんはいつまで俺のパンツに宿ってるんですか?』

我ながら踏み込んだ質問だ。
人によっては、早く出てけと受け取ってもおかしくない。
でもそれを聞かずしてこのまま過ごせぬ。

「いつって……そりゃこのパンツが捨てられるまでよ」

へ?

「お前随分長いこと、このパンツを穿き続けてるらしいな。こんな穴も空いて、生地も薄くなって……本来なら即ゴミ決定だろ」

『ちょっと待って下さい‼︎捨てられるまでってどういうことですか⁉︎』

「どういうことって……そのままだよ。お前さんが捨てようと決めて、お前の元から離れた時点で魂宿は終了。俺の魂はまたあの世へ戻り、次の一生へ向かうってわけだ」

………っっ‼︎
ということはこのおっさんの人生は俺次第でっっ…………

「まさかな……いくら古い物に宿ると言っても魂宿先がこんなパンツだとは思わなかったぜ」

『古い物?』

「宿る物は自分で決められるわけじゃねえんだ。あの世を仕切る閻魔大王でもない。決めるのは閻魔大王の手下達だ」

前も言ってたけど、本当にあの世の世界とか閻魔大王とかいるんだ……

「その手下達が生きている人間をランダムに選んで、その選ばれた人間が1番使い古しているであろう物を魂宿先にするんだ」

『使い古している物……それが俺のパンツってことですか……?』

「そうだよ」

『……このパンツよりも長く使っている物はいくつかあると思うんですけど……』

「その辺は手下の感覚だな。色々と見てこのパンツが1番使い古していると思ったんだろ」

『はぁ…………手下によって使い古しの基準が変わるんですね……』

「そういうこった。いいぞ。少しずつ飲み込めてきたな」

ということは……
このパンツを捨ててしまえば、このおっさんはまた死んで……
いやいや改めて考えると気が引けるぞ……
せっかく生き返った……?いや物に宿って、また戻ってきたのに……
っていやいやそんなこと俺には関係ないだろ‼︎
勝手にあの世で規則が決められて、勝手に俺のパンツに宿ってんだ……どちらかというと俺は被害者だろ⁉︎
………ん?あれ?

『おじさん……質問いいですか?』

「おう。何でも聞け」

『おじさん以外に物に宿る……魂宿を選択した人がいるの?』

「あぁ。沢山いたぞ。なんせ新しくできた規則だからな。物好きなやつらが群がってたぜ。俺もその内の1人だな」

ってことはこの現象が世界の至る所で起きてるってこと⁉︎
じゃあSNSのトレンドになってたっておかしくない‼︎

「どうしたそんな慌ててスマホ見てよ」

……っっない‼︎
だっれも呟いてない‼︎投稿してない‼︎
誰1人として‼︎
どうして⁉︎
…………………あれ………?そういえば最初おじさんを見つけた時に……

〈おん?お前、俺のこと見えてんのか?〉
〈おかしいな。話では俺達は見えないはずなんだけどな〉

って言ってたような……

『なら…………世界中で俺みたいに急に自分の物に小さい人が宿るっていう現象を体験している人がいるってことだよね……?』

「いやそれはない」

え?
何で?

「俺が閻魔の手下から聞いた説明では、魂宿先の持ち主には俺達の姿は見えないって話だったぞ」

『えっ…………………でも実際に見えてますよ………………?』

「あぁ。だからおかしいんだよ。話が違えんだわ」

おじさんも俺が見えてることは予想外だったのか………
そうか……確かに今思えば、おじさんも少しは驚いていたような気が……

「あれだ……なんかテレビのニュースとか……あのなんだ………SNSとかで話題にはなってねえのか?」

『それがなってなくて……さっきそれでスマホで確認してたんですけど……』

「そうか……じゃあバグだな」

はい?
そんなゲームみたいな感覚で……

「新しい試みだからな。そんなこともあるわな。罪人の奴らがやらかしたんだろ」

『えっ?罪人?』

あの世にも罪人がいるんだ。
てかあの世ってどんな世界なん?

「あの世でいう罪人ってのはこの世界で大罪を犯した後、死んだ奴らだ。罪人は次の一生に行くことは許されず、永遠に閻魔大王の下で働かなきゃいけないのさ」

『犯罪者か……その罪人達が何をやらかしたんですか?』

「罪人達は色んな仕事を割り振られるんだが、今回はこの新しいプロジェクト(魂宿)を任された罪人達がやらかして、俺の姿がお前に見えちまってるっていうバグを発生させちまったんだ。あくまで予想だがな。でも合ってると思うぜ」

そんな世界なんだ……
少し見てみたい気もする……

「俺からのアドバイスだ。絶対に罪は犯さない方がいいぜ。ありゃ地獄だ」

そのアドバイスなくても何もしないって……

『永遠に働かされるって……そんな危険な人達の集まりなのに反乱とか起きないんですか?』

「そこよ。いいか?まず罪人ってのは次の一生を過ごすことを許されなくなった奴らだ。悪いことをしたからな。永遠にあの世に閉じ込められる」

まさにあの世の監獄って感じか。
現世だけじゃなくあの世でも許されないんだ。

「閻魔が恐ろしいのはここからだ。あの世に送られた際、なんと罪人達の憎しみという感情を取り除いちまうんだ」

『憎しみを……?』

「そうだ。それがどういうことかというと、どんなに辛いことや嫌なことをされても閻魔が憎まれることがないんだ」

『怖っ……でも憎しみだけなんだ……』

「そう。憎しみだけだから、当然怠けるやつとかが出てくる。そういうやつにはしっかりと刑が待ってる。灼熱地獄とか鞭打ち地獄とか」

うわぁ……その辺も本当にあるんだ。

「罪人はそれで苦しむんだけど、憎むことはない。むしろその苦しみがトラウマになって、あの経験を二度としないように真面目に閻魔の下で働こうって流れになるんだ」

『閻魔大王って方……めちゃくちゃ恐ろしいっすね……』

「おう。あれは悪魔だ。だから絶対に罪は犯さない方がいいぞ」

『はぁ……』

ちょっと横道に逸れたけど…………
つまりこの魂宿した姿を見られるのは俺だけ?
これはどっちかというとアンラッキーの部類だよな…………

『他にもルールがあるんですか……?』

「他………?そうだな……」

この日分かった他の魂宿のルール。


魂宿した魂は生前の姿で霊体化できる。
ただしその大きさは最大で15cm程。
※バグにより、魂によって最大の誤差あり。
※生前の姿は亡くなった年の1番綺麗な姿。


霊体化できるが、魂宿した物から離れることはできない。
常に体の一部が物と接していなければならない。


持ち主が魂宿した物を身につけた場合、霊体化は強制的に解かれ、物と一体化する。
その場合、霊体化の姿を物に浮かび上がらせることが可能。
一体化しながら会話することも可能。


魂が発する声は持ち主以外には聞こえない。勿論姿も見えない。


「思いつくところではこんなところだろ。また他に思い出したら教えてやる」

まだあんのかよ………
でもこのパンツを穿かない限りは、ずっとパンツの上で寛ぐだけなんだな………
とりあえず不気味だから、机の上に放置してたけど、これからは穿かずに衣装ケースに仕舞ってしまえば…………

「コミュニケーションを取れるついでに1つ言っとくぞ。俺をどこかに収納しやがったら、お前がノイローゼになるまで叫び続けてやるからな」

『えっ……』

「別にこれを穿くか穿かないかはお前次第だ。ただどこかに仕舞ったまま、放置なんてのは絶対に許さねえ」

な、なんて強気なおっさんだ……
自分の立場分かってんのか………

『でも…………俺がこのパンツを捨ててしまえばおじさん………もう終わりですよね』

「あぁそうだ。お前に殺人する気があるならそうすればいいさ」

はっ⁉︎
殺人⁉︎
これって殺人になんの⁉︎

「本来なら俺達の姿はお前達に認識されないから、魂宿した物であっても捨てたとて何もない。ただお前はバグによって俺の存在を認識してしまっている。閻魔がどういう判断を下すか分からんぞ。場合によっちゃ、あのクソみたいに働かされてる罪人達の仲間入りかもな。カッカッカッ‼︎」

『そんな無茶苦茶な‼︎』

「新しい試みだからな、どこまでルールが決まってるかは不明だ。まだ何も分かってないうちはあまり動かないのが得策だぜ?」

何だよ……新しい試みって……
段々腹立ってきた………

『てかなんでこんな試みを始めたんですか⁉︎おかしいでしょこんなこと‼︎』

「そうだな…………急ではあるわな。一説によると死人が増えすぎて、次の一生を決めるという閻魔の作業が追いつかなくなってるらしいぞ。待機魂が多すぎるから、閻魔の負担軽減のために魂宿というプロジェクトを閻魔の手下が提案したらしい」

嘘だろ……あの世もブラックなのかよ……
死人が増えてるとかリアルすぎるって……
待機魂?待機児童みたいな言い方すんなよ……
おい、ツッコミどころ満載だな。ちくしょう。

「魂宿先を見つけるのは手下の仕事だからな。閻魔も大分楽になったんじゃねえの。ま、知らんけど」

『………………おじさんは何で魂宿しようと思ったんですか………?』

「ん?俺か………?そりゃ何か面白そうだから?」

やばい。今すぐに捨ててしまいたい。
でも捨てたら殺人?罪人行き?あの世で社畜?
ふざけんなよ。もう脅迫みたいなもんだろ。
何でこんなパンツに宿ったふざけたおっさんに脅されなきゃいけねえんだよ………

「ってことで、俺は基本的にはこの部屋で過ごす感じでいいぞ。ただ、たまには外の空気を吸いてえから、時々このパンツを穿くか、持ち物として持ってってくれや」

こうして俺が使い古しているボロボロペラペラパンツ、通称ボロペラに宿った小さいおっさんとの最悪最低な暮らしが始まってしまった。

翌日。
2024年1月3日午前6時。

「んぁ?何だおめえ……今日もバイトなのか?」

『………うん』

「ったく‼︎しょうがねえ野郎だな………気いつけてな」

『………お、おう』

「さてもう一眠りすっかぁ〜ふぁぁあ」

『……………』

いやいやいやおかしい‼︎
おかしいって‼︎‼︎‼︎
何これ⁉︎⁉︎⁉︎
何この味わったことのない感情は⁉︎
意味分かんなすぎてタメ口だったし‼︎

「いらっしゃいませぇ!」

やばいやばい。一旦忘れてバイトに集中しなきゃ。
こんなフワフワした状態で働いてたら、何かやらかす。

「てめえ‼︎ふざけんじゃねえぞ‼︎」

やっべ。何か客が急にキレ出しやがった。

『どうされました?』

「どうされましたじゃねぇよ‼︎さっきてめえのところで買ったんだけどよ、おしぼりついてねえじゃねえか‼︎これで菌が口の中に入って病気になったらどうしてくれんだよ‼︎」

出たよ。
暇人言いがかり大袈裟クレーマー。
そんなキレることじゃねえだろ。

『左様でございますか。まずは先程は商品をご購入して頂きましてありがとうございます』

「そんなことどうでもいいんだよ‼︎」

あぁ………
思いっきり商品の下におしぼりあるよ。
ただなぁこれを言ったところで……

『お客様。こちらの商品の下におしぼりが挟まっているみたいです』

「ああん⁉︎」

初速で信じられないくらいの怒りを見せたジジイ…………
ここで引き下がるわけが…………

「……っっ‼︎見にくい位置に置くんじゃないよ‼︎」

ないよなぁ………
大抵この時は別のところに矛先が……

「大体お前のその態度は何なんだ‼︎」

ほらね。
大声出して騒いで手前、もう引っ込めなくなってんだよなぁ。
これは社員呼ばないと解決しないパターンだよ。

『ふぅぅぅー』

結局、社員が謝罪してようやく終了。
こっちに不備は一切ないんだけどね。

「お疲れ様。さっきは散々だったね」

『あっ……いえ先程は対応して頂いてありがとうございます』

「ううん。とんでもない。全然こっち側は悪いところなかったから気にしないでね」

『はい。ありがとうございます』

「君には助かってるよ。三が日のシフトも全部入ってくれてるしさ」

『いえいえ。最初の面接で伝えてありますから』

「その言葉を他のバイトの子達にも伝えたいよ」

別に三が日にバイト入ることは全然苦じゃない。
むしろバイトしていた方が楽。
この時期……家にあまりいたくないから……

『お疲れ様でしたー』

あの家はあまり好きじゃないけど、自分の部屋は大好きなんだよな。
根っこはインドア。
家には帰りたくないけど、部屋には帰りたい。
要するに早くあの家を出て行きたい。
とは言いつつも自分は慎重派だから勢いで出て行くことはない。
ちゃんと計画してお金を貯めてから事を進めるのだ。

よし。
帰ってきた。
後は風呂に入って、飯食って、ゴロゴロするだけ。

帰ったら靴を脱いだその勢いで、洗面所へ向かい手洗いうがい。
そしてすぐさま2階の自分の部屋へ向かい、寝巻きを取って風呂に直行‼︎

「おい。暇だ」

………そうだった。

完全に忘れてた。俺の癒しの場であるマイルームに異物が入っていたんだった………

「お前がバイトに行くと話し相手もいなくて暇なんだよ。俺はこのボロペラの上から動けねえからよ。何か暇つぶしのアイテムくれや」

何故か偉そう。
とりあえず世界地図でも置いといて風呂へレッツゴー。

「おいコラ!これでどう時間潰すんだよ!」

知るか!俺は疲れてんだ!
さて……少しペースを乱されたが、問題なし。
風呂で1日の汚れと疲れを全て洗い流し、夕飯の時間。
飯を食べてる時がこの世で1番幸せかもしれない。
ただ顔には出さない。
居心地の悪いリビング。
ダイニングテーブルでは食べない。
俺の定位置はダイニングキッチンに置いてある高椅子。
これに座って、キッチンで食す。
いつからか家族が使うテーブルで飯を食べることはなくなった。
食べられないことはないが、どうも気分が優れない。
一緒にテーブルで飯を食べるなど言語道断。
この家では飯を食う時間は人によって自由で家族全員で飯を食べる習慣がない。
それに助けられてる。
もし毎日家族全員で同じテーブルで飯を食うなんてのが続いてたら、俺はもう精神がおかしくなっちまってるだろうな。

基本誰とも会話をしない。
心を閉ざしてる。
完全なる親不孝息子。

飯を終えるとすぐさま自分の部屋へ。

「お前、スペインとフランスの間にアンドラっつう小さい国があんの知ってたか?俺は初めて知ったぜ。アンゴラじゃなくてアンドラな!」

こいつ………どうにかできねえかなぁ……

「おう!どうした優れねえ顔して!」

『あっ……いや………別に』

「なんでい!話してみろや!人生の大先輩が聞いてやるぞ!」

『別に何でもないって……』

「バカ野郎。思春期か。てかお前歳いくつだ?」

『………21歳』

「大学生か。どこ大だ?」

『法大』

「おー!法生大か!まぁまぁいいとこ行ってんな!バイトは何してんだ?」

『映画館』

「映画館!まさか予想外だ!ファミレスのホール担当の予想だったんだけどな!はずれだ!」

「何人兄弟?」
「何のスポーツやってた?」
「部屋を見る限り漫画とゲームが好きみてえだな」
「物が少ねえけどミニマリストか?」
「彼女は?」
「明日もバイトか?」
「ちゃんと遊んでんのか?」

………………うるせえ。
今すぐに捨ててえ。

「それにしてもまだ宿って、2日くらいしか経ってねえけどよ…………お前家にいる時ずっと自分の部屋にいんな」

『…………悪い?』

「…………家族とあんまし仲良くねえのか?」

『…………だったら?』

どうせその辺のやつと同じだ。
上辺の説教たれ。
特にこの年代のおっさんてのは……

「別にいいんじゃねえの。人によってそれぞれだからな」

え?

「別に気にするこたぁねえわな」

『……………』

「何だ。面食らった顔しやがって」

初めてに近いかも………
家の中で自分の言葉に共感されたの……

「おい!明日もバイトか?」

『うん……6日までバイト』

「まじかよ‼︎働きすぎだろお前‼︎」

何だろう……
少しだけ楽になった気がする…………

「今日が3日だろ?ってことはあと3日も暇じゃねぇか‼︎クソがぁぁぁ‼︎」

『…………』

「………何ニヤついてんだ」

『その世界地図……』

「地図……?あぁ、これがどうした」

『全部の国名覚えられたら、次のアイテムあげるよ』

「は?何言ってんだいきなり」

『覚えられなそう?』

「あ?」

『いけるでしょ。暇なんだから』

「………上等だこの野郎。その分かりやすい挑発に乗ってやらぁ」

『明日のバイト終わり……帰ってきたら答え合わせで……俺が国名を伏せて、国旗を指差すからおっさんが国名を答えて』

「何だ、いきなり強気になりやがって。でもまぁやってやろうじゃねえの。いい暇つぶしにもなりそうだしよ」

自分がこんなにも単純だったことに驚いた。
たった2つ3つの言葉のキャッチボールしただけなのに、少し嬉しくなってる自分がいる。

この家じゃ基本的に自分の意見は否定されたり、馬鹿にされたり、相手にされなかったり…………
共感してもらって……少し嬉しくなって、何かよく分からない対決まで提案してるし………
何か……なに?
キングオブ単純?
あれ?何言ってんの俺……
あれだけのことで少し舞い上がってる?

「おい‼︎‼︎‼︎」

『はっっっ‼︎』

「何なんだお前は……急に強気になったり、急にぼーっとしたり………変わったやつだな」

『………何でもない。明日もバイトで早いから寝るよ』

「おう。おやすみ」

『…………おやすみ』

……………おやすみなんて言ったの何年振り?

翌朝。
何かいつもより気持ちよく寝られた気がする。
……………昨日のバイトで疲れていたからということにしておこう。
おっさんは……
どうやら朝はかなり弱いようだ。
俺がバイトに行く時間は寝てる。
起こさないようにこっそり行くか。

「うぃ〜…………いってら」

『…………うん。行ってくる』

昨日から何年振りかの出来事の連続だ。
………そもそもあのおっさんがいることがおかしいことなんだ。
そりゃ今までなかったことが起こるか……

「いつもより帰りが早いんじゃねぇの?俺との対決が待ち遠しかったか?」

今日も寄り道せず帰宅。
相変わらずうるさい。

『うるさいよ。さっさと始めよう』

「何でもこいや。地域ごとじゃなくて全地域ランダムで出していいぞ」

『最初からそのつもりだよ』

「へっ‼︎生意気なガキめ‼︎」

『せっかく入れた知識が抜けちゃうから、早く始めた方がいいよ』

「ジブラルタル、リビア、ガンビア、マーシャル諸島、モルドバ ーー」

別に友達がいなくて寂しかったわけじゃない。
友達が多いわけではないけど、たまに遊んだりする。
でもそれとはどこか違う。
どう考えてもおかしいよな。
まだ出会って数日しか経ってないんだよ。
なのに何でちょっと楽しがってんだよ。
あんなに家族には心を閉ざしてんのによ。

「ーーーーーーー ミクロネシア連邦‼︎」

『……全問正解』

「ガーハッハッハッハ!やれば出来るだろ!舐めんなじゃねえよ‼︎ヒヨッコが‼︎」

相変わらず口調は厳しいけど…………
何かそんなに悪くないかもな…………

「さぁ‼︎次の暇つぶしアイテムをよこしな‼︎」

数時間後。

「てめぇ‼︎次は国の首都を全部覚えろだ⁉︎ふざけんのもいい加減にしろ‼︎絶対寝かせねえからな‼︎‼︎‼︎」

前言撤回。
やっぱりうるせえから捨てようかな。



第2話


第3話

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