小笠原直子さんを偲んで 梅崎薫
二十四節気の「春分」と言えば、春も半ばを迎えぽかぽか陽気にあふれ桜が咲き始める頃。
突然の訃報に、私は戸惑いを隠せませんでした。
その知らせを受けた前日の夜。私は近所の公園の桜が咲き始めていたので、桜の花越しに見える月をスマホと格闘しながら撮影し、まだ少し肌寒いなと思いながら帰路につきました。
見出しの画像は、その時、桜の花越しに見上げた夜空。上弦を少し過ぎて一段と輝きを放つ月と、ふたご座の星々と木星。
私が見上げていた宙へ、彼女が旅立っていたなんて…
彼女の住むご近所の桜は、もう咲き始めているだろうか?と思いを巡らせていたところだったのに…
和歌山大学の秋山演亮 教授を通して、小笠原直子さんをご紹介頂きましたのが2018年。宇宙メルマガTHE VOYAGEの編集長になって間もない頃のことでした。
はじめてお会いした時、ご夫婦でとても仲睦ましくされていて、3人でお茶しながら初対面の私に沢山お声かけくださる、気さくでとても明るくパワフルな女性というのが第一印象でした。
あの出会いから沢山やり取りをさせて頂きましたが、こちらがお願いしたことをしっかりと形にしてくださる仕事ぶり、そして何より明るく前向きな言葉をかけてくださる彼女のことが私は大好きでした。彼女と出会った方々は、皆さんきっと同じ印象を持たれるのではないかと思います。
そして彼女が力を注いで立ち上げた「ひがしまつやま宇宙科学ルーム」
ユーリ・ガガーリンが宇宙へ飛び立った「世界宇宙飛行の日」に昨年オープンさせた、念願の科学館です。
病と向き合いながらも、この1年あまりの間は、直子さんにもご賛同を得てVOYAGE7周年に向けての企画を、立ち上げ段階からご参加頂いておりました。7周年記念企画を進めるにあたり、企画にご賛同頂いた方々とオンラインで話し合いをする中で、
「宇宙なんてきっかけにすぎない!」
という言葉を掲げてくださったのが、直子さんでした。
その想いを共通のテーマとして掲げ、「宇宙」の魅力を伝える女性たちにフォーカスして、それぞれの歩みと「宇宙」をきっかけにどう生き、これからどう進んで行きたいか、各々が対談しインタビューを通して、本人がまだ気づいていない魅力についても紡ぎ出していく企画となりました。
直子さんはご自身の病状さえも本音で語ることで、同じ境遇にある方や私たちを含め多くの方々に対して、もがき悩みの中にあっても前向きな言葉で強く優しく支えてくださいました。
そんな彼女が、今回の企画の中で伊藤うららさんをインタビューする姿は、とても活き活きとしていたことが思い出されます。
伊藤さんへのインタビュー記事は、直子さんが執筆してくださる予定でしたが、体調を優先してゆっくり進めて頂くことにしていました。
しかし、それは叶いませんでした。

彼女の言葉で綴って頂きたかったこのインタビュー記事を、そのままにしておきたくはない。せめて彼女が最後にインタビューした様子も多くの方に知って頂きたい。彼女の生きた証として…
その気持ちを伊藤さんにご相談したところ、伊藤さんご自身がインタビューの文字起こしをもとに、直子さんに代わって仕上げてくださいました。
ぜひこのインタビュー記事を読んで、伊藤うららさんのこと、そして小笠原直子さんのかけてくださった言葉を、記事を読み進める中で心にとめて頂ければ幸いです。
小笠原直子さんの大好きだった宇宙への旅立ちは、あまりにも突然で心の整理もつきませんが、心よりご冥福をお祈りいたします。

梅崎薫
宇宙メルマガTHE VOYAGE編集長
二児の母。ボランティアで運営に携わっています。
小野雅裕さんとの出会いをきっかけに小野さんの読者コミュニティ
PEQUOD(ピークオッド)に乗船し、現在に至る。
